↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第七章 七将の夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/125

第46話 もう止まりません


【豊臣家滅亡まで 残り5,877日】


「止まりません」


 淀殿は、同じ言葉をもう一度言った。


 朝だった。大坂城の奥の庭に、細い雨が降っていた。音は小さい。だが軒から落ちる水は、同じ石を、同じ場所を、ずっと打ち続けていた。


「なにが」


「全部です」


 答えが大きすぎた。


「ぜんぶは、こまる」


「困るから、人は、一つだけだと思いたがるのです。三成が悪い。清正が悪い。内府殿が悪い。誰か一人を止めれば、全部止まると」


 俺もそうだった。利家を救えば、すべて変わると思った。三成と清正を同じ部屋に座らせれば止まると思った。一晩だけ止まった。城の外は、もっと速く動いていた。


 侍女が、文箱を持ってきた。三日後の評議への返事だった。数はある。中身は少ない。毛利、国元と相談の上。上杉、上洛の時期を調整中。宇喜多、拾様の御前ならば出る。前田利長、葬儀が済むまで猶予を。清正と正則は、既に城の中。長政、内府殿の御意も伺うべし。


 そして家康。


 《幼君の御心を煩わせぬよう、内府がよきに計らう》


「くるのは」


「宇喜多殿だけでしょう」


 淀殿は、書状を一枚持ち上げた。


「開けることと、決まることは、違います」


 大老の半分以上がいない評議を開けば、来た者だけで決めたと言われる。開かなければ、秀頼には決める力がないと示すことになる。


「ははうえなら、どうする」


 淀殿は、すぐには答えなかった。庭を見た。雨が、池に落ちていた。


「まず、門を増やします」


「もん?」


「逃げ道です。……皆の」


 三成が、処罰されずに政務から退ける道。清正と正則が、謀反人にならずに兵を引ける道。家康が、豊臣を侮ったと見られずに仲裁に入れる道。秀頼が、命令を取り消したと見られずに、方針を変えられる道。


「かつみちじゃ、ない」


「今、勝つ者を決めれば、負けた者は、次の戦を始めます」


 劉禅の記憶がよみがえった。馬謖を、斬らなかった。水を運ばせ、敗因の帳面をつけさせた。李厳は、官位を剥いで、しくじりを書かせた。魏延と楊儀は、同じ上司の下に置かなかった。罰は一つの事件を終わらせる。だが、罰せられた側の家族と家臣は、三十年、それを覚えている。だから、一人も斬らなかった。


「みつなりを、しりぞかせる?」


「拾は、嫌ですか」


「いや」


 即答した。三成がいなくなれば、家康に対抗する前に、豊臣家の中が見えなくなる。米も、船も、役人も、書状も、秀吉の巨大な政権を紙で支えてきたのは、あの男なのだ。


「では、三成を守れば、清正と正則は、次は自分たちが処されると思います。三成が記録を握っているかぎり、拾が何を申しても、信じませぬ」


「きろく、わける」


「今日中に、できますか」


 できない。仕組みは、明日から動くものではない。


「……めいれいは、だせる。ぼくの、なまえで」


 祐筆を呼んだ。兵を増やすな。私闘を禁ずる。三成は諸将を捕らえるな。諸将は三成の屋敷に兵を向けるな。家康を含む大老・奉行は、大坂の評議に出よ。


「これ」


 淀殿は、それを読んだ。


「よう、できております」


「とまる?」


「止まりません」


 褒めた直後に、切り捨てられた。


「兵を増やした者は、増やしておらぬと申します。私闘を考える者は、身を守るためと申します。捕らえようとする者は、調べるためと申します。屋敷へ向かう者は、見舞いと申します。評議に来ぬ者は、国元の事情と申します」


 命令は、してはならないことを書ける。人は、自分の行いを、してはならないことではない言葉に言い換える。


「じゃあ、なにを、まもる」


「拾を」


「ぼく、だけ?」


「豊臣の名を」


「ひとは」


 強く言った。淀殿の目が、少し変わった。


「しろのひと。まちのひと。みつなりの、ひと。きよまさの、ひと。みんな」


 淀殿は、長く黙っていた。


「……拾。すべてを守ると申す者は、何も選んでおらぬ者です」


 痛かった。劉禅のときも、全員を救うと言って、何人も救えなかった。


「えらぶ。じゅんばんを」


「では、聞きましょう」


 俺は、指を折った。


 一つ。城の中で戦を起こさない。

 二つ。三成、清正、正則、本人の命を守る。

 三つ。家臣同士のぶつかりを防ぐ。

 四つ。政所の記録を守る。

 五つ。大老と奉行の評議の道を残す。

 六つ。家康の仲裁を、豊臣の命令の下に置く。


 全部守りたい。だが、順番をつけた。淀殿は、一つずつ聞いていった。


「三成が政務を離れれば、二つ目は守れます。五つ目は、傷つきます」


「……うん」


「清正と正則を国元へ戻せば、三つ目は守れます。逃げたと見られます」


「うん」


「内府殿に仲裁させれば、一つ目は守れます。六つ目を失います」


 全部、少しずつ悪い。


「ははうえは、なにを、えらぶ」


「命です」


「なより?」


「今は。はい」


 驚いた。豊臣の名を守ると言っていた人が、命を先にした。


「死ねば、名を守る者も、おりませぬ」


 淀殿は、雨を見ていた。小谷。北ノ庄。この人は、名が残っても人が死ぬのを、何度も見てきたのだ。


「三成を、一度、政務から離します」


「いや」


「拾」


「……ひつよう。だから、ころしちゃ、だめ。もどすみちを、さきに、つくる」


 淀殿が、少しだけ頷いた。


 三成を呼んだ。目の下に、濃い影があった。眠っていないのだ。それでも、書状を抱えていた。


 淀殿は、俺の後ろに座った。言うのは、俺だった。


「みつなり」


「はい」


「まんどころを……」


 言葉が、出てこなかった。


「……はなれて」


 三成は、表情を変えなかった。


「いつまで、でございましょう」


 期限を、最初に聞く。


「さんじゅうにち」


「長すぎまする」


「とおか」


「短すぎまする」


「どっち」


「目的によりまする」


「いのちを、まもる」


 三成が、初めて、俺から目をそらした。


「……拙者の命は、政務より、軽うございます」


「ぼくには、おもい」


 三成は、動かなかった。


「きろくは、ぜんぶ、おおさかに、のこす。うつしを、さわやまへ。まんどころは、ましたと、なつかと、げんい。さんにんで、きめる。みつなりは、いけんを、かく。めいれいは、しない」


 五つの舌では、それが精一杯だった。頭の中では、もっと長い文になっていた。


 まず、記録。政所の帳面は、一枚も城の外へ出さず、すべて大坂に置いておく。三成が帳面を抱えて佐和山へ持ち去った、と言われる種を、先に潰すためだった。清正たちが一番恐れているのは、三成その人より、三成の握っている帳面なのだ。


 そのかわり、写しを一揃い、三成の居城の佐和山へ送る。大坂の帳面が誰かに書き換えられても、照らし合わせれば分かる。三成にとっては、自分の仕事を取り上げられたのではない、という証にもなる。


 次に、政所の仕事。三成が抜けた席には、誰か一人を座らせない。増田長盛、長束正家、前田玄以。三成と同じ五奉行のうちの三人に、まとめて預ける。一人に任せれば、その一人が、次の三成として恨まれる。三人で決めれば、恨みの的が一つにならない。清正たちと近い浅野長政は、あえて外した。入れれば、天秤が片側へ傾く。


 最後に、三成。意見は、書いてよい。書いて、三人へ送ればよい。だが、命じる力は持たせない。口は出せるが、手は出せない。それなら清正たちも、三成がまだ裏で政所を動かしている、とは言いにくい。三成のほうも、豊臣の政から締め出されずに済む。


 つまり、完全には切らない。政所の外から、紙で口を出す役にする。戻る条件も、先に決めた。武断派が武装を解くこと。大老の評議が戻ること。記録と罰の権限が分かれること。秀頼が戻ることを認めること。


「内府殿が評議に来ぬ場合、拙者は戻れませぬ」


「だから、いえやすが、こなくても、よにんで、きめられるように、する」


「掟が動かぬときの、掟を作るのでございますか」


 三成は、長く考えていた。


「……拾様。これは、拙者への処分でございましょうか」


「ちがう。まもる」


「誰を」


「みつなり。きよまさ。まさのり。とよとみ」


 三成が、少しだけ笑った。悲しい笑いだった。


「やはり、多すぎまする」


「えらんだ。いちばんは、いのち」


 三成は、淀殿を見た。淀殿が頷いた。


「……承知いたしました。ただし、記録は、残しまする。誰が何を恐れ、何を選んだか。すべて。……拾様の御判断も」


 胸が痛かった。


「かいて」


 三成は、もう一度、深く頭を下げた。


 その日の午後、家康が仲裁の案を出してきた。


 《石田三成は政務を離れ、佐和山へ退くべし。清正・正則らは兵を引くべし。私闘を禁ず。以後の政務は大老・奉行が協議すべし》


 俺たちが朝に決めたことと、ほとんど同じだった。違うのは、誰が決めたと天下が思うか、だけだった。


 俺は秀頼の名で、先に命令を出していた。三成も清正も正則も、俺の命令に従った。それでも城の外では、こう語られた。


――内府殿が、騒ぎを鎮めた。


【本日の豊臣家滅亡確率】

98.0% → 98.6%


 三成は生きた。清正と正則も兵を引いた。城で、血は流れなかった。一つ目の目標は、守れた。


「とまった」


 俺が言うと、淀殿は首を横に振った。


「形が、変わっただけです。争いから、支配へ」


 外の兵は、引き始めた。城は静かになった。静かなまま、権力が移っていく。それが戦より怖いことを、俺はまだ、本当には分かっていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。