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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第七章 七将の夜

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第45話 心の槍


【豊臣家滅亡まで 残り5,880日】


 清正の使者は、廊下に入る前に膝をついた。声が震えていた。恐れているのは三成ではない。怒った主君の方だった。


「肥後守様より、申し上げます。治部少輔殿は、我らを賊として捕らえる御用意か、と」


「しておらぬ」


 三成が前に出た。使者は、三成を見なかった。俺だけを見ていた。


「肥後守様は、拾様の御前にて確かめたいと。……既に、こちらへ」


 来る、ではなかった。来ている、だった。怒りは、許しを待たない。


「なんにん」


 使者が目を伏せた。


「肥後守様、お一人にて」


 嘘だ。清正が一人で城に来るはずがない。


「百を超えるか」


 三成が言った。使者の肩が、わずかに動いた。超える、ということだ。


「門を閉めまする」


「なりませぬ」


 いつの間にか、淀殿が後ろにいた。


「閉めれば、戦になります」


「開ければ、兵が入りまする」


「入れる者を、選びなさい」


 大坂城の門の前に、清正がいた。本当に一人ではなかった。二百近い。全員が戦の装いではない。供回り、小姓、家老、足軽、荷を持つ者。だが、怒りがあれば、人の数は兵になる。


 門の上から、城の足軽たちが見下ろしていた。手が、槍の柄の近くにあった。


 清正は、門の前で胡坐をかいていた。腕を組み、石垣を見ていた。待ちながら、石の積み方を見ていたのだ。この男は、怒っていても、城を見る。


 俺が門の外に出ると、清正は立ち上がった。


「拾様」


「なかへ。ひとりで。かろう、ふたり。ぶきは、おく」


 清正が、腰の刀を見た。


「……これも、でござるか。武士に、刀を置けと」


「しろで、きるの?」


 清正の顔が、止まった。


「斬らぬ」


「じゃあ、いらない」


 後ろで、誰かが小さく笑った。清正が振り返ると、その笑いはすぐに消えた。


 清正は刀を外し、家老たちもそれに倣った。門番が受け取った。


「やりも」


「持っておらぬ」


「こころの、やり」


 清正が、ほんの少し口元を歪めた。


「……それは、置き場がござらぬ」


 門の前の空気が、少しだけ緩んだ。笑いは解決ではない。だが、人が息を吸う間を作る。


 俺は、清正の手を取った。


「いく。あるいて」


「転ばれまする」


「きょうは、ころんでない」


「昨日は」


「きのうは、きのう」


 一度の失敗が、長く残る。清正は抱き上げなかった。だが、俺が躓きそうになるたびに、大きな手がさっと伸びた。腹が立った。安心もした。


 広間では、三成が待っていた。刀は持っていなかった。淀殿。三成。清正と家老二人。そして俺。


「治部。我らを捕らえるとは」


「申しておらぬ」


「兵を集めた」


「集めておらぬ。役人を集めた」


「同じではないか」


「違う」


 二人とも、一歩も引かなかった。俺は二人の間に座った。身体が小さい。見えるのは、二人の膝だけだった。


「じゅんばん。きよまさが、さき。みつなりは、きく」


 三成が口を開きかけた。


「きく」


 止めた。清正が、俺を見た。


「……何を申せと」


「おこってる?」


 清正の口が、一瞬開いた。簡単な問いほど、答えにくい。


「我らを。戦場で働いた者を。この男は、数字だけで裁く」


 清正の拳が、膝の上で固くなった。


「朝鮮で兵が飢えた。船が来ぬ。米が腐る。病が出る。命を捨てて城を守った。戻ってみれば、帳面に、不足、遅延、命令違反。我らは紙の上で責められた。……今度は、内府殿との縁組を理由に、我らを処する」


「いえやすの、こんいんと、きよまさは、べつ」


「別ではござらぬ。内府殿と縁を結んだ者。近づいた者。話した者。皆、治部の帳面に載る」


「載せる」


 三成が言った。


 清正の顔色が変わった。


「みつなり」


「載せまする。事実を。処するとは、申しておらぬ」


「同じだ!」


 清正の拳が、畳を打った。音が、広間に広がった。障子の外で、清正の家臣が動く気配がした。こちらの警護も、槍を握り直した。


 気がつくと、清正は立っていた。いつ立ったのか、分からなかった。


「すわって」


 清正は、荒い息のまま、俺を見た。


「すわって」


 もう一度言った。清正は、座った。


「みつなり。のせるのと、ばっするのは、ちがう?」


「違いまする」


「きよまさには、おなじに、みえる」


 三成が、清正を見た。本気で、分からない顔をしていた。


「なぜ」


「書かれた者は、次に疑われる。疑われた者は、兵を減らされ、領地を削られ、家臣を失う。処すると書かずとも、同じではないか」


 三成は、答えなかった。


 帳面は、中立ではない。書かれた事実が誰の手にあるかで、刃になる。


「では、書かぬのか」


 三成が言った。今度は、清正が詰まった。書かなければ、家康の掟破りはなかったことになる。書けば、清正たちは自分が次だと思う。


「かく。でも、かくひとと、きめるひとを、わける。きろくは、まんどころ。ばつは、ひょうぎ。ひとりでは、できない」


 清正が、三成を見た。三成が、静かに言った。


「拾様。内府殿が評議を拒まれたら、いかがなさいます」


 痛かった。仕組みは、加わらない者をどう扱うかまで決めなければならない。


「こばんだことを、かく」


「それだけで、ございますか」


「……いまは」


 また、先の仕組みの話をしていた。今、清正は怒り、門の外には兵がいて、家康は仲裁の支度をしている。間に合わない。


「治部。我らを処さぬと、拾様の御前で誓えるか」


 三成は、即答しなかった。


「掟に触れれば」


「みつなり」


 遅かった。清正の顔に、答えが出ていた。


「……やはり、我らを罪人と思うておる」


 清正が立った。


「掟に触れた者を、罪人と呼ばずして何と呼ぶ」


 三成も立った。


「まだ、きまってない!」


 俺は、二人の間で叫んだ。五歳児の声だった。高くて、情けなかった。それでも、二人は止まった。


「しらべて、きいて、きめる。いまは、きまってない。だから、きらない。とらえない。へいを、あつめない。みっか、まつ。……ぼくが、めいじる」


 三成個人の誓いではない。豊臣家の命令にする。


 三成が、深く頭を下げた。


「承知いたしました」


 清正も、しばらく間を置いてから、頭を下げた。


「……承知」


 そのとき、外から大声がした。


「清正!」


 福島正則だった。許しもなく、来た。門番と揉めている。刀を差したまま入ろうとしている。


「かたなを、おけ!」


「拾様! 治部を斬るのではござらぬ!」


「じゃあ、いらない!」


 正則が止まった。清正が横を向いた。肩が震えていた。


「清正、笑うな」


「笑うておらぬ」


「口が笑うておる」


「顔の作りだ」


「その顔は昔から腹が立つ」


 喧嘩の理由が、三成から清正の顔に移った。よくはない。だが、少しましだった。


 正則は刀を置いて入ってきて、三成の前にどかりと座った。


「治部。わしを捕らえるそうだな」


「捕らえませぬ。……今は」


「今は、とは何だ!」


 また同じところで燃えた。俺は、両手で顔を覆いたくなった。五歳児の手は小さくて、顔が全部隠れない。不便である。


 そこへ、徳川家の使者が入ってきた。


 《内府殿、諸将の御身の安全を案じ、伏見にてお預かりする用意あり》


 預かる。守る。仲裁する。家康は、争いの当事者ではなく、安全を差し出す者として現れた。清正と正則の家臣たちの顔に、安堵が浮かんだ。三成の祐筆の顔が、青くなった。


「いかない。ここで、あんぜん。みっか、ぼくが、まもる」


 使者は、少しも困った顔をしなかった。


「畏まりました」


 整いすぎた返事だった。この返事も、家康に届く。秀頼が三成を守った。武断の諸将を城に留めた。どちらの味方と見られるかは、見る者が決める。


【本日の豊臣家滅亡確率】

98.3% → 98.0%


 一晩は、止めた。


 翌朝、清正の家臣が一人、城を抜け出した。正則の家臣も、別の門から出た。三成の祐筆は、記録の束を佐和山へ送った。誰も命令には背いていない。本人たちは城に残っている。ただ、家臣たちが、自分の家を守るために動いたのだ。


 昼には噂が変わった。《石田三成、清正・正則を城に拘束》。夕方には、《秀頼公、三成と結び武断派を粛清》。夜には逆に、《清正・正則、大坂城を占拠》。


 事実は、三人が別々の屋敷で、五歳児の命令を守っているだけだった。


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