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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第四部「家康包囲網の誘惑」                                           第一章 二条城

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第158話 二度半の毒見


【豊臣家滅亡まで 残り1,501日】


「なりませぬ」


 母は、言った。


 思った通りだった。いや、思ったより、早かった。秀頼が「二条」と言い終わる前に、もう、言っていた。


「まだ、わけを」


「聞くまでも、ございませぬ」


「母上」


「内府は、あなたを、見たいのでは、ございませぬ」


 母の声は、落ち着いていた。怒鳴ってはいない。それが、かえって、怖かった。


「測りたいのです」


「何を」


「殺すべきかを」


 部屋の空気が、止まった。


 千姫も、そこにいた。十五になっていた。徳川の孫。豊臣の妻。この話から、逃げられない人だった。


「……祖父上は」


 千姫が、言った。


「殿を、殺しませぬ」


 母が、千姫を見た。厳しい目だった。だが、千姫は、目を逸らさなかった。


「なぜ、分かるのです」


「分かりませぬ」


 千姫は、正直に答えた。


「ですが、会わねば、祖父上は、まわりの者が語る殿しか、知りませぬ」


 清正と、同じことを言っていた。見ない敵は、大きくなる。千姫は、家康を知っている。家康のまわりの者たちも、知っている。


「祖父上は、強い者を、嫌うのでは、ございませぬ」


 千姫は、続けた。


「分からぬ者を、恐れまする」


 母は、黙った。


 家康の用心深さを、一番分かっているのは、たぶん、母だった。だから、反対していた。


「行きます」


 言った。


「母上。秀頼は、徳川を、信じるから行くんじゃありません」


「では、何のために」


「信じなくても、話せる道を、作るために行きます」


 母は、秀頼を見た。


「言葉で、内府を、変えられると」


「思ってません」


「ならば」


「言葉で、お互いの、思い違いは、減らせます」


「思い違いで、なかったら」


「そのときは」


 言った。


「敵だと、確かめられます」


 母の眉が、動いた。


 敵を、見誤らない。味方と決めつけない。敵とも決めつけない。会う。聞く。書き留める。その上で、備える。


 母は、長い間、黙っていた。それから、帯に、手をやった。


 帯の中には、あの懐紙がある。天下を取りたくなったら、まず、母に言うこと。


「……秀頼」


「はい」


「今、天下を、取りたいと、思うておりますか」


「思ってません」


「内府に会えば、思うかもしれませぬ」


「そしたら、帰って、母上に言います」


 母は、目を閉じた。


 六年前、同じ部屋で、この人は、刃の話をした。秀頼を刺して、わたくしも死ぬ、と。扇を、折った。


 今は、扇を、握っていなかった。


「……六年前、わたくしは、刃の話を、いたしました」


 母は、目を開けた。


「今度は、条件の話を、いたしまする」


 胸の中で、何かが、ほどけた。


「守りは」


「清正と、浅野紀伊守」


 母の顔が、変わった。


「肥後殿は、病んでおられまする」


「本人が、望みました」


「ならば、止めるのが、主でございましょう」


 正しかった。答えられなかった。


 清正を、休ませたい。だが、清正は、この会見を、自分の仕事だと思っている。人を休ませるのは、簡単ではなかった。休ませることが、その人の誇りを、奪うこともある。


「……一緒に来るのは、認めます。でも、道中の指揮は、浅野殿に渡す。清正は、秀頼の隣に、いるだけ」


 母は、また、目を閉じた。長い沈黙だった。


「条件が、ございまする」


「何でしょう」


「膳の毒見を、三度」


「二度で、いいでしょう」


「三度」


「二度」


「三度」


 親子の交渉だった。最後に、決まった。


 二度半。


 意味が、分からなかった。だが、母は、それで、納得した。


 それから、道中の宿。守りの者の顔ぶれ。医者。食べ物。水。逃げ道。別の道。二条の城の中の、座る場所。どこまで、秀頼がその場で返事をしてよいか。もしものときに、誰が、何を継ぐか。


 全部、決めた。


「……母上。会見に行く支度っていうより、戦に行く支度ですね」


「同じでございます」


 即答だった。


 違う、と言いたかった。だが、この時代、政の話し合いと戦は、隣り合わせだった。


 細かいことを決める評議には、治長が、反対役として、張りついていた。


「道中の宿、伏見。……伏見の宿の裏手は、竹藪でござる。藪から、鉄砲で狙われまする」


「じゃあ、別の宿」


「別の宿は、川べりにて。……川から、舟で、狙われまする」


「どこなら、狙われないの」


「どこも、狙われまする」


 治長は、真顔で言った。


「狙われぬ宿は、ござらぬ。狙われたときに、どこへ逃げるかを、宿ごとに、決めておくのでござる」


 弥七が、宿ごとの逃げ道を、紙に書き出していった。竹藪の宿は、表から。川べりの宿は、裏から。弥七は、書きながら、ぼそりと言った。


「……真田殿の、逃げ道の図の書き方を、真似ておりまする」


 九度山の男の図の描き方が、いつの間にか、大坂城の小姓頭の手に、移っていた。


 評議が終わってから、千姫が、小さな袋を、差し出した。


「これは」


「祖父上が、お好きな香にございます」


「……賄賂」


「違いまする」


「じゃあ」


「話すことが、なくなったときに」


 千姫は、言った。


「香の話を、なさればよろしいかと。祖父上は、香の話になると、長うございます」


 雑談だった。昔、三成に教えようとして、なかなか身につかなかった技だ。今度は、秀頼が、使う番だった。


「助かる」


「殿」


 千姫は、少しだけ、笑った。


「祖父上に、勝とうと、なさらぬよう」


 千姫は、少し、首をかしげた。


「……お返事が、ございませぬな」


「考えてる」


「では、考えておられる間に、もう一つ」


 千姫は、指を一本、立てた。


「祖父上は、負けそうになると、爪を噛まれまする。……殿が勝ちそうになったら、祖父上の指を、ご覧くださいませ」


「……爪を噛んだら」


「すぐに、香の話を」


 十五の姫の兵法だった。


 返事が、できなかった。


 勝つ。何に。礼儀か。威厳か。政か。家康に、秀頼が大きくなったと、見せたい気持ちはあった。豊臣は、まだ終わっていないと、思わせたい気持ちも、あった。


 それが、一番、危なかった。


 供の顔ぶれが決まりかけた頃、後藤又兵衛が、書院に、どかりと座り込んだ。


「わしも、連れて行け」


「駄目」


「なぜじゃ」


「黒田家を飛び出した浪人を、大御所の城に、連れて行けない」


「槍は、置いていく」


「槍じゃなくて、顔が、駄目」


 又兵衛は、自分の顔を、両手で、撫でた。


「……そんなに、怖いか」


「怖い」


 弥七と、治長と、若い侍が、同時に、頷いた。


 又兵衛は、しばらく、不満そうに唸っていた。それから、懐から、小さな袋を、一つ、出して、放ってよこした。


「持っていけ。浪人長屋の、若い者どもが、銭を出し合うて、買うた守りじゃ」


 袋には、住吉の社の、守り札が、入っていた。


「……あいつら、自分で、渡しに来ればいいのに」


「来られぬ。顔が、怖いゆえ」


 又兵衛は、にやりと笑った。


【二条城の会見まで 十七日】

【徳川の警戒 83】

【豊臣方の期待 86】

【主人公の、見せたい気持ち 28】


 低くなかった。


 家康より先に、自分を、警戒しなければならなかった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

95.1% → 95.3%


 夜、千姫が、もう一度、部屋に来た。


「殿。……わたくし、昼間、伯母上に、口答えを、いたしました」


「うん」


「祖父上は、殿を殺しませぬ、と。……分かりませぬのに」


 千姫は、膝の上で、両手を握っていた。


「もし、殿に、何かあったら。わたくしが、殿を、祖父上のところへ、行かせたことに、なりまする」


「千のせいじゃない」


「わたくしの、せいでございます」


 千姫は、顔を上げた。


「ですから、わたくしも、決めました。……殿が、お帰りになるまで、毎朝、伯母上と、同じ膳を、いただきまする」


「どうして」


「伯母上が、お一人で、殿を待たれるのは、お辛うございましょう。……わたくしも、殿を、待ちまする。同じ膳で」


 十五の姫は、自分の立場の重さを、全部、分かった上で、そこに、座ろうとしていた。


 その夜、清正に、使いを出した。《二度半》の毒見のことを、伝えるためだった。


 使いは、清正の返事を、四行で、持って帰ってきた。


 《二度半、承知》

 《半分の方は、わしに任されよ》

 《わけは、当日》

 《土は見た》


 四行目が、変わっていた。


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