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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第六章 重石が消えた日

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第41話 二人の老人


【豊臣家滅亡まで 残り5,883日】


 家康が見舞いに来た。


 その報せが届いた瞬間、廊下の空気が変わった。病人の屋敷が、政の屋敷になった。人の立つ位置が変わる。障子が閉められる。書状が隠される。刀の置き方が確かめられる。見舞いである。それでも、天下の配置が動く。


「……父に、伺いまする」


 利長が言った。当主は、まだ利家だった。返事ができるかどうか分からない病人に、見舞い客を通すかどうかを聞かなければならない。当たり前で、残酷なことだった。


「ぼくが、きく」


 俺は、利家の部屋に戻った。利家は目を閉じていた。息は、さっきより浅かった。


「だいなごん。いえやすが、きた」


 目が開いた。驚いてはいなかった。


「参りましたか」


「あう?」


「会わねば」


 短い答えだった。理由は聞かなくても分かった。この二人が、生きて同じ部屋にいられる、最後の機会になる。


「ぼくも、いる」


 利家は、しばらく俺を見ていた。


「では、一つだけ。すぐに口を挟まれぬよう」


 難しい命令だった。


「できる」


「今の間が、既に長うございます」


 見抜かれていた。


 家康は、黒い小袖で入ってきた。見舞いの装いだった。華美ではない。だが、質はよい。歩みは、いつもと同じだった。急がず、遅くもない。病人に、自分の焦りを見せない歩き方だった。


「大納言殿」


「内府殿」


 家康が、枕元に座った。利家の声は掠れていた。家康は、さらに近くへ寄った。


「御加減は」


「見てのとおりにございます」


「医師は」


「よう働いております。……拾様も、働きすぎにございます」


 家康が、俺を見た。目が、一瞬だけ細くなった。


「それは、いけませぬな」


「いえやすも、はたらいてる」


 口を挟んだ。一つだけの約束を、最初に使ってしまった。利家が、小さく笑った。家康も笑った。


「拾様には、敵いませぬ」


 嘘である。今のところ、百回やれば百回負ける。


 家康は、利家に向き直った。


「御心配は、ございませぬか」


 何の、とは聞かなかった。利家も、何の、とは聞き返さなかった。豊臣家。前田家。秀頼。天下。すべてだった。


「多うございます。……時が、足りませぬ」


 利家は、苦しそうに息を吸った。家康は待った。急かさなかった。


「内府殿。拾様を、お守りくだされ」


 利家の手が、布団の上で動いた。俺の方へ。


 後の世の本に残りそうな言葉だった。だがこの部屋では、一人の老人が、もう一人の老人に、子供を頼んでいるだけだった。


 家康は、すぐには答えなかった。沈黙が長かった。利家の息の音だけがした。


「……お守りいたします」


 低く、はっきりした声だった。嘘には聞こえなかった。だから、怖かった。


 家康は、今の自分が考える範囲で、本当に守るつもりなのだ。だが、守るという言葉は広い。大坂城に置いておく。領地を減らす。政から遠ざける。出家させる。人質にする。生かしておく。それも全部、守ることに含められる。


「どうやって」


 また口を挟んだ。約束は、とうに破っていた。家康が、俺を見た。


「拾様が御無事であられるように。豊臣の家が続くように」


 二つ。同じではない。秀頼が生きること。豊臣家が続くこと。政権が続くとは、言っていない。利家も、そこに気づいた。


「天下は」


 利家が問うた。家康の目が、少し変わった。


「天下は、太閤殿下より拾様へ、わしがお預かりしているものにございます」


 巧い。自分のものとは言わない。返す時期も言わない。何を返すかも言わない。


「あずかりものは、かえす」


「左様にございます」


「いつ」


 部屋の空気が固まった。利家が、俺の名を呼ぼうとした。その前に、家康が答えた。


「拾様が、御自ら天下を支えられる時に」


 条件がついた。そして、その条件を誰が判断するのかは、書かれていない。


「だれが、きめる」


 家康は、黙った。利家も、家康を見た。ここが本当の問題だった。秀頼が天下を支えられるようになったと、誰が判定するのか。家康なら、永遠に「まだ」と言える。淀殿なら、明日にも「今」と言う。


「……皆で」


「みんなって、だれ」


「拾様」


 利家が、今度こそ俺を止めた。口を閉じた。だが、問いは部屋に残った。家康も、答えがないことを知っていた。


「内府殿。拾様は、いずれ、御自分で決められまする。その日まで、お待ちくだされ」


 家康は、利家を見た。二人の間には、長い年月があった。信長。秀吉。戦。人質。裏切り。和睦。利家は家康より先に死ぬ。家康は待てる。それを知っているから、利家は「待て」と言ったのだ。


「……承知いたしました」


 また、嘘には聞こえなかった。約束は守るだろう。ただし、時が変われば、新しい約束を求める。淀殿の言葉が、頭に浮かんだ。


「前田家は、大納言殿の御志を継がれましょう」


 家康が言った。襖の外に、利長がいる。聞いている。利家が、わずかに首を動かした。


「息子に、同じ役を、求めぬよう」


 家康が、目を細めた。


「同じ役を担える者は、おりませぬ」


「では、やくを、わける」


 二人の老人が、同時に俺を見た。


「はなすひと。きめるひと。しらべるひと。とめるひと。ひとりに、しない」


 利家の口元が、わずかに上がった。家康は、表情を変えなかった。


「拾様は、面白きことを、お考えになりますな」


 面白い。危うい。家康の中では、たぶん近い意味だ。


「いえやすも、はいる? かいぎに」


 家康が、初めて、少し困った顔をした。


 利家が笑った。笑ったあと、激しく咳き込んだ。玄朔がすぐに身体を支えた。家康が、利家の背に手を伸ばしかけて、途中で止めた。戦場で何万もの兵を動かしてきた手が、今は、何もできなかった。


 咳が収まると、利家は目を閉じたまま言った。


「内府殿。最後に。……わしが死んだあと、三成を、すぐに追い詰めぬよう。清正らを、焚きつけぬよう。前田を、試さぬよう」


 家康の顔から、笑みが消えていた。


「……多うございますな」


「時が、足りませぬゆえ」


「大納言殿。わしも、争いは望みませぬ。されど、争いを望まぬだけでは、争いは止まりませぬ」


 利家が、目を開けた。


「左様」


 二人の老人が、同じ結論に着いていた。だからこそ、互いを警戒していたのだ。


「拾様。覚えておかれませ。戦を望む者だけが、戦を起こすのではございませぬ」


 家康も、俺を見た。


「戦を避けようとして、先に兵を集める者もおりまする。守ろうとして、相手を恐れさせる者も。約束を確かめようとして、相手を疑わせる者も」


「……いえやす。やくそく、かく。まもるって、どういうことか」


「五つの御方に、証文を書かされるとは」


「いや?」


「まさか。……ただ、条件が多くなりそうにございます」


 その日のうちに、証文はできなかった。利家の息が、話を続けられなくなったからだ。


 家康は立ち上がり、利家に深く頭を下げた。


「大納言殿。長き間……」


 言葉が止まった。家康ほどの男でも、ふさわしい言葉が見つからなかった。


「……御世話に、なりました」


 利家が、目を閉じたまま答えた。


「こちらこそ」


 短かった。二人のあいだを語るには、短すぎた。だが、十分だった。


 部屋を出る前、家康は俺の前で足を止めた。


「拾様。大納言殿との約束、忘れませぬ」


「ぼくも、わすれない」


 家康が去ったあと、俺は白い紙に、最初の一行を書かせた。


 《豊臣秀頼の生命および家名を保つこと》


 政権でも、領地でもない。まず、命と家名。


【人物評価:徳川家康】

表示可能な項目:健康管理 99/待機能力 100/危機管理 100

前田利家との友情:測定不能


 能力値は、人と人のあいだを測れない。二人が敵だったのか、友だったのか、最後まで分からなかった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.0% → 95.8%


 夜が、来ようとしていた。


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