第51話 曖昧指示耐性一
【豊臣家滅亡まで 残り5,721日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り382日】
三成は、夜に来た。
人目を避けたのではない。昼に来れば人が集まる。人が集まれば護衛が増える。護衛が増えれば噂になる。噂になれば政になる。だから、夜。その理由を、三成は前もって書状に書いてきていた。
《夜半に参上。供回り十二名。大坂滞在二刻。宿泊なし。政務復帰の意図なし》
最後まで、誤解を先に潰してくる。誤解される男が、一番、誤解を恐れていた。
門の外で、供の十二人は、一歩も中に入らなかった。三成が、そう命じていたのだ。長盛が、念のため数えに行って、戻ってきた。
「十二人。書状の通りにございます。……一人も増えておりませぬ」
律儀すぎて、かえって長盛が気の毒そうな顔をしていた。
小広間に集まったのは、俺と淀殿と、増田長盛、長束正家、前田玄以。そして三成。清正と正則は、呼ばなかった。呼べば、評議ではなく事件になる。清正は、呼ばれなくても来ないと言っていた。
三成は、痩せていた。前から細い。だが、肩の線が少し落ちていた。
「やすんだ?」
三成は、一瞬、目を細めた。
「何を、でございましょう」
「からだ」
「動いておりまする」
答えになっていない。諸葛亮も同じ答えをした。北伐に発つ日にも、《陛下は、私を信用しておられませんな》と言いながら、同じ顔をした。動いている。だから休まない。壊れるまで、動いている。あのとき俺は、木簡の裏に《生きて帰る》と書いて渡した。
「ごはんは」
「日に二度」
「すくない」
「以前からにございます」
直す気のない者がよく使う言葉だった。
「ねるのは」
「必要なだけ」
必要なだけ。一番危ない量である。
「まつどのの、ほしいいは」
まつ殿の、干し飯は。もう、食べたか。
まつは、前田利家の妻だった。三成が佐和山へ発つ朝、喪服のまま門まで来て、小さな布の袋を差し出した人だ。炊いた米を干した、旅の糧だった。殿は、治部殿のことを、いつも、あれは飯を食わぬと案じておりました。死ぬ三日前にも、治部は食うたか、と。
利家が最後まで気にかけていたことを、俺は、利家の代わりに聞いたのだった。
三成が、少しだけ言葉に詰まった。
「……まだ、半分ほど、残っておりまする」
食べきれなかったのか。食べきりたくなかったのか。俺は、それ以上聞かなかった。
視界に、三成の数字が開いた。
【人物評価・補足:石田三成】
記録精度 100
法令理解 100
曖昧指示耐性 1
曖昧指示耐性、一。低すぎる。
三成は、座ると、まず一つだけ尋ねた。
「……前田殿の御墓所は」
「かなざわ。のだやまに、ほうむられたって」
「左様で、ございますか」
三成は、しばらく膝の上の手を見ていた。
「いつか、参りとうございます。……参って、何を申し上げればよいのか、まだ分かりませぬが」
「わかってから、いけば、いい」
「分からぬまま参っても、前田殿は、叱られますまいか」
「しかる。でも、かゆを、くれる」
三成は、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「拾様。前田殿の御役を、七つに分けられたと伺いました」
三成は、俺が送った紙を机に広げた。《前田利家の仕事》。七つの項目の横に、三成の細かい字で、びっしりと書き足してあった。
一、一人ずつ話を聞く。――《聞く前に、相手の家中と立場を調べておられた》
二、恐れと損失を確かめる。――《本人の言葉と、家臣の言葉を分けて聞いておられた》
三、評議の前に禁句を伝える。――《禁句を伝えたことを、もう一方には決して知らせなかった》
四、座る場所と順番を決める。――《最も怒っている者を、最初に話させなかった》
五、決まらぬときに責めを引き受ける。――《決まったあと、負けた者の面目が立つ一言を、必ず添えておられた》
六、両方から不満を受ける。――《不満を、公の処分の求めにまで育てなかった》
七、終わったあとに酒を飲ませる。――《拙者には不可能》
長盛が、七つ目を見て噴き出しかけた。慌てて咳払いでごまかした。
「なんで、ふかのう」
「拙者は、酒を注ぐと、相手の杯の減り具合を数えてしまいまする。数えられると、相手が飲めぬ、と。前田殿に、そう叱られました」
淀殿が、袖で口元を隠した。
三成は、七つ目の項目を指でなぞった。
「一度、前田殿が夜更けに、拙者の詰所へ来られたことがございます。拙者が清正殿と揉めた夜でした。何も言わずに、粥を置いて、向かいに座られた」
三成は、紙から目を上げなかった。
「しばらくして、こう申されました。治部。おぬしは正しい。されど、正しさは、一人では運べぬぞ、と」
部屋が静かになった。
「……拙者は、その時、何のことか分かりませなんだ。正しいことは、正しく書けば、届くものと思うておりました」
三成は、そこで言葉を切った。
「今も、よう分かりませぬ」
正直だった。曖昧指示耐性、一。正しさを運ぶ、という言葉は、三成には曖昧すぎたのだ。
「みつなり。つぎは、ひょうばんを、しらべる」
「誰の、でございましょう」
「みつなりの」
三成の顔が、初めて、はっきりと嫌そうになった。数字なら直せる。帳簿なら違いを探せる。掟なら条文を読める。評判は、どこが間違っているのか決められない。昨日好いていた者が、今日は嫌う。正しいことをして、嫌われる。間違っていても、好かれる者もいる。三成にとって、一番扱いにくい数字だった。
「ばつには、つかわない。だれがなにをいったかも、さがさない。ただ、みつなりのことばが、とどかないばしょを、みる」
長い沈黙があった。
「……承知いたしました」
嫌そうな顔のまま、逃げなかった。
「問いは、事前に拝見できまするか」
「みせる」
「答える者の数は」
「ひゃくにん、いじょう」
「身分ごとに、分けまするか」
「わける」
「拙者と関わりの少ない者も」
「いれる」
三成は、評判まで調査に変えようとしている。その方が、耐えられるのだ。
「みつなりも、じぶんのひょうかを、かく。くらべる」
他人が見る三成と、三成が見る三成。その差が、一番大事かもしれなかった。
三成は、しばらく考えてから、また言った。
「……承知いたしました」
淀殿が、それまで黙っていた口を開いた。
「治部。……前田殿は、私にも、同じことを申しておられました。治部を頼む、と」
三成が、顔を上げた。
「あれは、正しいことしか言えぬ。されど、正しいことを言う者がおらねば、この家は腐る。御方様、あれを嫌うてもよいが、捨ててはなりませぬ、と」
三成は、何も言わなかった。膝の上の手が、少しだけ震えていた。
「嫌うてはおりませぬよ」
淀殿は、少しだけ笑った。
「好いても、おりませぬが」
三成は、深く、深く頭を下げた。長盛が、そっと目をそらした。
二刻が過ぎた。三成は、約束どおり、泊まらずに帰ろうとした。
帰り際、机の上に一枚の紙を置いていった。
《政務説明役候補》
五人の名が書いてあった。それぞれの長所、短所、育てるべき仕事、期限まで。三成がいなくても、政所が回るように。自分の代わりを、自分で選んでいたのだ。
「みつなり。これ、いつ、かいたの」
「佐和山に着いた夜に」
政務の男は、嫌そうな顔をしても、仕事を止めない。だからこそ、止め方を覚えてもらわなければならない。
門まで送ると、三成は馬に乗る前に、一度だけ振り返った。
「拾様。……粥は、どなたが届けさせたのでございますか。あの夜の」
利家が死んだ翌日の夜のことだった。
「……ぼく」
三成は、何も言わなかった。深く頭を下げて、夜の中へ馬を進めていった。
三成の馬の蹄の音が、夜の町に消えていくまで、俺は門の脇に立っていた。淀殿が、黙って隣に立っていた。
「……ははうえ。みつなり、なきそうだった」
「泣きませぬよ、あの男は」
淀殿は、夜の暗がりを見たまま言った。
「泣けぬのです。殿下が亡くなられた夜も、泣いておりませなんだ。……紙に、一つ、染みを落としただけで」
【本日の豊臣家滅亡確率】
98.5% → 98.3%
翌朝、玄以が、評判の問いの下書きを持ってきた。九つの問いが並んでいた。最後の一つを読んで、俺は少しだけ息を止めた。
《九、治部少輔がいなくなったら、困るか》
三成の置いていった五人の名を、俺はその夜のうちに全部覚えた。




