第22話 福島正則
【豊臣家滅亡まで 残り5,946日】
福島正則は、朝に弱い。酒に強い。感情に弱い。戦に強い。そして、子供に弱い。
俺が呼ぶと、どれほど機嫌が悪くても来る。そして、なぜか毎回、何かを持ってくる。
「拾様がお呼びとあらば!」
大声で来る。廊下を走る。侍女に叱られる。
「城内を走ってはなりませぬ」
「急ぎである!」
「拾様は、急ぎとは申されておりませぬ」
「呼ばれた!」
「呼ばれただけにございます」
正則は止まった。侍女に負けた。そして、侍女に負けたまま、懐から何かを取り出した。
竹とんぼだった。
「清洲の職人に作らせたものでござる! 尾張の竹は、よう飛びまするぞ!」
庭で飛ばしてみせると、竹とんぼは屋根の上まで舞い上がって、瓦の間に引っかかった。正則は、屋根に登ろうとして、侍女三人に止められた。
「わしが取る!」
「お止めくださいませ!」
五歳児への土産で、大名が屋根に登りかける。この人は、たぶん自分に子供ができてから、ずっとこうなのだ。
結局、竹とんぼは梯子を持ってきた小姓が取った。正則は、俺にそれを渡しながら、照れたように頭を掻いた。
「拾様の御顔を見ると、国の倅を思い出しましてな。……近ごろ、会うておりませぬ」
照れ隠しの大声が、そこだけ小さかった。
【人物評価:福島正則】
統率 89 | 戦術 83 | 政務実務 52 | 兵站財務 61
交渉外交 51 | 人望 87 | 学習適応 70 | 制度理解 42
固定スキル:突破力/即断/仲間意識/先陣
弱点:感情制御 二十五/酒量管理 九
酒量管理、九。感情制御より低い。
「何なりと、お申し付けくだされ!」
「さけを、へらす」
「それ以外で!」
即答だった。
「かいぎのまえは、のまない」
「会議は、腹が立ちまする。だから、酒が要るのでござる」
逆である。
「のむと、もっと、はらがたつ」
「腹が立っても、口に出せまする」
「だすな」
「では、何のための会議でござる」
三成と同じ問いを、反対の方向からしてくる。この二人は、似ている。本人たちには絶対に言えないが。
「まさのり。どうして、みつなりが、きらい?」
正則の顔が変わった。
「嫌いでは、ござらぬ」
嘘である。
【福島正則 → 石田三成】
信頼 三十八
好感 十一
怒り 八十九
期待 六十七
期待が、六十七あった。嫌いな相手に、ずいぶん期待している。だから、怒るのだ。
「きらいじゃないなら、すき?」
「それは、もっとござらぬ」
正直だった。正則は、膝の上に拳を置いた。
「三成は、昔から、ああでござった。殿下がまだ長浜におられたころから。頭がよく、筆が速く、殿下が一を申せば十を整えた。わしらが泥まみれで戦から戻ると、三成は褒美の数をきちんと揃えて待っておった」
「たすかった?」
「助かり申した」
「じゃあ」
「されど!」
大声を出して、戸の外で侍女が咳払いをした。正則は声を落とした。
「されど、いつからか、あやつは、わしらの顔より先に、紙を見るようになった。……紙が要るのは分かっておる。三成が数えねば、誰かがごまかす。わしらは、自分の兵を多めに申す。分かっておるのでござる」
分かっている。分かっているから、怒りが深い。
「それでも、死んだ者を、損耗と呼ばれれば、腹が立つ」
正則の声が、震えた。
損耗。欠員。未帰還。戦には必要な言葉だ。必要な言葉は、ときに冷たい。冷たくなければ、数えられないからだ。だが、冷たい言葉で数えられた側は、自分たちが捨てられたと感じる。
「きのう、ごんべえのこと、わざと、きいた?」
正則は、すぐには答えなかった。
「……わしは、三成が忘れておると、思いたかったのやもしれませぬ」
「どうして」
「忘れておれば、怒れまする」
正則は、拳を握った。
「覚えておれば、あやつは、わしらと同じ痛みを抱えたまま、あの顔をしておることになる。……そちらの方が、よほど腹が立つ」
三成が苦しんでいない方が、正則には楽だったのだ。
「権兵衛はな」
正則は、畳の目を見ながら話し始めた。
「文禄の戦で、城攻めのときに死んだ。わしの馬の轡を取っておった。矢が来たとき、わしの前に出た。……出んでよかったのじゃ。わしは鎧を着ておった。あやつは、着ておらなんだ」
正則の目が、赤くなった。
「国へ戻って、あやつの母親に会うた。母親は、泣かなんだ。福島様のお役に立ちましたか、と。それだけ聞いた。わしは、立った、と答えた。……本当に立ったのか、わしには分からぬ」
「拾様。わしらは、負けて帰ったのではござらぬ。殿下の命で戦うた。勝った城もある。守った兵もある。されど、殿下が亡うなって、戻ってみれば、誰もが、あの戦は誤りであったと申す」
秀吉が死に、唐入りは終わる。終わらせなければならない。だが、終わらせる言葉が、戦った者の人生を否定してしまう。
「……わしらは、何のために、死なせたのでござろう」
答えられなかった。戦は誤りだった、と言うのは簡単だ。だが、誤った戦の中で、正しく戦った人間がいる。命令を守り、仲間を助け、飢え、病み、死んだ。戦を否定しても、その人たちの勇気まで否定してはならない。
「まさのり」
「……は」
「しんだひとは、まちがいじゃ、ない」
正則の肩が揺れた。
「いくさは、まちがい。でも、たすけたことも、まもったことも、かえしたことも、まちがいじゃない。ごんべえが、まえにでたのも」
正則は、顔を伏せた。
泣いた。大声ではなかった。誰にも聞かれないように、歯を食いしばって泣いた。
怒鳴る男は、泣く場所を知らなかったのだ。酒は、泣かずに済む場所だったのかもしれない。
俺は、正則の膝に手を置いた。小さい手だった。何も支えられない。それでも、置いた。
俺は、正則の膝に手を置いたまま言った。
「ごんべえの、ははうえに、てがみを、かく」
正則が、顔を上げた。
「拾様が、でございますか」
「うん。ちちうえの、かわりに。ごんべえは、まさのりを、まもった。まさのりは、ちちうえの、けらい。だから、ちちうえの、かわりに、ありがとうって、かく」
字は、まだ上手く書けない。祐筆に手を添えてもらうことになるだろう。それでも、秀吉の息子の名で届く一通は、権兵衛の母にとって、ただの紙ではないはずだ。
正則は、しばらく口を開けたまま俺を見ていた。それから、また顔を伏せた。今度は、さっきより少しだけ、声が漏れた。
しばらくして、正則が袖で顔を拭いた。
「……三成には、言わんでくだされ」
「いう」
「なぜ!」
「いわないと、わからない」
「分からずともよい!」
「よくない。ないたことは、いわない。おこるわけを、いう」
正則は、ひどく嫌そうな顔をした。
「拾様がお伝えになれば、三成は紙に書きまする」
ありうる。かなり。
「じゃあ、まさのりが、いう」
「もっと嫌でござる」
戦場で敵陣に真っ先に突っ込む男が、三成に気持ちを話すことには、長いあいだ悩んだ。
「……飯を食いながらなら」
「うん」
「清正も」
「うん」
「なぜ、また三人なのでござる」
「ひとりだと、にげる」
「三人でも逃げまする」
「きよまさが、つかまえる」
「わしをでござるか」
「みつなりも」
正則が、少しだけ笑った。
「三成は、逃げませぬ。逃げ方を知らぬ男でござる。……そこだけは、昔から、信用しておる」
【福島正則 → 石田三成】
信頼 三十八 → 四十
怒り 八十九 → 八十六
好感は、変わらなかった。この時代の好感度は、本当に上がらない。だが、怒りが三つ下がった。泣いたぶんだけ、怒らなくてよくなったのかもしれない。
「きょう、さけは」
「飲みませぬ。会議の前は」
条件つきだった。
【本日の豊臣家滅亡確率】
96.5% → 96.2%
正則が泣いた分だけ、下がった。……と思っていられたのは、夕方までだった。
その日の夕方、正則は、会議の前に酒を飲まなかった。
代わりに、会議の最中、三成の一言で、机を叩き割った。




