第29話 木馬
【豊臣家滅亡まで 残り5,920日】
「会いませぬ」
淀殿は、三度目も即答した。報せを持ってきた大野治長は、まだ頭を上げてもいない。
「されど、内府殿は太閤殿下の御遺命について、拾様へ御挨拶を」
「挨拶だけなら、文で足ります」
正しい。だが、文だけでは足りない。なぜ今、家康が俺に直接会おうとしているのか。それを確かめなければならない。
「ははうえ。あいます」
淀殿の目が、こちらを向いた。
「なりませぬ」
「どうして」
「危ういからです」
「しろの、なか」
「城の中でも」
淀殿は、そこで言葉を切った。俺が五歳であることを思い出したのだろう。毒。かどわかし。脅し。政の危うさを、五歳児に説明するのは難しい。中身は、六十年以上皇帝をやった老人なのだが、言えない。
「内府殿は、笑うて近づきます。拾を褒めます。太閤殿下に似ておられると申します」
淀殿の声が、低くなった。
「そのうえで、何を知っているか、誰の言葉を聞くか、誰を頼りにしているか。全部を持ち帰ります。あの方は、そういう方です」
淀殿は、家康を正確に見ていた。
「……ちちうえは、いえやすを、どうしてた?」
淀殿は、少し黙った。
「殿下は、怖いものほど、近くへ置かれました」
「じゃあ」
「似ております。困ったことに」
言わないでほしい。父から卒業する話を始めたいのに、五歳にしてもう似ていると言われている。
会談は、翌日の昼に決まった。
その夜、三成が作法の心得を書いた紙を持ってきた。
「内府殿との御対面における心得、十二箇条にございます。第一条、御目線は内府殿の襟元に。第二条、御返答の前に一呼吸。第三条……」
「みじかく」
「第四条、御菓子は」
「みじかく」
三成は、紙をしばらく睨んでいた。それから、十二箇条の上に大きく一行書き足した。
《泣かぬこと》
短くなった。だが、一番難しい一行が残った。
利家からは、使いの口上だけが届いた。
「内府殿の前では、菓子を召し上がりなされ。拾様が菓子を食べておられる間は、誰も拾様を侮れず、誰も拾様を怖れませぬ」
五大老の会議を思い出した。菓子を持ち上げて「おいしいです」と言ったとき、奉行たちの肩から力が抜けた。あの老人は、あの日のことをちゃんと見ていたのだ。場所は表御殿の広間。柱は太く、襖には金、庭には松。威圧が、建物の形をしている。
問題は、俺の座布団だった。高い。五歳児を少しでも大きく見せるために、三枚重ねてある。座ると、ぐらつく。天下人の後継ぎが、会談の最中に座布団から転げ落ちれば、それは政治的な敗北である。
「いちまいで、いい」
礼法役が青くなった。
「されど、御威光が」
「たかい」
「御威光が」
「ころぶ。もっと、なくなる」
二枚になった。妥協である。
次に、衣装が重かった。小袖、袴、上着、紐。さらに髪を結い上げられて、頭が後ろに引っ張られる。国の正統性というものは、なぜ五歳児の肩と頭に、物理的な重さとして乗ってくるのか。
「じっとなされませ」
「じっと、してる」
「動いておられます」
「くびが、いたい」
「天下人の御子でございます」
理由になっていない。
家康は、刻限より少しだけ早く来た。早すぎない。遅くもない。こちらが支度を急がされたとも、待たされたとも感じない時刻だった。時間の使い方まで、計算されている。
廊下の向こうから、低い声が聞こえた。足音は重くない。ゆっくりしている。急がない人間の歩き方だった。
「内府徳川家康、拾君へ、御機嫌伺いに参上いたしました」
完璧な臣下の礼だった。完璧だからこそ、怖い。本当に臣下なら、ここまで完璧に臣下を演じる必要はない。
視界の隅で、例の板が揺れた。
【人物評価:徳川家康】
表示可能な項目:健康管理 99/待機能力 100
その他の項目:開示されていません
一つ増えた。待機能力。何だその能力は。
【待機能力】
好機が訪れるまで、行動を保留できる
強すぎる。たいていの英雄は待てない。好機が来る前に自分で作ろうとして、失敗する。この男は、来るまで待てる。その間に、周りが疲れ、間違え、勝手に崩れる。
「ひさしぶり」
俺は言った。五歳児らしく、少し舌足らずに。
「覚えておいでで」
家康が笑った。五歳児がどこまで覚えているのか、測っている。
「おおきい」
家康の眉が、ほんの少し動いた。
「わしが、でございますか。……太りましたゆえ」
家康は腹を撫でた。家臣たちが控えめに笑い、俺も笑った。本当は、存在が大きいと言ったのだ。家康も分かっている。互いに、分からないふりをした。最初の一手である。
家康は、土産を差し出した。木で作られた小さな馬だった。車輪がついていて、紐を引くと走る。
「拾君が、馬をお好きと伺いまして」
誰から聞いた。俺は、馬が好きだと公に言ったことはない。利家の屋敷で、馬の話を聞いたことがあるくらいだ。この男の耳は、もう俺の日常まで届いている。
「ありがとう」
木馬を受け取って、子供らしく少し走らせてみた。車輪が滑らかに回る。よくできていた。
「いえやすも、うま、すき?」
「好きでございます。速い馬も、長う歩ける馬も。どちらも要り申す」
答えが、政治だった。
「どっちが、つよい?」
「戦場によりまする」
「にげるときは?」
広間の空気が、一瞬止まった。家康は三方ヶ原で、武田信玄に大敗して逃げた。その話は有名である。だが、五歳児が知っているのは不自然かもしれない。
俺は、わざと木馬を倒した。
「あ」
子供の失敗にする。家康が手を伸ばして、木馬を起こしてくれた。
「逃げるときは、速い馬がよろしゅうございます」
ゆっくりとした声だった。
「逃げるのは、負けではございませぬ。帰れぬことが、負けにございます」
怒らない。ごまかさない。自分の敗北を、恥として隠さない。
胸の奥が、わずかに痛んだ。蜀で、俺は、勝利の記録より、帰った記録を大切にしてくれ、と言い続けた。趙雲は、指揮官がいなくても兵を連れて帰る決まりを残した。帰ってきた者を讃える国にしたかった。まさか、この男の口から、同じ言葉を聞くとは思わなかった。
会談は、半刻で終わった。何も決まらなかった。何も奪われなかった。
家康が去ったあと、また板が開いた。
【徳川家康 → 豊臣秀頼】
過小評価 0
警戒度 12%
三成の心得の第一条、《泣かぬこと》は、守った。菓子も二つ食べた。それだけは褒めてほしい。
過小評価、零。最悪である。この男は、五歳児だからといって何も分からないとは考えなかった。何を知っていて、何を知らないか、正確に測ろうとしていた。
警戒度、十二パーセント。低い。だがゼロではない。五歳児に、十二。
「……なんでだ」
「何がです」
振り向くと、淀殿がいた。広間の隅で、会談の間ずっと座っていた人だ。
淀殿は、黙って俺を抱き上げた。重い衣装ごと。腕が、細かく震えていた。
「……ようやりました」
小さな声だった。褒めているのではなかった。この人は、半刻の間ずっと、息を殺していたのだ。家康がいつ息子に手を伸ばすか、瞬きもせずに見張っていたのだ。
「ははうえ、て、つめたい」
「……拾が、温めなさい」
俺は、淀殿の手を両手で握った。冷たかった。小谷の城を振り返ったときも、この手はこんなふうに冷たかったのだろうか。
【本日の豊臣家滅亡確率】
93.1% → 93.8%
木馬と、恐怖が残った。だが、恐怖は悪い報せではない。正しく恐れれば、備えができる。問題は、何に備えればいいのか、まだ見えないことだった。
その夜、三成が俺の部屋に来た。家康の木馬を、両手で持ち上げていた。
「拾様。この馬、原価を推し量ってもよろしゅうございますか」
「ついでに、徳川家の職人の日当も、推し量りとうございます」
俺は、木馬を両腕で抱え直した。これは俺の馬だ。監査はさせない。……少なくとも、今夜だけは。




