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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第五章 内府の木馬

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第37話 白と黒と灰色


【豊臣家滅亡まで 残り5,897日】


 次の日、俺は人を分けようとした。味方と、敵に。


 簡単なはずだった。机に白い紙を広げ、左に《味方》、右に《敵》と書かせ、三成を呼んだ。


「ぶんるい、する」


 三成の目が光った。政務の男が、分類表を見つけた。危険である。


「承知いたしました。……徳川家康、敵」


 早い。


「まだ。たいろう。とよとみの、しごとも、してる」


「御掟に背いております」


「でも、してる」


 三成は、筆を止めた。


「前田利家、味方」


「としいえが、しんだあとの、まえだけは?」


 三成が止まった。


「加藤清正、味方」


「みつなりの?」


「拙者の味方である必要はございませぬ」


「めいれい、きく?」


「聞くべきにございます」


 聞くかどうかを聞いたのだ。聞くべきかどうかではない。


「福島正則、味方」


「よっぱらったら?」


「分類に関係ございませぬ」


 かなり関係ある。


「黒田長政」


 三成の筆が、止まった。


「……敵に近い」


 始めて五人で、分類表が崩れた。


「いしを、つかう」


 白い碁石が味方。黒が敵。そして、長政の灰色の石と同じ色の石を、祐筆に探させた。三成は、あからさまに嫌な顔をした。


 毛利輝元、灰色。上杉景勝、灰色。祐筆が灰色の石を探しに三度走り、四度目に「もう城内に灰色の碁石はございませぬ」と泣きそうな顔で戻ってきた。仕方なく、庭の小石で代用した。宇喜多秀家、白に近い灰色。小早川秀秋。


 三成の手が止まった。


「御一門にございます。されど、朝鮮での処置に不満を抱いておられる」


「くろ?」


「太閤殿下の御一門です」


「はいいろ」


 また増えた。島津、灰色。伊達政宗、濃い灰色。浅野長政、灰色。盤の上は、いつの間にか庭の小石だらけになっていた。碁盤というより、枯山水だった。


「ごぶぎょうは、ぜんぶ、しろ?」


「当然にございます」


「いえやすと、はなす?」


「政務の上では」


「みつなりの、みかた?」


 三成が黙った。同じ奉行でも、考えは違う。恐れも、つきあいも、違う。


「分類の基準を、明らかにすべきでございます」


 さすがだった。失敗を、基準の問題に置き換えた。


 項目が増えた。秀頼個人への忠誠。豊臣家への忠誠。秀吉の遺命への忠誠。今の掟への忠誠。三成への協力度。家康への協力度。自家の存続の優先度。戦を避けたい度合い。朝鮮の件への不満。全部で十項目。


「これなら、分類できまする」


 できなかった。


 家康。家康への協力度は、本人なので百。自家の存続も百。戦を避けたい度合い、高。ただし、徳川が上に立つ形での平和。


 三成。豊臣家への忠誠、百。遺命、百。掟、百。家康への協力度、一。戦を避けたい度合い、中。ただし、掟を破る者を除いたあとの平和。


 清正。秀頼個人への忠誠、百。三成への協力度、低。戦を避けたい度合い、高。ただし、三成の政権は嫌。


 正則。秀頼個人への忠誠、百。三成への協力度、日による。家康への協力度、人による。酒宴のあと、測定不能。


「さいごの、こうもく、おかしい」


「事実にございます」


 三成は真顔だった。


 黒田長政。ほとんどの項目が、中。自家の存続だけが百。予測のしやすさは一番高い。味方でも敵でもないのに、一番行動が読める。


「わけるのは、むり」


「項目を、さらに増やせば」


「いくつ」


「必要なだけ」


 この表は、そのうち国の予算より大きくなる。


 そこへ、清正が来た。利家の見舞いの帰りだった。机の上の石を見て、三成の説明を黙って聞いた。


「……治部。戦場でこれをやっておれば、全員死ぬぞ」


「戦場でこそ、敵味方の識別は欠かせませぬ」


「旗を見れば分かる」


「旗を替える者がおりまする」


「顔を見れば分かる」


「夜は」


「声を聞け」


「声を偽る者が」


 始まった。分類の話が、戦場での見分け方の論争になった。


 俺は、二人の間に灰色の石を置いた。


「これ。くろだ、ながまさ」


「信用ならぬ」


 清正は、一呼吸で答えた。


「てき?」


「敵ではない」


「みかた?」


「味方でもない」


「はいいろ?」


「その石ほど、綺麗ではない」


 長政の評価が、ひどい。


「じゃあ、きよまさは、ながまさと、たたかえる?」


「戦えまする」


「いっしょにも?」


「戦えまする」


「どっち」


「命令と、状況によりまする」


 ほら。清正自身も、決まった味方ではないのだ。誰に対して、何のために、いつ、どの命令なら動くか。人は、つながりの中で変わる。


「ひとで、わけない。しごとで、わける」


 そこへ、どすどすと足音がした。正則だった。机の上の石を見るなり、目を輝かせた。


「おお、碁か!」


「ちがう」


 三成が説明した。正則は、自分の名の札の前に置かれた石を見た。白と黒が、半分ずつ置いてあった。


「わしは、何色じゃ」


「日によりまする」


 三成が答えた。


「今日は」


「……本日は、朝の評議に遅参されませなんだゆえ、白に近うございます」


「今日は白じゃ!」


 正則は、黒い石を全部つかんで、自分の札から払いのけた。三成の分類表が、盤ごと傾いた。三成は、深い深いため息をついた。


 清正が、ぽつりと言った。


「さっき、大納言様のところへ寄ってきた」


 部屋が静まった。


「わしに、三成と喧嘩しておるか、と聞かれた。しておる、と言うたら、笑われた。……笑うと、咳が止まらなくなってな。玄朔殿に追い出された」


 清正は、自分の手を見た。


「笑いながら、そうか、そうか、と。……何がそうか、なのか、わしには分からなんだ」


 三成は、何も言わなかった。正則は、払いのけた黒い石を、黙って拾い集めて、箱に戻していた。


 新しい紙を出させた。


 《秀頼の安全》清正、白。正則、白。三成、白。家康、白に近い灰色。長政、灰色。


 《豊臣の掟を守る》三成、白。家康、黒に近い灰色。清正、灰色。


 《朝鮮から帰った兵を養う》清正、白。正則、白。三成、白。家康、白。長政、白。


 全員、白。初めて、全員が同じ側に並んだ。庭の小石だらけの盤の上に、白い碁石が一列にきれいに並んでいた。三成が、その列を見て、ほんの少しだけ目を細めた。整ったものを見るときの顔だった。


「しごとごとに、いっしょになる。おわったら、また、えらぶ。なかよく、なくていい」


 清正が三成を見た。三成も清正を見た。


「……それなら、できる」


 清正が言った。三成は、少し遅れて頷いた。


「職務が明らかであれば、可能にございます」


 二人とも、同じことを違う言葉で言った。


【新規機能:課題別協力関係】

人物固定分類:無効

味方・敵の二分法:精度 21%

推奨:誰が味方かではなく、何について協力できるかを確かめてください


 仕組みも、ようやく役に立った。


【前田利家 推定残存日数】

15日


【本日の豊臣家滅亡確率】

94.4% → 94.1%


 評議が終わると、清正と三成が、同時に部屋を出た。


 いつもなら、二人は反対の方向へ歩いていく。今日は、同じ方向だった。利家の屋敷の方角だった。


 二人とも何も話さなかった。並んでもいなかった。清正が三歩前を歩き、三成がその三歩後ろを、同じ速さでついていく。


 廊下の角を曲がるとき、清正が一度だけ振り返った。


「……遅い」


「清正殿の歩幅が、大きすぎるのです」


「合わせろ」


「合わせております」


 言い合いながら、二人は角の向こうへ消えていった。仲良くなったわけではない。だが、同じ病人の顔を、同じ日に見に行くことはできる。


 その夕方、博多から早馬が来た。朝鮮から戻ったまま港で足止めされている兵が、千人を超えているという。船も宿も米も足りず、国に帰れない。


 扶持米、三千石。全員が白だった。兵を飢えさせたい者など、一人もいない。


 簡単な仕事に見えた。


 だが、七日たっても、その三千石は、どこからも出てこなかった。


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