第30話 金蔵の草履
【豊臣家滅亡まで 残り5,919日】
三成は、本当に木馬の原価を推し量り始めた。
家康の贈り物を喜ぶためではない。調べるためである。
「材は檜。車輪の軸には、硬い樫を用いております。塗りは簡素ですが、職人の手間は多うございます」
三成は木馬を持ち上げ、裏返し、車輪を指で弾いた。五歳児の玩具を、監査するな。
「徳川家からの贈答としては、質素にございます」
「けち?」
「いいえ」
三成は首を振った。
「過不足が、ございませぬ」
それが一番怖かった。派手なら見栄。粗末なら軽視。ちょうどよい贈り物は、相手をよく見ている証だ。
「内府殿は、使うべきところに使い、使わぬところには使いませぬ。……拙者の見立てでは、内府殿の勘定の腕は、おそらく拙者と同じか、それ以上にございます」
三成が、他人の腕を自分より上だと言った。初めて聞いた。
「とくがわの、おかねは、どのくらい?」
三成の顔が、少しだけ嬉しそうになった。得意分野である。
「正確には、分かりませぬ」
嬉しそうに、分からないと言った。
「徳川家の蔵は、徳川家が数えますゆえ」
当たり前だ。だが、大事なことだった。豊臣政権は、大名に石高や軍役を報告させる。だが、大名の懐の中までは入れない。家康が表に出す数字と、実際に使える金が同じとは限らない。
「推し量ることは、できまする」
三成は、別の紙を開いた。待っていたのか。関東八州の石高。街道。川。城。蔵。商人。家臣団。字がびっしりと並んでいた。
「……じゃあ、とよとみの、おかねは?」
三成の筆が止まった。
「それは」
「わからない?」
「分かりまする。……蔵ごとには」
蔵ごとには分かる。全部を合わせた数字は、誰も持っていない。秀吉が、頭の中で持っていたのだ。
「みにいく」
大坂城の金蔵は、本丸の奥にあった。淀殿がついてきた。鍵を開けさせたのは淀殿だった。
扉が開いた瞬間、目が痛くなった。
金である。棚という棚に、金の延べ板が積まれている。銀の箱。銭の束。唐の織物。茶道具。天井まで。
「……すごい」
五歳児として、正しい感想が出た。
「殿下の、蔵です」
淀殿が言った。誇らしそうではなかった。どこか、遠い目をしていた。
三成が、棚の端から数え始めた。数えるな、と言いかけてやめた。この男は、数えずにはいられないのだ。
蔵の一番奥に、小さな古い箱が一つだけ、金の棚から離れて置かれていた。漆も塗っていない、ただの木の箱だった。
「ははうえ。これは」
淀殿は、少しためらってから、箱の蓋を開けた。
中には、草履が一足入っていた。すり切れて、鼻緒の色も分からなくなった、ただの藁草履だった。
「殿下が、上様の――信長様の草履をお預かりしていたころのものだそうです」
淀殿は、草履を手に取らずに見下ろした。
「殿下は、この蔵の中で、これだけは誰にも触らせませんでした。金は、いくらでも人にお配りになったのに」
冬の朝、主君の草履を懐で温めた、という話がある。本当かどうかは分からない。だが、秀吉がこの草履を金の山の奥にしまっていたことだけは、本当だった。
天下人は、最後まで、草履取りだったころの自分を捨てなかったのだ。金の山は、人に配るためのもの。草履だけは、自分のためのもの。そういう区別が、あの人の中にはあったのかもしれない。
俺は、光秀だったころの安土を思い出した。廊下を誰より速く走り回っていた、あの小柄な男。
「……ちちうえは、ここから、はじまったんだ」
淀殿が、少しだけ目を伏せた。
三成は、いつの間にか数えるのをやめていた。草履の箱を、じっと見ていた。三成もまた、寺の小僧から拾われた男だった。
蔵を出るとき、俺は淀殿の袖を引いた。
「ははうえ。ちちうえの、いちばんの、たからは、なに?」
淀殿は、少し考えてから、笑った。
「殿下は、それを聞かれるたびに、拾じゃ、と申されました。大名の前でも、公家の前でも、南蛮の使いの前でも。皆、困った顔をしておりました」
「……ほかには」
「それから、あの草履だと。……拾の次に、でございますよ」
淀殿は、蔵の扉が閉まるのを見届けてから、小さく付け足した。
「私のことは、一度も、言うてくださいませんでした」
冗談めかした口ぶりだった。だが、目は笑っていなかった。俺は、淀殿の手を握った。
「ちちうえは、ははうえを、たのむって、いった。ぼくに。さいごに」
淀殿の足が、止まった。
「……そう、でしたね」
淀殿は、それ以上何も言わなかった。ただ、握った俺の手を、なかなか離さなかった。
その夜、三成が紙を持ってきた。
「拾様。豊臣と徳川を、比べてみました」
【組織比較:徳川家】
財政 極上
兵站 上
家臣配置 上
情報収集 極上
後継者育成 並
【組織比較:豊臣家】
財政 極上
兵站 可
家臣配置 危
情報収集 可
後継者育成 無
財政継続性 危
財政は同じ極上。一瞬、安心しかけた。だが、一番下の一行が違った。
金はある。仕組みがない。
徳川は、今の金が少なくても、増える道がある。関東の新しい田を拓き、街道を整え、商人を集めている。豊臣は、今の金が多くても、減ったあとの道がない。秀吉の金は、秀吉が戦と朱印と人たらしで集めた金だ。秀吉がいなければ、同じ速さでは入ってこない。
蔵が大きいことを、強さだと思っていた。前世なら、貸借対照表だけ見て会社の未来を決めたりはしない。なのに豊臣家では、金蔵の大きさを見て、安心していた。
「てんかは、きんこのなかから、くずれる」
「何と」
「なんでも、ない」
「では」
三成が、もう一枚紙を出した。
「総勘定の様式の案にございます」
早い。もう作ったのか。
紙には、欄が四つあった。入るもの。出ていくもの。残るもの。次に要るもの。
不格好だった。だが、豊臣家で最初の決算書だった。
表題には、三成の几帳面な字で《豊臣家総勘定帳 第壱号》とあった。
「だいいちごう」
「はい。以後、毎月作りますれば、第弐号、第参号と」
この男は、一号を作る前から、百号まで作るつもりでいる。気の長い話だった。だが、悪くないと思った。天下人の頭の中にしかなかった数字が、紙の上に出てきた最初の日だった。
「みつなり。これ、つくるの、なんにちかかる」
「全部の蔵を合わせますれば、ひと月ほど」
三成の目が、光っていた。危険な光だった。仕事を与えられた政務の男が、眠らなくなる光だった。
「……ほかのひとと、いっしょに」
「拙者一人の方が、早うございます」
「いっしょに」
三成は、不満そうに頷いた。
翌日、奉行衆の詰所で、三成と長束正家と増田長盛が、同じ蔵の金を数えていた。三人とも、財の勘定は得意である。
半日後、三人はそれぞれ違う合計を出した。
「拙者の勘定が正しゅうございます」
「いや、治部殿は、銀の目方の換算が古い」
「長盛殿は、茶道具を資産に入れておられる。あれは売れませぬ」
「売れまする。利休の茶杓など」
「太閤殿下の御遺品を売るおつもりか」
三人が睨み合った。俺は、三人の前に置かれた三枚の紙を並べた。
「ちがうところだけ、しらべる」
三人は、黙って紙を見比べた。違っていたのは、たった三か所だった。銀の換算。茶道具。それから、正家が一つ数え忘れた箱。
「……一人でやれば、この三か所に気づきませなんだ」
三成が、ぽつりと言った。一人の方が早い、と言った男が、自分で気づいたのだ。
【本日の豊臣家滅亡確率】
93.8% → 93.5%
木馬は、徳川から来た。帳簿は、豊臣で作り始めた。戦はまだ始まっていない。だが、競争はもう始まっていた。
七日後、家康から二度目の会談の求めが届いた。今度の場所は、大坂城の小さな茶室だった。




