↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第四部「家康包囲網の誘惑」                                           第一章 二条城

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
157/169

第157話 清正、最後の奉公


【豊臣家滅亡まで 残り1,516日】


 慶長十六年の春、加藤清正が、大坂城に来た。


 何年ぶりだっただろう。肥後から、四行の書状は、何十通も届いていた。だが、本人の顔を見るのは、関ヶ原の前の年以来だった。


 痩せていた。


 頬が、こけていた。首の筋が、浮いていた。だが、声は、大きかった。歩く音も、大きかった。そして、城を見る目だけは、少しも、変わっていなかった。


 広間に通されて、秀頼の前に座る前に、清正は、窓の外を見た。


「……この石垣」


 会って、最初の一言が、それだった。


「少し、孕んでおりまする」


 挨拶は、どこに行った。


「清正」


「は」


「久しぶり」


「はっ」


「まず、秀頼を、見て」


 清正は、ようやく、秀頼の方を向いた。長いこと、見ていた。


「……御立派に、なられました」


「石垣のあとに言われても、嬉しくない」


 清正は、困った顔をした。気持ちを顔に出すのが、昔から、下手な男だった。


 そのとき、数字が、開いた。


【人物評価:加藤清正】

城づくり 100

現場を率いる力 97

忠義 98

体の具合 41


 最後の数字から、目を、逸らせなかった。


「座って」


「まだ、石垣の」


「座って」


「は」


 清正は、座った。背筋は、伸びたままだった。病人には見えない。そう、見せていた。


 道悦を、呼んであった。玄朔が、城の仕事を弟子たちに任せて京に移ってから二年、道悦は、城の医者の頭になっていた。清正は、道悦の顔を見て、露骨に嫌な顔をした。


「殿。拙者は、急ぎの話が」


「診てもらってから、聞く」


「急ぎに、ございます」


「だから、生きて」


 清正が、黙った。


 道悦が、脈を取った。顔の色を見た。腹に触れた。咳。食。便。眠り。一つずつ、聞いた。清正は、半分しか、答えなかった。秀頼が睨むと、残りを、答えた。


 道悦は、病の名を、言わなかった。言えなかったのだと思う。ただ、診終わってから、小さく、言った。


「……長く、無理を重ねてこられた体にござる。休ませねば、なりませぬ」


「肥後に、戻って。休んで」


「御役目が」


「戻って、休んで」


「その前に」


 清正は、懐から、書状を一通、出した。


 家康からだった。


 内府が、京に上ってくる。帝の代替わりの儀のためだ。その折に、二条の城で、秀頼に会いたい。大きくなった豊臣の当主を、自分の目で、見たい。


 表向きは、そういう話だった。


「……お行きなされ」


 清正が、言った。


「母上は、反対する」


「存じておりまする」


「毒を、疑う」


「当然にございます」


「清正も、疑ってる?」


 清正は、少し、考えた。


「疑うておりまする」


「それでも、行けって」


「はい」


「どうして」


 清正は、秀頼を、まっすぐ見た。


「見ぬ敵は、大きゅうなりまする」


 内府が、秀頼を見ない。秀頼が、内府を見ない。間に立つ家来たちが、噂を運ぶ。望みが膨らむ。怖さも膨らむ。そのうち、両方とも、どこにもいない化け物と、戦うことになる。


「会えば、内府の警戒が、上がるかもしれない」


「上がりましょう」


 即答だった。


「秀頼、だいぶ、大きくなったし」


「存じておりまする」


「背も、高いし」


「それも」


「頭も」


「それは、前から」


 少し、嬉しかった。だが、褒められている場合ではなかった。


「内府は」


 清正が、続けた。


「殿が弱ければ、いずれ、誰かに担がれると、恐れまする。強ければ、ご自分で立たれると、恐れまする」


「どっちでも、怖がるんだ」


「はい」


「じゃあ、どうすれば」


「殿ご自身が」


 清正は、言った。


「何を望まれるか、内府に、お伝えなされ」


 その言葉を、しばらく、噛みしめた。


 家康が恐れているのは、秀頼そのものではない。秀頼を担ぐ者。秀頼の名を借りる大名。そして、秀頼が何を望んでいるのか、分からないこと。


 だから、会う。危うくても、会う。


「……守りは」


「拙者が」


「清正は、休んで」


「最後の、奉公にございます」


 その言葉に、胸が、冷えた。


 最後。言わないで。この時代で、その言葉は、本当に最後になる。


「最後に、しないで」


 言った。


「帰って、次も、働いて」


 清正は、笑った。


「殿は、人使いが、荒うございます」


「父上よりは、ましでしょう」


「それは」


 清正は、少し、遠くを見た。


「……違い、ございませぬ」


 評議のあと、清正を、本丸の納戸に、案内した。


 戸を開けると、清正は、入り口で、足を止めた。


 棚の一番手前に、石が一つ、置いてあった。蔚山の城から、清正が持って帰ってきた石だった。昔、秀頼に、くれたものだ。その隣に、小さな袋が、二つ。三成の干し飯の袋だった。関ヶ原の前に、三成が、まつに返すつもりで、持っていたものだ。


 清正は、長いこと、動かなかった。


 それから、ゆっくり、干し飯の袋に、手を伸ばした。触れる寸前で、止めた。


「……治部め」


 低い声だった。


「わしの石の隣に、置かれて、さぞ、居心地が悪かろう」


「嫌だった?」


「いや」


 清正は、首を横に振った。


「わしは、あの戦いで飢えた。……あの袋の中身が足りなんだことを、わしは、長いこと、あやつのせいにしておりました」


 清正は、袋に触れずに、手を下ろした。


「足りなんだのは、治部のせいでは、なかった。海が、遠すぎたのでござる」


 干し飯の袋は、何も言わなかった。清正は、深く、一礼して、納戸を出た。


 評議が終わってから、清正を、城の東の、普請場に連れていった。


 石垣を積み直している場所だった。人足が、土を運んでいた。清正は、足を止めた。


「清正。これ」


 地面を、指さした。


 清正は、黙って、しゃがみこんだ。土を、一握り、すくった。指の間で、ほぐした。匂いを嗅いだ。


「……粘りが、足りませぬな。下の方に、砂が、多い」


「うん。与市が、三年前に、書き留めてた。この辺りは、昔、川だったって」


 清正は、土を握ったまま、顔を上げた。


「殿が、土を、見られたので」


「見たよ。清正が、何十回も、書いてきたから」


 清正は、しばらく、何も言わなかった。それから、土を、そっと、地面に戻した。


「……土は見たか、と、書くたびに、見ておられぬじゃろうと、思うておりました」


「見てた。分からなかったけど」


「分からずとも、見る方が、ようござる」


 清正は、立ち上がった。膝に、手をついた。前なら、手をつかずに立った男だった。


 帰り道、清正が、一つだけ、付け加えた。


「殿。京へは、浅野紀伊守も、お連れなされ」


「紀伊守」


「九度山を預かる、あの浅野の当主でござる。……あれは、若うござる。わしより、長う、生きましょう」


 清正は、前を向いたまま、言った。


「わしが倒れたときに、殿の隣に立つ者が、要りまする」


「倒れないで」


「倒れぬつもりでござる。されど、城を築くときは、倒れたときの支えを、先に組むもの」


 清正らしい言い方だった。石垣の話をしているようで、自分の話をしていた。


【二条城での会見】

危うさ 82

行かなかったときの徳川の警戒 +19

行ったときの徳川の警戒 +12


 どちらでも、上がる。だが、差は、あった。


「清正」


「は」


「秀頼を、連れていって」


 清正は、深く、頭を下げた。


「承知」


 その背中が、前より、小さく見えた。


 見ないふりは、しなかった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

94.8% → 95.1%


 清正が、城の門を出るとき、もう一度、振り返った。


 石垣を見ているのだと、分かった。


「……清正」


「は」


「東の石垣は、直すから」


 清正は、少しだけ、驚いた顔をした。それから、笑った。


「殿。わしは、まだ、何も申しておりませぬ」


「顔に、出てた」


 清正は、声を上げて、笑った。久しぶりに聞く、大きな笑い声だった。


 その夜、道悦が、そっと、秀頼の部屋に来た。


「……加藤様の御脈、書き留めましてござる。見届帳の、形で」


「ありがとう」


「拾様。一つだけ」


 道悦は、言いにくそうに、口ごもった。


「京へのお供は、なるたけ、短い間に」


 それ以上は、言わなかった。医者は、言えないことを、言わずに伝える顔をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。