第25話 根回しとは何か
【豊臣家滅亡まで 残り5,942日】
翌朝、三成は巻物を三本抱えてやってきた。目の下に、昨日より濃い影があった。
「昨日の御指示につき、整理いたしました」
嫌な予感がした。
一本目。《評議前説明実施要領》。二本目。《事前意見聴取書式》。三本目。《非公式協議記録簿》。
俺は巻物を見た。三成を見た。もう一度、巻物を見た。
三成は、一本目を開いて説明を始めた。
「第一条、根回しの対象者の選定基準。第二条、訪問の刻限。第三条、訪問時の座順。第四条、茶の要否。第五条……」
「なんじょう、ある」
「四十三条にございます」
「よんじゅうさん」
「第四十三条は、本要領の改定手続きにございます」
根回しの手順を定めた文書の、改定の手順まで定めてある。この男に任せると、根回しの根回しの根回しが始まる。
「ねまわし、って、いった」
「はい。ゆえに、根回しの手順を定めました」
「こうじゃ、ない」
三成の眉が、ほんの少し動いた。
「では、どのような書式が適切でございましょう」
書式ではない。そこからである。
前世では、根回しという言葉は悪い意味でも使われた。会議の前に結論を決める。反対する者を黙らせる。密室で利益を配る。だが本来の根回しは、大きな木を移すとき、先に根の周りを掘り、細い根を育て、移しても倒れない準備をすることだ。会議の場でいきなり案を見せれば、人は中身より先に、驚きと面子で反応する。
「まえに、あいてに、あう。はなすんじゃなくて、きく。あいての、こまることを」
「困ることは、政策上の不利益として事前に算出できまする」
できない。いや、数字としてはできる。感情としてできない。
机の上には、朝鮮から戻った兵への給付の案があった。三成が作ったものだ。従軍した日数。役目。傷の程度。失った具足。家族の数。すべてが細かく点数になっている。制度としては、かなり良い。前世の俺なら、そのまま採用したかもしれない。
「これ、きよまさに、みせた?」
「昨日、使者を送りました」
「はなした?」
「文書にて御説明を」
話していない。紙を送っただけである。
「へんじは」
「ございませぬ」
当然だった。
「まさのりは」
「同じ文を送りました。返事は、これに」
三成が、一枚の紙を差し出した。墨で、大きく一言。
《知らぬ》
返事はあった。中身がないだけで。
「あって、はなして」
「しかし、評議の前に個別に説明すれば、公平を疑われまする。同じ話を、同じ時に、同じ文書で配るのが、最も公正にございます」
正しい。だから腹が立つ。
「おなじかみでも、おなじに、つたわらない」
劉禅だったころ、王平という将がいた。字はほとんど読めなかった。だが、地形と兵の動きを読む力は、誰よりも高かった。同じ命令書を配ることは、公平ではない。それぞれが分かる道を用意することが、公平なのだ。
「きよまさに、きいて。この、きゅうふの、なにが、こまるか」
「不足の額でございましょうか」
「きいて」
「記録にない負傷者でございましょうか」
「きいて」
「部隊ごとの差で」
「きけ」
「……承知いたしました」
今回は、少しだけ悔しそうだった。
清正は、城の南側の石垣の前にいた。石を見ているときの清正は機嫌がよい。人を見ると、ときどき機嫌が悪くなる。三成を見ると、かなり悪くなる。
「何用だ」
三成が、巻物を差し出した。
「帰還兵の給付案の御説明に」
「読んだ」
「では」
「帰れ」
終わった。根回し、所要時間、三呼吸。
三成は動かなかった。昨日までなら、清正が受け取らないことを「非協力」として記録しただろう。今日の三成は、一度だけ俺の方を見た。俺は口を開かなかった。自分で聞け。
「清正殿。何が、問題でございましょう」
清正の顔が、少し変わった。
「全部だ」
便利な答えである。三成が紙を開きかけた。
「具体的には」
「治部」
清正が、三成に一歩近づいた。
「戦場で腕を失うた者に、お前は二十点だと申せるか」
「点数は、給付の額を定めるための」
「申せるのか、と聞いておる」
三成が答えようとした。俺は、三成の袖を引いた。説明の時間ではない。聞く時間だ。三成の口が閉じた。
清正は、石垣に手を置いた。
「日数で測るな。途中で帰った者の中には、病で帰された者がおる。役目で測るな。名もない人足が、鉄砲衆より先に死んだ。傷の大きさで測るな」
清正の声が、低くなった。
「夜ごと叫ぶ者の傷は、外からは見えぬ」
この時代に、心の傷を表す言葉はない。だが、それは確かにある。眠れない。物音に跳ね起きる。酒が増える。怒りやすくなる。戦場から帰っても、戦場が身体の中に残っている。
「わしもな」
清正は、石垣から手を離さずに言った。
「雨の夜は、眠れぬ。蔚山の城の、あの音がする。屋根を叩く音が、敵の鬨の声に聞こえる。……弥七の声も、聞こえる」
三成は、黙っていた。
長い沈黙のあと、三成は、ゆっくりと口を開いた。
「……記録できませぬ」
清正の目が鋭くなった。
「今の書式では、記録できませぬ」
否定ではなかった。限界を認めたのだ。
「ゆえに、何を記すべきか、教えていただきたい」
石垣の間を、風が通った。清正は、しばらく三成を見ていた。
「……最初から、そう申せ」
三成が頭を下げた。深くはない。だが、下げた。
「お願いいたします」
清正は、すぐには許さなかった。笑いもしなかった。
「明日、帰還兵の宿へ来い。紙は少なくせよ」
三成の顔が、初めて本当に困った。
「必要な記録が」
「耳を持って来い」
清正は石垣に戻っていった。三成は、巻物を三本抱えたまま、しばらく立ち尽くしていた。
「みつなり。ねまわし、これ」
「……おそらく」
自信のない返事だった。この男の口から聞くのは、初めてかもしれない。
その夜、三成は新しい巻物を持ってきた。《事前協議実施記録》。やはり記録するのか、と思ったが、項目は三つしかなかった。
一、相手が困ること。
二、相手が守りたいこと。
三、自分が知らなかったこと。
俺は、少し驚いた。
「よい。でも、ぜんぶは、かかない。かかない、はなしも、ある」
「それは、不正の温床となりまする」
「そう。だから、けっかと、だれとはなしたかは、かく。こころのぜんぶは、かかない」
三成は長く考えた。
「難しい制度にございます」
「ひとだから」
その夜、淀殿の部屋で夕餉を食べていると、淀殿が不意に尋ねた。
「拾。治部と虎之助は、仲直りしたのですか」
「なかなおりは、してない。でも、はなしてる」
淀殿は、箸を止めて、少し笑った。
「殿下が生きておられたころ、あの二人が長浜で取っ組み合いの喧嘩をしたことがありましてね」
「ちちうえ、おこった?」
「いいえ。二人を掴んで、そのまま風呂に放り込まれました。湯の中で、仲直りするまで出てくるなと。二人とも、のぼせて真っ赤になって出てきたと、ねね様から伺いました」
淀殿は、懐かしそうに目を細めた。
「殿下は、ああいうことばかり、お上手でした。理屈ではなく、湯で、飯で、人を丸めてしまわれる」
秀吉の人心掌握は、制度ではなかった。風呂と飯だった。真似はできない。だが、分解はできる。同じ湯に浸からせること。同じ飯を食わせること。清正の屋敷の麦飯も、廊下の板の上の評議も、たぶん、その続きなのだ。
「ははうえ。ふろ、つくる?」
「何をなさるつもりです」
「みつなりと、きよまさを」
「おやめなさい。今の二人を一緒に湯に入れたら、湯が沸騰いたします」
淀殿が、声を出して笑った。秀吉が死んでから、この人がこんなふうに笑うのを、初めて聞いた。
【本日の豊臣家滅亡確率】
94.8% → 94.5%
木は、地上の幹だけを見れば動かせそうに見える。だが土の下には、見えない根がある。無理に引けば、木も土も壊れる。三成は初めて、紙の下にある根を見ようとしていた。
翌朝、三成は巻物を一本だけ持って、帰還兵の宿へ向かった。筆を持つ手が、いつもより少しだけ、ためらっていた。




