第159話 二条城の会見
【豊臣家滅亡まで 残り1,486日】
慶長十六年、三月二十八日。京、二条城。
門が、開いた。
駕籠を降りると、空気が、大坂と違った。春の匂い。土と、木と、どこかで焚かれている香。そして、数えきれない、目。
徳川の家来。公家。豊臣の供の者。遠巻きに見ている、京の町の者たち。皆が、秀頼を見ていた。大きくなった豊臣秀頼。噂の本人。
背筋を、伸ばした。
その瞬間、数字が、開いた。
【人に与える威圧 82】
下げて。どうやって。
少しだけ、歩幅を、狭くした。
【人に与える威圧 80】
二しか、下がらなかった。体が大きいせいだった。秀頼は、悪くない。
隣には、加藤清正がいた。顔色は、よくなかった。だが、誰よりも、堂々としていた。反対側には、浅野紀伊守。九度山を預かる浅野家の当主だった。
「殿」
清正が、小声で言った。
「何」
「この城の石垣は」
「今日は、黙って」
「まだ、何も」
「顔に、出てる」
清正は、悔しそうに、口を閉じた。
廊下を、案内された。襖。金。絵。天下の主の家の、重さ。
家康は、待っていた。
老いていた。大坂城で、最後に顔を見たのは、関ヶ原の前だった。あのときより、ずっと、小さく見えた。
だが、そこにいるだけで、部屋の重さが変わるのは、少しも、変わっていなかった。
【人物評価:徳川家康】
体の具合 46
死んだあとへの心配 88
秀頼への警戒 76
話を続けたい気持ち 91
最後の数字に、少しだけ、救われた。話す気は、ある。
家康が、立ち上がった。秀頼も、足を止めた。家康は、上座を、手で示した。
「秀頼公。こちらへ」
来た。
席の順は、前もって、考えてあった。家康が、秀頼を上座に勧める。秀頼が、断る。互いに、譲り合う。部屋じゅうが、どちらが先に座るかを、見ている。
頭を、下げた。
「大御所様こそ」
「今日は、客人であろう」
「この城の主は、大御所様にございます」
「豊臣の御曹司を、下座には、置けぬ」
面倒だった。早く座りたかった。正座が、つらかった。
だが、ここで先に上座に座れば、天下人として振る舞った、と書かれる。
もう一度、断った。
最後に、家康が、先に座った。秀頼が、続いた。部屋の張り詰めたものが、少しだけ、緩んだ。
【徳川の警戒 83 → 81】
二、下がった。席の順で、国が動く。嫌な時代だった。
部屋の隅に、若い男が、控えていた。家康の懐刀、本多正信の息子の、正純だった。二条の会見の段取りを、全部、仕切ったのは、この男だと聞いていた。
【人物評価:本多正純】
段取り 95
主の顔色を読む力 97
人に好かれる力 23
目が合うと、正純は、すっと、視線を逸らした。秀頼の一言一句を、帳面に書くつもりでいる目だった。
豊臣の側にも、浅野紀伊守がいた。九度山を預かる男。つまり、真田の紐の帳面を、毎月、見ている男だった。
紀伊守は、秀頼と目が合うと、ほんの少しだけ、口の端を上げた。
膳が、出た。毒見。一度。二度。母との約束どおり。
二度半は、どうするのかと思っていたら、清正が、自分の箸で、秀頼の膳の汁を、一口、すすった。
半分とは、そういう意味だったのか。母上。やり方が、雑すぎる。
家康の目が、清正の箸を、ちらりと見た。何も、言わなかった。
「大きゅう、なられた」
家康が、言った。
「年月が、経ちました」
「太閤殿下に、似ておられる」
罠だった。どう答える。
「母には、似ていないと、言われます」
家康が、少し、笑った。
「淀殿らしい」
話が、続いた。天気。大坂。江戸。商い。病。川。家康は、秀頼が何を話すかより、何を話さないかを、見ていた。秀頼も、同じだった。
「大坂では」
家康が、言った。
「浪人を、多く召し抱えたと、聞く」
来た。
「召し抱えては、おりませぬ」
「では」
「川普請、火消し、船の見張り、蔵の番に、雇うております」
「兵では、ないと」
「平らかな時に食える者は」
答えた。
「戦の時にしか働けぬ者より、危うさが、少のうございます」
家康の目が、わずかに、細くなった。
「真田も、同じか」
「はい。……紐を、買うております」
「知っておる」
家康は、茶を一口、飲んだ。
「毎月の知らせで、読んだ。大坂は、よう紐を使う」
「はい。……戦の名人を、堤と逃げ道の名人に、しております」
清正の肩が、少し、揺れた。笑わないで。
「惜しゅうはないか」
家康が、聞いた。
「何が、でございましょう」
「戦で使えば、名を上げよう」
家康を、見た。
「名を上げるために、国を焼く要は、ございませぬ」
部屋じゅうが、息を止めた。
言いすぎたか。
【徳川の警戒 81 → 85】
上がった。
だが、家康は、怒らなかった。
「太閤殿下ならば、そうは、申されまい」
父。また、だった。
ゆっくり、答えた。
「秀頼は、父では、ございませぬ」
家康の目が、止まった。
「では、何を、望まれる」
真ん中の、問いだった。清正が、ここへ来いと言ったわけ。母が、命を懸けるなと言ったわけ。千姫が、勝とうとするなと言ったわけ。
一度、息を吸った。
「豊臣家を、残しとう、存じます」
「天下では、なく」
「天下は」
言った。
「家を残すための、道具にございます。家を滅ぼすのなら、道具と目当てが、逆さまでございましょう」
家康は、秀頼を、見続けた。長かった。長すぎる沈黙だった。
千姫の袋を、思い出した。
「千姫より、大御所様は、この香を、好まれると」
家康の眉が、ほんの少し、動いた。
「……孫が」
「はい」
「余計なことを」
家康は、袋を、手に取った。鼻に近づけた。そして、笑った。小さく。天下の主ではなく、祖父の顔で。
「元気か」
「はい」
「困らせては、おらぬか」
「私が、困らされております」
清正が、今度こそ、咳で、笑いをごまかした。
会見は、終わった。勝った者は、いない。負けた者も、いない。だが、互いに、噂ではない、本物の人間を、見た。
香の話が、ひとしきり続いたあと、家康は、ふと、話を変えた。
「秀頼公。……毎月の知らせに、生存帳、という帳面の話が、あった」
驚いた。家康は、あの細かい帳面の話まで、読んでいたのだ。
「五つまで生きる子の割合を、数えておると」
「はい。……まだ、測れておりませぬ。二十年、かかりまする」
「二十年」
家康は、少し、黙った。
「わしは、二十年は、生きぬ」
独り言のような声だった。
「……その帳面が、測れたら、秀忠に、見せてやってくれぬか」
部屋の誰も、動かなかった。本多正純の筆が、止まっていた。
「必ず」
家康は、それ以上、何も言わなかった。
帰り際、家康が、呼び止めた。
「秀頼公」
「はい」
「御身を、誰にも、使わせぬことじゃ」
振り返った。家康の顔は、読めなかった。忠告か。脅しか。たぶん、両方だった。
廊下を戻る途中、浅野紀伊守が、並んで歩きながら、小声で言った。
「……秀頼様。九度山の紐のことで、一つ、お耳に」
「うん」
「大坂が、あまりに、紐を買われるゆえ、うちの蔵の役人も、真似をして、真田の紐を買い始めましてな」
紀伊守は、前を向いたまま、言った。
「今や、紀州の蔵も、真田の紐だらけにて。……大御所様が、紐の話で、お笑いになったのは、たぶん、それも、知っておられたからでございましょう」
見張りの家が、見張っている相手の紐を、買っている。そして、それを、天下の主が、知っている。
おかしな天下だった。だが、戦よりは、ずっと、ましな天下だった。
【二条城の会見 終わり】
【徳川の警戒 85 → 86】
【徳川が豊臣を分かっている度合い 28 → 61】
【大坂の陣が起きる見込み 89% → 86%】
三だけ、下がった。会っただけで、三。十分だと思った。
そう思った瞬間、別の数字が、開いた。
【加藤清正 体の具合 32】
隣を、見た。清正は、立っていた。いつもどおり、背筋を伸ばして。
だが、その手が、かすかに、震えていた。
「清正」
「は」
「帰ったら、休んで」
清正は、笑った。
「今度こそ、御意」
【本日の豊臣家滅亡確率】
95.3% → 94.9%
その言葉を、信じたかった。




