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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第三章 利家を診る

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第18話 死亡フラグは消えない


【豊臣家滅亡まで 残り5,949日】


 翌朝、利家は食事を取らなかった。


 粥を一口。湯を二口。それだけで、顔を背けた。


「むかむか、する?」


「少々」


「おなか?」


「張っております」


「いたい?」


「痛いというほどでは」


 玄朔が、腹のどこかと尋ねた。利家が手を置く場所は一定しない。押すと嫌がるところがある。熱は高くない。脈は弱い。足の腫れが、昨日より増えていた。


 昨日は評議に出していない。酒も少ない。薬も整理した。眠る時間も作った。それでも、悪くなる。


 俺は病状簿をめくった。何か見落とした。何かできるはずだ。食事を変える。薬を変える。腹を温める。鍼を試す。医師を増やす。


「ぜんいん、よぶ」


「呼びませぬ」


 玄朔が静かに首を振った。


「よぶ!」


「昨夜、御薬を足さぬと決めました」


「でも、わるい!」


「悪い時ほど、皆が何かをしたくなりまする」


 玄朔は、俺の目の高さまで身をかがめた。


「それが、御身体をさらに悪うすることがございます。何もせぬのではございませぬ。昨夜と比べる。苦しさを減らす。水を少しずつ差し上げる。急な熱や、強い痛みや、お言葉の乱れを見逃さぬ。そして、今要らぬ薬を足さぬ。すべきことをするために、したいことを、我慢いたしまする」


 目を閉じたまま、利家が言った。


「玄朔殿。拾様を、よう止めてくだされ」


「としいえ!」


「わしを長う生かすより、拾様を太閤殿下のようにせぬ方が、難しゅうございますでな」


 病人にまで、心配されている。


「ちちうえと、ちがう」


「存じております」


 利家は目を開けた。


「されど、人を救いたいと思う者ほど、人の言葉を聞かなくなることがございます」


 俺は、黙った。今まさに、玄朔の言葉を聞かずに医師を全員呼ぼうとした。救いたいから、自分だけが正しいと思いかけていた。


「……どうする?」


 俺は玄朔に聞いた。玄朔は利家に向き直った。


「まず、何が最も苦しいかを伺いまする。御痛みでございますか」


「いや」


「吐き気は」


「少し」


「息苦しさは」


「横になっておれば、さほど」


「御不安は」


 利家が、笑った。


「それを医師へ申して、治りまするか」


「治らずとも」


 玄朔は答えた。


「お一人で持たずに、済みまする」


 利家は、少し驚いた顔をした。長い沈黙があった。


「……不安に、ございます」


 初めて、そう言った。


 部屋の隅に控えていたまつが、音もなく利家の傍らへ寄った。そして、布団の上に出ていた夫の手を、両手で包んだ。


「……四十年、初めて聞きました」


 まつの声は、少し笑っていた。


「戦に出る朝も、お城を追われた日も、殿は一度も、不安などとは申されませなんだ」


「言えば、おまえが困ると思うた」


「困りませぬ。一緒に困るだけにございます」


 利家は、何も言わなかった。ただ、まつに包まれた手を、振りほどかなかった。


 槍の又左。秀吉の友。五大老。家中の誰もが、この人の顔を見て安心する。その人が、不安だと言った。


 俺は利家の手を握った。


「いる」


「何がでございます」


「ぼく、いる」


 利家の指が、少しだけ握り返してきた。


「……それは、心強うございます」


 昼までに、吐き気は少し治まった。湯が飲めた。粥も二口食べた。玄朔は、処方を大きくは変えなかった。俺は何度も口を出しかけ、そのたびに病状簿を見た。確かめたことと、考えたこと。


 俺が今考えていること。このまま死ぬ。俺のせいで死ぬ。もっと何かすれば助かる。どれも、確かめたことではない。怖いだけだ。


 午後、視界に表示が出た。


【前田利家 残存寿命予測】

前回 四百十七日

現在 約一年

延命効果 不確実


 戻った。伸びた日数が、消えた。


「なんで」


 声が出た。誰も答えない。表示にも、説明の欄はない。


 食事を変えた。薬を整理した。休ませた。記録した。手を洗わせた。評議を減らした。何が足りない。何を間違えた。


 医療は、経営計画ではない。施策を実行すれば数字が必ず良くなるわけではない。人の身体は報告書を読まないし、目標値に従わないし、未来を知る俺の都合にも従わない。


 分かっている。分かっていても、止まらなかった。


「もどせ」


 何も起きない。


「よんひゃく、じゅうなな。もどせ!」


 利家が、目を開けた。


「拾様。何を、戻すのでございます」


 答えられなかった。喉が詰まった。


「……ぼく、しっぱい、した」


 利家は、しばらく黙っていた。


「わしは、昨日より悪うございますか」


「うん」


「今朝よりは、少し落ち着いておられます」


 玄朔が言った。


「ならば」


 利家は、俺を見た。


「今日のところは、半分は成功でございましょう。明日の命まで約束しようとなさるから、今日の成功が、小さく見えるのでございます」


 言葉を、一つ一つ選ぶように話していた。


「拾様。わしを救えなんだとしても、この幾日かで作ったものまで、失敗にしてはなりませぬ」


 薬の記録。清潔の手順。熱を申し出る道。病人を責めない決まり。利家の仕事を分ける試み。どれも、利家の死の予定を消してはいない。だが、他の誰かを救うかもしれない。


「としいえも、すくう」


「はい」


 利家は、否定しなかった。


「されど、わしだけを救う国にしては、なりませぬ」


 夕方、利家が眠ると、隣の部屋で三成が待っていた。


「本日の評議は、しない」


「御容体は承知しております。されど、内府殿のもとへ相談に向かう大名が増えております。待てませぬ」


 病も、政も、こちらの支度を待ってくれない。


「きよまさと、まさのりも、廊下に。……別々に、お待ちでございます」


 部屋を出ると、右に三成がいた。左に清正と正則がいた。三成は書状を、清正は薬包を、正則は酒を持っていた。全員、利家の見舞いに来たのだ。


「酒は、御身体に障ると」


 三成が言った。


「見舞いの品に口を出すな!」


「見舞いで悪うしては、本末転倒にございます」


「おぬしは、利家殿の友か!」


「友でなければ、害を止めてはならぬのですか」


 俺は、二人の間に立った。小さい。壁としてはほとんど役に立たない。


「しずか」


 三人が黙った。襖の向こうで、利家が眠っている。この人がいなければ、この三人は話せない。この人がいなくなったら、どうなる。


「みんな、すわる。ここで」


「廊下で、でございますか」


「ここ」


「何を話すのです」


「としいえが、いないとき。だれが、きく。だれが、かく。だれが、きめる。だれが、はんたい、する」


 正則の顔が真っ赤になった。


「縁起でもござらぬ!」


「しなない!」


 俺は叫んだ。声が震えた。


「でも、いないときは、ある」


 病で休むとき。加賀へ帰るとき。眠るとき。そして、いつか。人には、必ずいないときがある。


 最初に座ったのは、三成だった。廊下の板の上に、正座した。清正が、その向かいに座った。正則は長く立ったままでいたが、やがて大きな音を立てて座り、酒の包みを横へ置いた。


「れんしゅう。としいえが、やすむ、れんしゅう。まず、やくを、きめる」


「役、でございますか」


「きく、ひと」


 誰も手を挙げなかった。しばらくして、清正が低く言った。


「……わしが聞く。戦場では、物見の報せを聞くのが、わしの役目だった」


「かく、ひと」


 三成が、黙って紙を膝に広げた。誰も異を唱えなかった。この役だけは、最初から決まっていた。


「はんたい、する、ひと」


「わしじゃ」


 正則が即座に言った。


「どうせ反対するなら、役目として反対した方が、気が楽じゃ」


 意外にも、筋が通っていた。


「きめる、ひと」


 三人が、顔を見合わせた。誰も名乗らなかった。当然だ。それが一番難しい。


「きょうは、ぼく。れんしゅうだから」


 話は、すぐに揉めた。清正が聞き終わる前に正則が反対し、三成が書く手を止めて反論しかけ、俺が止める。そのたびに、役目を思い出させる。だが、三人とも立ち去らなかった。


 襖の向こうで、利家が目を開けた気配がした。声はかけなかった。今夜だけは、眠ったままでいい。


 この国を、利家一人の腕から、畳一枚ぶんだけ下ろすことができた。死亡予定は、まだ消えていない。だが、期限が来ていないだけだと、俺は考えることにした。


【本日の豊臣家滅亡確率】

98.4% → 97.7%


 利家の身体は、何もよくなっていない。下がったのは、廊下の板に座った三人の分だった。


 話し合いは、夜明けまで続いた。そしてその夜明けに、俺は、石田三成という男の、一番人に見せたくない数字を見ることになる。


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