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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第二部「関ヶ原を起こすな」                                    第一章 佐和山の三成

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第48話 三人の政所


【豊臣家滅亡まで 残り5,873日】


 三成のいない政所で、三人の奉行が机を囲んでいた。増田長盛。長束正家。前田玄以。机の上には、未決の書状が山になっていた。


「おおい」


 俺が言うと、長盛が苦い顔をした。


「治部少輔殿が一日で片づけておったものが、三人で三日かかりまする」


「みつなり、すごい」


「左様にございます。されど」


 正家が、帳面の端を指さした。小さな丸。線。点。見たことのない印が、あちこちに書き込まれていた。


「治部少輔殿にしか分からぬ印が、ございまして」


 本人には分かる。他の者には、分からない。


「きいて、なかったの?」


「聞けば、説明してくださいまする。……その説明が、長い」


「途中で、皆、分かった顔をいたします」


 正家が付け足した。三成だけの問題ではない。分からないと言えない側の問題でもあった。


「わからないって、いうひとを、きめる。みつなりに、わからないって、いう、やく」


 三人が顔を見合わせた。五歳児に、当たり前のことを言われている。


 前田玄以が、静かに手を挙げた。僧の出の奉行である。


「拙僧が、申しまする」


「こわくない?」


「仏の教えも、分からぬまま頷けば、地獄へ参りますゆえ」


 本当かどうかは分からない。だが、頼もしかった。


 最初の三日は、三成の印を読み解くことで終わった。佐和山へ発つ前に三成が残した一行、「三角の印の書状は急がれませぬよう」の意味も、そこで初めて分かった。


「この丸は、急ぎ、でございましょう」


「この線は、差し戻し」


「では、この三角は」


 三人とも、分からなかった。書状の余白に、あちこち小さな三角が書き込まれている。祐筆に尋ねても、分からない。


 玄以が、早速、役目を果たした。佐和山へ使いを出して、正直に聞いたのだ。


 《三角の意、分からず候》


 五日後、三成から返事が来た。


 《三角は、福島殿、酒》


 三人が、同時に噴き出した。書状を見返すと、正則が関わる書状には、ほぼすべてに三角がついていた。三成は、正則が酒で評議を乱しそうな案件に、全部、印をつけていたのだ。


「……几帳面にも、ほどがございますな」


 長盛が、涙を拭きながら言った。笑いすぎたのだ。三成がいなくなって初めて、政所に笑い声が響いた。


 最初の仕事は、未決の書状を分けることだった。三成なら、頭の中でやっていた。三人には無理だ。だから箱を四つ用意して、札をつけた。


 《本日》《三日以内》《評議》《不足》


 単純だ。だが、見える。見えれば、誰が何を抱えているか、誰でも分かる。三成の頭の中にしかなかった段取りが、四つの箱になって机の上に並んだ。


「これは」


 長盛が、一枚を持ち上げた。薩摩からの米の運送だった。


「本日」


 正家が言った。


「評議」


 玄以が言った。割れた。三成なら一人で決めた。今は、話し合う。遅い。だが、理由が残る。


「なにが、あぶない」


 長盛は、米が遅れれば大坂の蔵が足りなくなると言った。正家は、急がせれば船と人足の費えが増えると言った。玄以は、島津へ命じれば外交の問題になると言った。三人とも、違う危うさを見ていた。


「ぜんぶ、かいて。おなじかみに」


 決まったのは、こうだった。島津へ命じるのではなく、不足の見込みを知らせ、できる範囲で早めてもらうよう頼む。増えた費えは、大坂が一部持つ。


 三成の三倍、時間がかかった。だが、三成がいなくても、一件、決まった。


【政務処理速度】

100 → 37


【政務継続可能性】

22 → 48


「……そう」


 速さを失って、続く力を得た。三成が戻ったときも、一人で百を片づけさせてはいけない。三人と、仕組みの中で、百を超える。それが次の目標だった。


 昼、清正から書状が来た。本当に四行だった。


 《治部退去、承知》

 《兵を引く》

 《拾様の御意に従う》

 《ただし疑義は残る》


 三成と、同じ最後だった。二人とも、疑いが残ると書く。意外と似ている。


 正則からも、四行の書状が来た。


 《治部を斬らぬ》

 《兵を引く》

 《拾様に従う》

 《酒は飲む》


 禁じていない。なぜ報告する。


 祐筆が、三成へ送る写しから四行目を消そうとした。俺は止めた。


「おくって」


「よろしいので」


「じじつ」


 三成がどんな顔をするか、少し見たかった。


 五日後、佐和山から返事が来た。四行。


 《書状受領》

 《兵の撤収を確認》

 《疑義は記録する》

 《飲酒は職務外に限るべし》


 やはり注意した。


 正則の次の返事は、一行だった。


 《お前は上司か》


 決まりより短い。


 清正からの返事。


 《四行を守れ》

 《拾様が決めた》

 《酒は減らせ》

 《前の襖代を払え》


 話が、増えた。だが、書状は続いていた。怒りも疑いも消えていない。それでも、細くて切れそうな道が、確かにあった。


 俺は、少しだけ笑った。その瞬間、視界に新しい表示が出た。


【豊臣家組織診断】

行政機能 68 → 49

幹部統合 26 → 15

徳川家康への政務相談集中 43% → 61%


【本日の豊臣家滅亡確率】

98.9% → 98.9%


 動かなかった。書状の道を一本作った分、別のどこかが崩れていた。


 日が暮れるころには、長盛も正家も、目の下に影を作っていた。三成がいた場所に、三人が座る。三人とも、三成と同じように働き始めていた。


「ましたも、なつかも、ねて」


「されど、本日の箱が」


「あした。ぼくが、いう。はこは、にげない」


 長盛と正家は顔を見合わせて、それから、ほっとしたように頭を下げた。玄以だけが、にこにこと俺を見ていた。


「拾様こそ。昨夜は、何刻お休みに」


「……なんで、みんな、それ、きくの」


「皆、拾様に同じことを言われておりますゆえ」


 言い返せなかった。


「拾様、御顔色が」


 長盛が言った。


「だいじょうぶ」


 淀殿の言葉を使ってしまった。大丈夫でないときに、大丈夫と言う。前世で何度も聞いた。俺も、言うようになってしまった。


「では、粥を」


 玄以が言った。


「いらない。……ははうえに、いわないで」


 三人が、同時に目をそらした。もう伝わっているのだ。淀殿の耳は、城のどこにでもある。


 すぐに侍女が来た。逃げ道はなかった。


 膳の前で、淀殿が待っていた。粥。味噌。魚が少し。


「……いちてん、いち」


「何がです」


「とよとみが、いきのこる、かず。ひゃくのうち、いちてん、いち」


 淀殿は、数字の意味を全部は分からなかっただろう。それでも、俺の手に自分の手を重ねた。


「では、その一・一を、一・二になさい」


 簡単に言う。


「いちてん、にに、したら?」


「一・三に」


「ひゃくまで?」


 淀殿が、少し笑った。


「百は、神仏の仕事です。拾は、明日の一つを、なさい」


 明日の一つ。政所の四つの箱を思い出した。未来を一度に救うことはできない。明日の一つ。


「ひょうぎの、ひを、きめる。だれが、こなくても、きめられることを、きめる」


「それで、よろしい」


 その夜、新しい評議の決まりを書いた。全員一致をやめる。人が少なくても、急ぎのことは決められる。ただし、決められることを限る。戦、領地の取り上げ、大名の処分、婚姻は、大老の多くの同意が要る。米、城の修理、医療、災い、日々の政務は、来た奉行で決める。来なかった者にも、同じ日に決まったことを送る。反対なら、期限までに理由を書いて出す。


 正則のために、四行の要約もつけた。


 一、飯と道と病は、来た者で決める。

 二、戦と領地と婚姻は、大老を待つ。

 三、来ぬ者にも、決めたことを送る。

 四、反対なら、酒を飲む前に書け。


 四行目は余計だった。だが、読ませるために残した。


 翌朝、一番早く返事が来たのは、正則だった。


 《四は承知せぬ》


 読んだ。それで十分だった。承知しないと書くためには、四行目まで読まなければならない。正則は、四行を全部読んだのだ。


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