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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第六章 重石が消えた日

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第40話 三つの頼み


【豊臣家滅亡まで 残り5,883日】


 利家は、少し眠った。眠ったというより、話す力を戻すために目を閉じていた。


 その間に、俺は干菓子を食べた。約束どおり、利家が眠ってから。


 小さな梅の形が、口の中で崩れた。甘いはずだった。


 玄朔が湯を替え、まつが布を絞った。音は少ない。病人の部屋では、人は静かになる。静かになっても、仕事は多い。


 やがて、利家が目を開けた。


「拾様」


「いる」


「……よろしゅうございました。目を開けたとき、御顔がございました」


 胸が痛んだ。


「菓子は」


「たべた」


「味は」


 少し考えた。


「……しょっぱかった」


 利家は、何も言わなかった。ただ、目尻の皺が、少しだけ深くなった。


「だいなごん。のこすもの」


 利家は、天井を見た。長く。考えているのではない。言葉を出すための力を、集めているのだと分かった。


「わしは、人を仲良うさせてきたと、思われております」


「ちがう?」


「違いまする」


 即答だった。


「清正と三成は、仲良うございませぬ。正則と三成も、仲良うございませぬ。……内府殿とわしも、仲良しでは、ございませぬ」


 それは、知りたくなかった。


「でも、はなす」


「話さねば、困るからにございます」


 単純で、難しい。


「人は、好きな者とは、道がなくとも話しまする。嫌いな者とは、道があっても話しませぬ。ゆえに、話さねば、自分が困るようにするのです」


 利家は、ゆっくりと指を折った。


「清正には、三成の兵粮が要る。三成には、清正の現場が要る。正則には、二人を止める役が要る。……時々、机を壊しまするが」


 そこは評価が甘い。


「大名には、内府殿の裁きが要る。内府殿には、豊臣の名が要る。豊臣には、大名が要る。皆が皆を嫌うても、一人だけでは仕事が終わらぬ形にしておくのです」


 前世の言葉で言えば、互いに依存する役割の設計だ。利家は、そんな言葉を知らない。だが、何十年もそれをやってきた。


「それを、どうやって」


「わしが、間に入りました」


「それじゃ、だめ」


「はい。わしが死ねば、道も消えまする」


 本人が、一番よく分かっていた。人柄で作った道は、人とともに消える。


「だから、きめかたを、きめる。いつまでに。だれが。はんたいは、どこへ。へんじがないときは、だれが」


 利家の目が、開いた。


「それでございます。……されど、紙だけでは、足りませぬ。紙は、人を座らせませぬ」


 利家は、俺の手を少しだけ持ち上げた。


「拾様が、座らせてくだされ。最初だけで、よろしゅうございます」


 最初だけ。それが一番難しい。


「わしの葬儀のあとでは、皆が、別々の部屋へ入りまする。三成の部屋。清正の部屋。内府殿の部屋。……一つの部屋へ、座らせてくだされ。仲良うさせては、なりませぬ」


「なかよく、させない?」


「無理をさせれば、嘘を申しまする。笑うて酒を飲み、肩を組み、翌日に別の大名へ兵を借りに行く。嫌いなままで、よいのです。ただ、席を立つ前に、次に話す日を、決めさせてくだされ」


 次に会う日を決める。小さな決まりだ。だが利家は、それを人柄でやってきたのだ。


「それから。御自分で、全部を決めぬよう」


 胸を突かれた。劉禅のときも、同じことを言われた。諸葛亮を休ませるために、自分が働きすぎた。董允に叱られた。今度は五歳から、同じ失敗をしようとしている。


「わしを、救おうとなさいましたな。ありがたきことにございます」


「でも、すくえない?」


 利家は、答えなかった。答えないことが、答えだった。


「わしを救えぬことを、御自分の失敗に、なさらぬよう。病は、拾様に仕えてはおりませぬ。命令を聞かぬ者も、おりまする」


「みつなり、みたい」


「三成は、命令は聞きまする」


 訂正された。


「口答えを、するだけにございます」


 病床でも、人物評価が正確だった。俺は少し笑った。利家も笑った。息が苦しそうになった。玄朔が近づいたのを、利家は手で止めた。


「大事なことを、三つ」


「みっつ」


 多い。


 指が一本、ゆっくりと折られた。一本折るのにも、息を一つ使っていた。


「一つ目。母君を、敵になさらぬよう」


「ははうえは、てきじゃない」


「いつか、お考えが違う日が来まする」


 淀殿は豊臣の名を守る。俺は豊臣の人を守る。同じようで、違う。


 二本目の指を折るのに、利家は、さっきより長くかかった。まつが、夫の手を下から支えた。


「二つ目。内府殿を、悪人になさらぬよう。善人にも、なさらぬよう。……淀殿は、よう見ておられまする」


 淀殿と、同じことを言った。


「三つ目」


 利家の息が、一度止まった。玄朔が身を乗り出した。また、息が入った。


「拾様は、太閤殿下に、ならぬよう。超えぬよう。真似ぬよう」


「じゃあ、なにに、なる」


 利家は、長いこと俺を見た。天下人の息子を見る目ではなかった。五つの子供を見る目だった。


「拾様に、おなりくだされ」


 軽い言葉だった。軽いのに、胸の底に沈んだ。前世の名を捨て、劉禅になり、光秀になり、秀頼になった。俺はずっと、誰かの役を生きてきた。


「……だいなごん。だいて」


 五歳の身体が、勝手に言っていた。利家は驚いた顔をして、まつを見た。まつが、黙って夫の背を支えた。利家の腕が、ゆっくりと上がって、俺の背中に回った。弱い腕だった。それでも、回った。


「……重うなりましたな」


「てんかが?」


「拾様が」


「こどもは、そだつ。まいにち」


「左様にございます」


 利家の胸に、耳が当たった。薬草の匂いの奥に、かすかに、古い革と汗の匂いがした。槍の柄を握り続けた人の匂いだった。鼓動が聞こえた。遅い。乱れている。だが、まだある。


「拾様。わしを救うより、わしがおらずとも話せる道を、お作りくだされ。……約束にございます」


「はい」


「声が、小そうございます」


「はい!」


 大声を出した。玄朔が眉をひそめた。病人の部屋である。襖の外で、誰かが小さく吹き出す音がした。たぶん、正則だった。


「元気で、よろしゅうございます」


 利家の腕から、力が抜けていった。まつが、そっと夫を布団に戻した。


「少し、休みまする」


「また、あとで」


 利家は、目を閉じたまま答えた。


「はい」


 その返事を、俺は信じたかった。


 部屋を出る前に、利家がもう一度だけ目を開けた。


「……治部は、おるか」


 襖の外で待っていた三成が、すぐに入ってきて、枕元に平伏した。


「ここに」


 利家は、三成の顔をしばらく見ていた。


「治部。……今朝、何を食うた」


 三成が、固まった。


「……急ぎの文書が」


「食うておらぬな」


 評定の日と、同じやりとりだった。粥の膳を運ばせた、あの日と。


「飯を、食え。わしが見ておらずとも、食え。……それだけじゃ」


 三成は、額を畳につけたまま、しばらく動かなかった。


「……承知、いたしました」


 声が、ひどく掠れていた。三成が出ていくと、利家は、少しだけ満足そうに目を閉じた。


 最後の頼みの一つを、利家は、俺ではなく三成に使ったのだ。


 部屋を出ると、淀殿がいた。三成、清正、正則、長政、そして利家の嫡男の利長。皆が、別々の顔で、同じ襖を見ていた。俺は、泣いた跡を隠さなかった。


「かいぎを、する」


 全員が、俺を見た。


「まだ、父は」


 利長が言いかけた。


「いきてる。だから、いま、きめる。つぎに、はなす、ひを」


 利家がいなくなる前に。利家がいなくなったあとのために。


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.3% → 96.0%


 三成が、黙って帳面を開いた。清正が、その横に座った。正則が、少し離れて座った。長政が、入口の見える場所に座った。


 廊下の板の上で、五つの子供の前に、大人たちが並んだ。


 そのとき、門の方で、ざわめきが起きた。


「徳川内府様、御見舞いに参られました」


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