第44話 正しい者が、最も遠くなる
【豊臣家滅亡まで 残り5,881日】
七人の大名が兵を集めている。その報せは、翌朝には「集めようとしているらしい」に変わり、昼には「集めてはおらぬが、集められる支度はしている」に変わった。
噂は、形を変えながら城の中を回っていた。誰が集めているのか。清正か。正則か。黒田長政か。細川か。浅野か。池田か。加藤嘉明か。名前だけが七つ、確かなこととして並んでいた。狙われているのが誰なのかは、誰も口にしなかった。口にしなくても、全員が知っていた。
俺は、三成を探した。
見つけたのは、政所へ向かう廊下だった。三成は一人で歩いていた。手に抱えた書状が、一人で持つ量ではなかった。
「みつなり」
三成は、すぐに止まって振り返った。顔も、姿勢も、声も、いつもと同じだった。昨夜、利家の死の刻限を書けなかった男には、見えなかった。
「どこ、いく」
「政所へ」
「きょうは、そうぎ」
「承知しております。されど、今日は政務を止める日ではございませぬ」
正しかった。英雄が死んでも、国を止めてはならない。劉禅として、何度も自分で言った言葉だ。だが三成の口から聞くと、なぜか胸が冷えた。
「なんの、しょじょう」
三成は、一番上の一枚を差し出した。家康が進めた婚姻の一覧だった。日付。使者。贈り物。相手の家。関わった家臣。全部が書かれていた。
「しらべたの」
「調べるまでもございませぬ。皆、知っております。されど誰も書きませぬゆえ、拙者が書きました」
また正しい。曖昧な怒りを、確かめられる形に変える。本来なら褒めるべきことだ。それでも、嫌な予感がした。
「きょう、だす?」
「本日中に」
「まって」
「何日でございましょう」
日数を聞く。そういう男だ。
「なのか」
「長すぎまする」
「みっか」
「根拠を」
五歳児への交渉ではない。取引先との値段の交渉である。
「みんな、おこってる」
「怒っている時こそ、掟が要りまする」
正しい。だが、利家はもういない。正しい言葉を、座らせてくれる人がいない。
「じゃあ、おなじかみを、おなじときに、みんなに、おくる。いえやすにも、たいろうにも、ぶぎょうにも。だれにも、さきに、みせない」
三成は、少し考えた。
「一人だけが先に知る形を、作らぬということにございますな。……承知いたしました」
「それから、へんじを、まつ。みっか」
「二日」
「みっか」
「二日半」
刻み方が細かい。
「みっか」
「承知いたしました」
負けた顔ではなかった。期限を勝ち取った顔だった。
【石田三成 孤立危険度】
68% → 72%
「……あがるの?」
思わず声が出た。廊下の向こうから、淀殿が来ていた。
「何がです」
「てつづきを、よくした。でも、ひとりに、なりそうなのが、あがった」
淀殿は、数字の意味を聞かなかった。俺の顔だけを見た。
「拾。正しい文を皆へ等しく送れば、皆が安心するとお思いですか」
「ちがう?」
「同じ文を受け取れば、皆、同じことを考えます。……誰が一番に、三成へ返事をするか」
分かった。最初に返事をした者は、三成の側と見られる。家康を問い詰める側だと。返事をしなければ、家康の側と見られる。中立でいたい者ほど、動けなくなる。
情報は揃った。だが、危うさは揃っていなかった。
その夜、政所の灯が、いつまでも消えなかった。
覗くと、三成が一人で文机に向かっていた。書状の写しを、黙々と作っていた。
「みつなり。ねて」
「これが済みましたら」
三成は筆を止めずに答えた。それから、ふと手を止めて、部屋の入口の方を見た。
「……前田様は、拙者がこうして遅うまで残っておりますと、必ず誰かに粥を届けさせてくださいました。治部、食え、と。一言だけ添えて」
入口には、誰もいなかった。
「今宵は、届きませぬな」
三成の声は、いつもと同じように平らだった。
俺は、黙って廊下に出て、台所の者を起こした。しばらくして、湯気の立つ粥の椀が、三成の文机に置かれた。
「……拾様」
「みつなり、たべろ。……ひとことだけ」
三成は、しばらく椀を見ていた。それから、筆を置いて、両手で椀を持った。
利家の代わりはできない。だが、利家がしていたことの一つくらいは、真似できる。
三日たった。返事らしいものは届いた。
毛利輝元、《慎重に評議すべし》。上杉景勝、《国元の事情につき、直ちには返答し難し》。宇喜多秀家、《拾様の御意を仰ぐ》。前田利長、《父の葬儀中につき、後日》。奉行衆は、それぞれ丁寧な文言で、待ちたい、判断されたくない、巻き込まれたくない、と書いていた。
清正からは、返事がなかった。正則からも。長政からも。
家康からだけ、はっきりした返事が来た。
《太閤殿下の御定めを軽んずる心、毛頭なし。疑義あらば、幼君の御前にて説明せん。ただし、喪中の騒ぎは天下のためにならず》
丁寧だった。穏やかだった。反論もしていない。謝ってもいない。そして、三成を、利家の喪中に騒ぎを起こす者の位置に置いた。
うまい。嫌になるほど、うまい。
三成は、全員の返事を並べた。賛成、零。反対、家康一人。どちらでもない、大多数。政では、動かない大多数は、動く一人に負ける。
「……もう一度、評議への出席を求めまする。来ぬなら、記録に残しまする。後の世が、判断いたしましょう」
後の世。三成は、今を勝てないとき、記録に訴える。俺もその方法を知っている。劉禅として、救えなかった者の名を、何度も記録に残した。記録は人を生き返らせない。だが、消されることを防ぐ。
「みつなり。ひとりに、なる」
三成は、少しだけ目を伏せた。
「……元より、一人でございます」
「ちがう。ひとりで、いるのと、ひとりに、されるのは、ちがう」
三成が、俺を見た。何も言わなかった。
そのとき、障子の外で足音が止まった。一人ではない。何人も。
「福島侍従様より、御使者にございます」
使者の書状は、短かった。
《石田治部少輔に問う。武断の諸将を処するとの風聞あり。事実ならば明らかにせよ》
「そのような命は、出しておりませぬ」
「では、なぜ兵を集めておられる」
三成が、初めて驚いた顔をした。
「集めておらぬ」
「治部少輔殿の兵が、政所に入ったと」
政所にいるのは、三成の祐筆と、算用の者と、書状を写す者と、門の警護の足軽だけだった。いつもの人数だ。だが、利家が死んだ翌日に、三成の役所に人が集まれば、兵に見える。
「ちがう。しごとの、ひと」
使者は、俺に平伏した。
「拾様のお言葉、確かに承りました」
承った。信じたとは、言わなかった。
誰がこの噂を流したのか。分からない。分からないから、全員が一番怖い相手を疑う。三成は家康を疑い、清正と正則は三成を疑い、家康は騒ぎそのものを使う。噂には責任者がいない。だから、止める相手もいない。
【石田三成 孤立危険度】
72% → 89%
要因:前田利家の死/諸大名の返答回避/武断派処分の風聞/政所への人員集中/徳川家康による調停準備
「……じゅんび?」
最後の一行が、読めなかった。
その答えは、すぐに来た。徳川家の使者だった。
《騒ぎを避けるため、内府、仲裁を申し出る》
まだ、誰も正式には争っていない。それでも家康は、もう仲裁者になっていた。
三成の手の中で、書状が小さく鳴った。握りしめていたのだ。
「みつなり。ひとりに、ならないで」
三成は、答えなかった。答えられなかった。正しい者が一番遠くに置かれるとき、本人だけは、自分の足でそこまで歩いてきたと思っている。
【本日の豊臣家滅亡確率】
97.9% → 98.3%
廊下の外で、足音がまた増えた。今度は、加藤清正の使者だった。息を切らしていた。




