第38話 戦わずして負ける
【豊臣家滅亡まで 残り5,896日】
博多の港に、朝鮮から戻った兵が千人以上、足止めされていた。
海を越え、傷つき、病み、家に帰るはずだった兵たちである。船が足りない。馬が足りない。宿が足りない。何より、米が足りない。
扶持米、三千石。豊臣の財から見れば、大きすぎる額ではない。問題は、誰が出すかだった。
三成は、細かい計算を作った。朝鮮にいた日数。どの家の兵か。負傷者と病人の数。船賃。宿場。日数。数字は正確だった。そして、案が三つあった。
一つ目、豊臣の蔵入地から出す。二つ目、兵を出した大名たちに割り当てる。三つ目、いったん借りて、翌年に精算する。
どれも理にかなっていた。どれも、決める者が違った。
「いちばん、はやいのは」
「蔵入地にございます」
「じゃあ、だす」
「されど」
出た。されど。組織を止める三文字である。
「蔵入地の支出は、今年の軍役の精算と同時に行う定めにございます。二月後に」
「へいは、ふたつき、たべないで、まてない」
「先に出せば、例外となりまする。例外は、前例となりまする」
「ひと、しぬ」
「……ゆえに、大老衆の御承認を」
三成も、苦しそうだった。
承認を求めた。前田利家、療養中につき返事なし。徳川家康、確かめ中。毛利輝元、国元に問い合わせが要る。上杉景勝、使いの往復に日がかかる。宇喜多秀家、賛成。ただし割り当ての比率を確かめたい。
五人とも、反対はしていない。五人とも、決めてもいない。
「きよまさは、じぶんで、だせない?」
清正が、唇を噛んだ。
「肥後の兵だけなら出せまする。他家の兵にまで出せば、越権と言われまする」
正則も、長政も、自分の家の分なら出せる。だが誰か一人が全部出せば、恩を売ったと疑われる。兵を私に抱き込んだと言われる。
「みんなで、すこしずつ」
「割り当ての表は、既にございます」
「じゃあ」
「各家の承諾が」
また、承諾だった。書状を送る。返事を待つ。直す。判を集める。その間、兵は待つ。港で、粥が薄くなる。病人が増える。傷が膿む。宿の者と揉め事が起きる。兵たちは、自分たちは捨てられたと思い始める。
三日が過ぎた。五日。七日。俺は毎朝、同じことを聞いた。
「こめは」
「まだにございます」
「どうして」
「毛利家より、割り当てに異議が」
「なんごく」
「百二十石」
三千石のうちの、百二十石。四分。それで全部が止まっている。合意という言葉は美しい。全員が納得するまで何もしない。全員が納得したときには、現場が死んでいる。
俺は、淀殿のところへ行った。
「ははうえ。くらを、あけて」
淀殿は、すぐに頷いた。
「開けましょう」
三成が、頭を下げた。
「なりませぬ」
淀殿の顔色が変わった。
「兵が飢えておるのですよ」
「承知しております。されど、御台所様の御蔵は、豊臣の公の蔵ではございませぬ。一度出せば、この先も政務の不足を、奥向きの御蔵で埋めることになりまする」
「私の米を、私が出すのです」
淀殿の声が震えた。
「治部。私の米は、豊臣の役に立たぬと申すのか」
三成は、額を畳につけた。答えなかった。答えられなかったのだ。
三成は正しい。淀殿も正しい。俺も正しい。兵は腹を空かせている。正しい者が増えるほど、米は出なかった。
「……かりる。ははうえから」
三成が、顔を上げた。
「借用の証文を作れば、可能にございます」
「いつ」
「奉行衆の連署を得て、明後日には」
二日。それなら、間に合うかもしれない。
証文を作った。淀殿が判を押し、三成が署名し、奉行衆の連署を集めた。一人が城の外にいた。使いを走らせ、夜が明け、判が揃った。蔵が開いた。米が積まれた。船が手配された。ようやく、動いた。
「まにあった」
俺が言うと、三成は、頷かなかった。
博多から、新しい報せが届いていた。
《扶持米三千石、既に到着》
「……え?」
淀殿の米は、まだ大坂の蔵を出たばかりだった。
《差出人 徳川内府家中》
家康だった。
三日前、家康は大坂の合議が遅れていると知って、自分の領地の蔵から米を出していた。名目は、豊臣家への立て替え。返す期限は後日相談。利息なし。条件なし。
米には、家康の添え状がついていた。
《豊臣家への立て替えにて候。兵への御配りは、拾君の御名にて》
俺の名で配れ、と書いてあった。
完璧だった。家康は、自分の名で施したのではない。豊臣家に貸したのだ。だから越権ではない。反対もできない。兵は救われた。豊臣の面目も、形の上では保たれた。
だが、兵は知っている。誰の米で、腹を満たしたのかを。
それでも、港の兵たちは、米俵の焼印を見ていた。徳川の、三つ葉葵の印を。俺の名で配られた米を食べながら、兵たちは、その印のことを話していた。
――内府様の御恩。
博多で、その言葉が広がっていた。
清正が、拳を握った。正則が、畳を睨んだ。三成は、報せを何度も読み返していた。間違いを探しているのだ。なかった。家康は、合法に、速く、ただで、人を救った。
最悪である。悪事なら責められる。善行だから、責められない。
「すぐに返しまする。利息をつけて」
「かえしても、おんは、きえない」
三成が黙った。三千石を返しても、腹を満たした記憶は戻らない。
「……まけた」
清正が顔を上げた。
「戦は、起きておりませぬ」
「だから、まけた」
戦わずに、負けた。豊臣家は、米を持っていた。人もいた。掟もあった。善意もあった。決められなかった。決めない間に、決めた者が勝った。
【案件:朝鮮帰還兵扶持米】
解決者 徳川家康
迅速性 S/合法性 A/人道性 S/政治効果 SS
豊臣政権:保有資源 十分/意思決定 失敗
徳川影響度 +5
たった三千石で、天下の比率が動いた。家康は、全国の困りごとを一つずつ片づけていけばいい。橋が落ちれば直す。飢饉には米を出す。大名が揉めれば裁く。人は、命じる資格を持つ者ではなく、困りごとを片づける者のところへ集まる。
淀殿は、借用の証文をじっと見ていた。自分の判の押された、無駄になった紙を。指で、判の朱をそっとなぞっていた。
「……遅かったのですね。私の米は」
「ははうえの、せいじゃない」
「分かっております」
淀殿は、証文を丁寧にたたんだ。
「分かっているから、悔しいのです」
小谷の城を出るとき、この人は何もできなかった。北ノ庄でも。今度は、米を持っていた。それでも間に合わなかった。
「きんきゅうの、こめは、さきにだす。あとで、しらべる。だしたひとと、みたひと、ふたりで、きろくする。いくらまでか、きめる。かえす、きげんも」
三成の目が光った。今度は、仕組みを作る光だった。
「一日で、案を作りまする」
「ねる」
「善処いたします」
寝ない返事である。
「ねる」
「一刻は」
「三刻」
「二刻」
また交渉になった。清正が、少しだけ笑った。正則は「わしは毎晩四刻は寝ておる」と胸を張り、三成に「それは酔い潰れておられるだけです」と返されていた。
そのとき、廊下を走る音がした。城の中を走ることは禁じられている。それでも、走ってくる。大野治長が、息を切らして座敷に飛び込んできた。顔が青かった。
「拾様。前田大納言様の、御容体が……急に」
淀殿が立ち上がった。三成も、清正も、同時に立った。
【前田利家 推定残存日数】
3日
【本日の豊臣家滅亡確率】
94.1% → 96.0%
紙の上には、緊急の決め方の案が、まだ一行も書かれていなかった。仕組みを作る期限と、利家が生きる期限が、重なった。
立ち上がろうとして、座布団から足が滑った。清正が、片手で俺を支えた。
「参りましょう」
戦わずして、一つ負けた。今度は、時間に負けようとしていた。




