第26話 何点でございますか
【豊臣家滅亡まで 残り5,940日】
帰還兵の宿は、城下の外れにある古い寺だった。
清正が集めてくれたのは、二十三人。腕を吊った者。片足を引きずる者。咳の止まらない者。見た目には傷のない者。全員が朝鮮から戻ってきた。だが、帰りついた場所は同じではなかった。家が残っていた者。畑が荒れていた者。父を亡くした者。妻が別の家へ移っていた者。子に顔を忘れられていた者。
戦は、海の向こうだけで終わらない。戻った家でも、続いている。
三成は、本当に巻物を一本しか持ってこなかった。清正は、その点だけは認めた。
「座れ」
粗い板敷きの真ん中に、火鉢が一つ。三成は上座へ行かず、清正が示した場所に座った。俺は少し離れた柱の陰にいた。五歳児がいると、兵たちは話しにくい。だが俺がいなければ、三成が何をするか心配である。
「まず、名を」
三成が言いかけた。清正が睨んだ。三成は、口を閉じた。
「……まず、困っていることを」
兵たちは顔を見合わせた。誰も話さなかった。
三成は、待った。三呼吸。五呼吸。十呼吸。以前なら、とうに問いを細かくしていただろう。家族の数。傷の具合。暮らしの糧。今日の三成は、黙って待っていた。
「……銭が」
一人が言った。そこから、堰が切れた。
薬代。帰りの旅費。失った道具。借金。
眠れないと言う男がいた。夜になると、床が船のように揺れるのだという。飯を炊く匂いで吐くと言う男がいた。飢えたとき、焦げた米を仲間と奪い合ったからだ。雨が怖いと言う男がいた。泥の中に、友を置いてきたのだという。
三成は、書かなかった。最初は、手が動きかけた。だが、筆を置いた。耳を持って来い、という清正の言葉を思い出したのだろう。
三成にとって、記録しないことは、仕事をしないのとほとんど同じだ。それでも、聞いていた。
話が一巡したころ、一人の若い兵が、柱の陰の俺に気づいた。
「……あれは、太閤様の若様では」
ざわめきが起きた。兵たちが、慌てて平伏しようとする。その中で、一人だけ、平伏しない男がいた。頬に大きな傷のある、三十くらいの男だった。
「太閤様の、若様か」
男は、座ったまま俺を見た。
「わしの弟は、釜山で死んだ。十七だった。太閤様が海を渡れと申されたから、渡って、死んだ」
清正が「控えよ」と低く言った。男は控えなかった。
「若様に言うても詮ないことは分かっておる。されど、誰に言えばよいのじゃ。太閤様は死んでしもうた。誰も、何も、言うてくれぬ」
宿の中が、静まり返った。三成が、俺の前に出ようとした。俺は、その袖を引いて止めた。
柱の陰から出て、男の前まで歩いた。五歳児の足で、板敷きの上を。
「……ごめんなさい」
男の目が、見開かれた。
「ちちうえの、かわりに。ごめんなさい」
俺は、男の前で頭を下げた。天下人の息子が、足軽に頭を下げた。周りの兵たちが息を呑むのが分かった。
秀吉の遺産を引き継ぐとは、城と金を受け取ることではない。こういう言葉を、受け取ることでもあるのだ。
男は、しばらく何も言わなかった。やがて、大きな手で自分の顔を覆った。
「……十七だったんじゃ」
それだけ言って、肩を震わせた。清正が、男の背に黙って手を置いた。
最後に、右腕のない男が口を開いた。
「治部少輔様。わしの腕は、何点でございますか」
三成が顔を上げた。男は、笑っていなかった。
「何点で、何石になるので」
清正の顔が強張った。給付の案は、もう兵たちの間に伝わっていたのだ。紙は、人より早く広がる。しかも一番冷たい形で。
三成は、男の空になった右の袖を見た。
「……まだ、決めておりませぬ。決めるために、参りました」
「では、見てくだされ」
男は、袖をまくった。
三成は、目をそらさなかった。傷口はふさがっている。だが、身体の釣り合いが変わっている。着物を着るにも、飯を食うにも、働くにも、一人では難しい。
「点ではなく、必要な支えを、記しまする」
「同じではございませぬか」
男は鋭かった。数字を別の言葉に言い換えても、数字は数字だ。
「……同じやもしれませぬ」
三成は認めた。
「されど。あなたを二十点と呼ぶためではなく、二十では足りぬと示すために、使いとうございます」
男は、長いこと三成を見ていた。
「では、わしの名も、記してくだされ」
「はい」
三成は、筆を取った。
「与助。尾張の出。鉄砲衆でござった。……もう、撃てませぬがな」
三成は書いた。一人ずつ。名と、困っていることと、必要な支えを。点数は、最後までつけなかった。
帰り道、三成は珍しく自分から口を開いた。
「拾様。与助殿は、撃てぬと申されました」
「うん」
「撃てぬのではなく、構えられぬのでございましょう。……教えることは、できるやもしれませぬ」
三成は、それだけ言って黙った。何かを考えている顔だった。
城に戻ると、評議が待っていた。
「きよまさ。そなたが、はなして」
清正が眉を上げた。三成も俺を見た。
「案を作ったのは治部少輔でござる」
「でも、つたえるのは、きよまさ」
政策は、中身だけでは決まらない。誰が言うか。いつ言うか。何から言うか。同じ制度でも、三成が点数表から見せれば、兵を数にしたと受け取られる。清正が兵の名前から語れば、数字は支えを届ける道具になる。
「……功を、清正殿へ渡せと」
三成が低い声で言った。三成にも面子はある。自分の作った案を、自分を嫌っている相手が説明する。合理的でも、簡単ではない。
「つくったひとは、のこす。きよまさがはなす。みつなりが、かずをこたえる。ふたりの、なまえで、だす」
清正は、三成を見なかった。
「わしは、兵の話をする。数字はお前が申せ」
三成は、一度だけ頷いた。
評議で、清正は二十三人の名を語った。与助の腕のこと。床が揺れる男のこと。雨を怖がる男のこと。広間の空気が変わった。そのあとで三成が立ち、給付の額と、財源と、申し出の手順を語った。さっきまで冷たく聞こえたはずの数字が、名前のあとでは、必要なものに聞こえた。
反対も出た。金がかかる。偽る者が出る。三成が一つずつ答え、清正が現場での確かめ方を示した。最後に、正則が手を挙げた。
「死んだ者は」
「名を記し、遺された者に給付いたします。名の分からぬ者は、不詳として、隊と場所を記しまする」
正則は、頷いた。机は壊れなかった。
案は通った。全員一致ではない。額は三成の案より増え、手続きは清正の案より厳しくなった。正則の求めで、死者の名簿が加わった。誰の案だったのか、分からなくなった。
それでいい。政策は、作った者のものではない。
評議が終わって立ち上がるとき、正則が三成の横で足を止めた。
「治部」
「は」
「……今日の数字は、腹が立たなんだ」
それだけ言って、正則は大股で出ていった。三成は、しばらくその背中を見ていた。
評議のあと、三成は決まった文書を見つめていた。
「原案から、二割ほど変わりました」
「わるい?」
「いいえ」
三成は、少し考えてから言った。
「通らぬ完全な案より、通る不完全な案の方が、人を救いまする」
思わず笑った。三成が不審そうにこちらを見た。
「何か」
「なんでも、ない」
前世なら当たり前の言葉だった。だが、三成の口から出ると、歴史が少し動いたように聞こえた。
【人物評価・補足:石田三成】
政策実現力 61 → 63
二。一日かけて二十三人の話を聞き、評議を調整して、二。
「すくない」
「何がでございましょう」
「なんでも、ない」
【本日の豊臣家滅亡確率】
94.5% → 93.9%
一方こちらは、〇・六。与助の腕一本の重さだと、俺は思うことにした。
その夜、三成は自分の部屋で、紙を一枚だけ書いていた。覗き込むと、表題はこうあった。
《片腕にて鉄砲を教うる法》




