第49話 天下人の忘れ形見
【豊臣家滅亡まで 残り5,870日】
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残り531日】
五日後、評議は開かれた。
家康は来なかった。毛利も、上杉も、前田利長も来なかった。来たのは、宇喜多秀家、増田長盛、長束正家、前田玄以、清正、正則、黒田長政。そして俺。
人数だけ見れば、少なくない。権限を見れば、足りない。
座布団は、二枚だった。家康と最初に会ったときに決めた数を、礼法役が覚えていた。
「はじめる」
誰も、始めてよいとは言わなかった。反対もしなかった。
三成の席は空いていた。利家の席は、最初から置いていない。そして、家康の席も空いていた。わざと置かせたのだ。空いていることを、全員が見られるように。
空いた席が、座っている者より大きく見えた。
最初の議題は、城下の米の値だった。朝鮮から戻った兵。各地の不作。大名家の買い入れ。噂による買い占め。米が上がっていた。
「蔵の米を、一部出すべきにございます」
長盛が言った。
「全部出せ」
正則が言った。
「全部出せば、次の不足に備えられませぬ」
正家が答えた。
「今、腹が減っておる」
「来月も、腹は減りまする」
「来月は来月じゃ」
三成がいないのに、正則は別の算用の者と揉めていた。相手が三成だから怒るのではないのだ。数字が、正則の「今」を止めるから怒る。
「全部は出すな」
清正が言った。正則が振り向いた。
「なぜじゃ。お前まで治部のようなことを」
「城の米を尽くせば、商人が次の値をさらに上げる。……戦場では、兵粮を尽くした者から死ぬ」
現場の言葉だった。正則が黙った。
長政が、静かに口を開いた。
「量を決めて、数日に分けて出されては。商人には、次の入荷を命じるのではなく、利を約束するのです」
「利? 儲けさせるのか」
正則が、嫌そうな顔をした。
「儲からぬ商いを、誰が続けまする」
武将と商人では、物の見方が違う。だが、米は武勇では増えない。
「みっかぶん。しろから、だす。つぎのふねは、しょうにんと、そうだん。ねだんを、まいにち、かく」
決まった。家康はいない。大老の多くもいない。それでも、町の米のことは決められた。新しい決まりが、初めて動いた。
【日常政務継続性】
48 → 52
四つ。わずかだ。だが、上がった。
翌朝、大手門の脇に、一枚の板が立てられた。その日の米の値段を書いた板だった。
文字を読める者が、読めない者に読んで聞かせる。人だかりができた。昨日より、少しだけ安い。明日はどうなるか分からない。だが、毎日書かれる。値段が隠されない。それだけで、買い占めに走る者が、少し減った。
人だかりの中に、腰の曲がった老婆がいた。板の前で、手を合わせていた。値段に手を合わせる人を、俺は初めて見た。
堤の修理も決まった。傷を負った兵の宿の割り振りも決まった。戦と領地と婚姻の話は、一つも決まらなかった。決めなかった。決めてはいけない場だったからだ。
評議が終わりかけたとき、宇喜多秀家が、空いた家康の席を見ながら言った。
「拾様。わしは、何度でも参りまする」
二十代の若い大老だった。秀吉に養われ、秀吉の養女を妻にした男である。五大老の会議で、誰より長く頭を下げていた人だ。
「内府殿が来られずとも、毛利殿が来られずとも、わしは参ります。太閤殿下の御席が空いておるのを、見ておれませぬゆえ」
真っ直ぐな声だった。真っ直ぐすぎる、とも思った。
史実のこの人は、関ヶ原で最後まで豊臣のために戦い、負け、八丈島に流される。そこで五十年、生きる。豊臣家が滅んだあとも、ずっと。
「ひでいえ」
「はっ」
「くるのは、うれしい。でも、ひとりで、がんばらないで」
秀家は、きょとんとした顔をした。それから、少し照れたように笑った。
「拾様は、前田様と同じことを仰せになりますな」
胸が、少しだけ詰まった。
評議が終わると、正則が俺の前に来た。
「拾様。決まり書きの四つ目、わしは承知しておりませぬぞ」
「しってる」
「……ならばよい。承知しておらぬことを、承知しておいてくだされ」
何がよいのか分からなかったが、正則は満足そうに帰っていった。
その夜、俺は淀殿と、秀吉の仏壇の前に座った。
父が死んでから、九か月。いろいろなことが起きた。
「ちちうえ」
仏壇に向かって、声に出した。淀殿が、少し驚いた顔をした。
「ちちうえは、ぼくに、たのみました。ははうえを、たのむ。じぶを、たのむ。またざを、たのむ。ねねを、たのむ。みんなを、たのむ」
一つずつ、指を折った。
「またざは、しにました。まもれなかった」
淀殿が、息を呑んだ。
「じぶは、さわやまに、いきました。まもったけど、とおくなった。ねねさまは、まいにち、ちちうえに、おいのりを、してます。ははうえは……」
淀殿を見た。
「ははうえは、きのう、はやく、ねました」
淀殿が、袖で口元を覆った。笑ったのか、泣いたのか、分からなかった。たぶん、両方だった。
「みんなは、まだ、けんかしてます。でも、てがみは、いつかに、いちど、とどいてます」
仏壇の中の父は、何も言わなかった。返す返す、と書いた字が、目の奥に浮かんだ。
「……まだ、ぜんぶは、できてません。ごめんなさい」
淀殿が、俺の背に手を置いた。
「殿下は、叱られませぬ。……殿下なら、きっと、一つできたら、大声で笑うて、干し柿を下さいました」
干し柿。初めて聞く話だった。
「ちちうえは、ほしがきを、くばったんですか」
「ええ。いつも、懐に。……天下を取られてからも、でございます」
淀殿は、少し懐かしそうな顔をした。
秀吉は、干し柿を配る男だったのだ。
俺は、つい、小さく笑った。淀殿も、つられて笑った。仏壇の前で、母と子が、干し柿の話で笑っていた。父が生きていたら、きっと一緒に笑っただろう。いや、一番大きな声で笑ったはずだ。
仏壇の灯が、小さく揺れた。
「せきがはら」
口から、こぼれていた。
「何です、それは」
「みらいの、おおきな、かいぎ。……できれば、いくさじゃなくて、かいぎにする」
淀殿は、俺をじっと見た。
「できますか」
「わからない」
本当は、数字が出ていた。見たくなかったが、出ていた。
その夜、自分の数字が開いた。
【人物評価:豊臣秀頼(拾) 更新】
人望 79 → 84 | 制度理解 79 → 83
新規スキル:評議招集(仮)
特殊スキル:五歳児特権(号泣)[使用回数 1]
主人公依存度 44 → 55
封印スキル:???[解放条件:託された者が、――を休ませること]
主人公依存度が、また上がっていた。利家がいなくなり、三成が去り、家康が来ない。空いた場所に、少しずつ、俺が座り始めている。
そして、その下に、見慣れない表示が一行、増えた。
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残日数】
531日
五百三十一日。
翌朝、大坂城から四通の書状が出た。佐和山へ。清正へ。正則へ。伏見の家康へ。同じ日に、同じ文を。次の評議の議題を書いたものだった。
三成から、一番に返事が来た。《出席は叶わぬが、意見を送る》。清正、《出席》。正則、《酒を持ち込まぬなら出席》。持ち込む気だったのだ。家康からは、返事がなかった。
次の評議でも、家康の席を空けておくことにした。礼法役は「内府殿の御座を空けるなど前例がございませぬ」と青い顔をした。前例がないことは、これから山ほど起きる。今のうちに慣れてもらうしかなかった。
関ヶ原を、戦場で止めるのではない。空いた席。書状。議題。逃げ道。その積み重ねで、戦場になる前に、形を変える。
できるかどうかは、分からない。
表示の数字が、一つ減った。
【関ヶ原級全国内戦まで 推定残日数】
530日
【本日の豊臣家滅亡確率】
98.9% → 98.7%
始まった。五歳の手で数えるには、長すぎる日数だった。
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【後書き】
第一部「天下人の忘れ形見」完。
次話より、第二部「関ヶ原を起こすな」が始まります。




