第156話 死人は直せない
【豊臣家滅亡まで 残り2,072日】
父は、死んでいる。
それなのに、大坂城で一番よく名を呼ばれるのは、今も、父だった。
「太閤殿下ならば」
「太閤殿下の御代には」
「太閤殿下の御遺志を」
ある朝、数えてみた。昼までで、十七回だった。午後には、数えるのをやめた。
その日の評議は、京の方広寺の大仏の話だった。
父が建てた、あの大きな大仏。地震で壊れて、建て直しの途中で、火事で燃えた。それを、豊臣家の手で、もう一度、建て直す。家康の方から、勧めてきた話だった。
「大仏の建て直しは、太閤殿下の、御遺志にございます」
且元が、図面を広げながら言った。十八回目だった。
「且元」
「は」
「父上の名を使わないで、説明してみて」
且元の手が、止まった。
「……それは」
「できない?」
「できまする」
且元は、図面を見た。柱の数。材木の出どころ。人足の数。銀の額。しばらく、黙っていた。
「……京の人足と職人に、五年、仕事が生まれまする」
「うん」
「材木を運ぶ川筋が、整いまする」
「うん」
「大坂の金銀が、京に流れまする。……流れた金銀は、戦には、使えませぬ」
最後の一言を、且元は、少し、言いにくそうに言った。
家康が勧めてきたのは、そのためだった。豊臣の蔵の金銀を、寺に使わせる。大坂の力を、少しずつ、削る。誰もが、分かっていた。分かっていて、誰も、口にしなかった。父の名を出せば、口にしなくて、済んだからだ。
「それでいい。それを、先に言って」
且元は、苦笑した。
父の名を取ると、仕事の本当の中身が、見えた。
太閤殿下の御遺志。便利な言葉だった。反対されにくい。責めも問われにくい。しくじっても、父の考えだったと言える。
だが、死んだ人は、直せない。父の考えが間違っていても、父は、もう、直してくれない。
評議のあと、且元が、一人、残っていた。
「……拾様。大仏の建て直しには、鐘も、新しく、鋳ることになりまする」
「鐘」
「大きな鐘でございます。寺の格に見合う、銘も、刻まねばなりませぬ」
且元は、図面の端の、小さな鐘の絵を、指でなぞった。
「銘の文は、誰が書くか。……まだ、決まっておりませぬ」
その一言で、背中が、冷えた。
前の世で読んだ歴史の本の、一行が、頭に浮かんだ。方広寺の鐘の銘。その文字が、徳川に、言いがかりの種を与える。大坂の陣の、きっかけの一つになる。
「……且元」
「は」
「鐘の銘は、決まったら、一文字残らず、秀頼に見せて。それから、駿府にも、鋳る前に、見せて」
且元は、少し驚いた顔をした。
「鋳る前に、でございますか」
「うん。鋳てからじゃ、直せない。死んだ人と、同じだから」
且元は、帳面に、書き留めた。《鐘銘、鋳造前に、駿府へ》。その一行が、何年も先に、どれほど重くなるか、且元は、まだ、知らなかった。
その日の午後、北政所が、京から来た。大仏の建て直しの相談を兼ねて、ということだった。
北政所は、秀頼を見るなり、笑った。
「また、背が伸びましたな」
「皆、そう言います」
「まことに、伸びたのでございましょう」
「毎月、言われます」
「毎月、伸びておりまする」
正しかった。三成に言われたときとは違って、少しも、腹が立たなかった。
【人物評価:北政所】
人の間をとりもつ力 96
思い出の美しく直る度合い 89
豊臣家との間合い 78
殿下への情 100
最後の数字を、見た。父を一番長く愛した人は、父を、正しく見られるのだろうか。それとも、愛したからこそ、欠けたところも、知っているのだろうか。
茶が出た。北政所は、一口飲んで、庭を見た。
「皆が、父上ならどうしたか、と、言います」
北政所は、すぐには、答えなかった。
「……便利な言葉で、ございますから」
やはり、分かっていた。
「秀頼は、父上のように、しなければ、いけないんでしょうか」
北政所は、秀頼の顔を見た。子供を見る目ではなかった。だが、天下人の跡継ぎを見る目でも、なかった。一人の、困っている人間を見る目だった。
「殿下は、同じことを、二度、なさいませなんだ」
「じゃあ、真似できない」
「はい」
「父上ならどうしたか、には、答えがない」
「ございまする」
「あるんですか」
「殿下ならば」
北政所は、少しだけ、笑った。
「殿下にしか、できぬことを、なさったでしょう」
最悪の答えだった。誰にも、繰り返せない。決まりにも、できない。
だが、正しかった。
父は、よその家のうまくいったやり方を真似て、天下を取ったのではない。その場で、自分にしかできないことを、した。だから、まわりの者は、父を繰り返せなかった。
「なら、秀頼は、秀頼にしかできないことを」
北政所は、首を横に振った。
「それも、危うございます」
「どうして」
「殿下と、同じになりまする」
言葉が、止まった。
秀頼にしかできないことを増やせば、家は、また、秀頼に頼る。何度も踏んだ罠だった。
「殿下にしかできぬことは」
北政所は、言った。
「殿下にしかできぬうちに、誰かに、渡しなされ。……殿下は、それを、なさいませなんだ。なされぬまま、息を、引き取られた」
北政所の声が、最後だけ、少し、揺れた。
その夜、父の遺した物を、並べて、見た。陣羽織。扇。書状。茶器。金の飾り。
どれも、大きく見えた。秀頼が小さいからではない。父の話が、大きすぎるのだ。
数字が、開いた。
遺品の中に、小さな扇が、一本、混じっていた。天下人の物にしては、骨が細く、紙も、安かった。
広げてみると、下手な字で、一行だけ、書いてあった。
《ひろい ひろい》
拾。秀頼の幼名だった。
誰が書いたのかは、分からなかった。父の字にしては、下手すぎた。だが、父以外に、こんなものを、遺品の箱に入れる者がいるとも、思えなかった。
大きな話の中には、入らない扇だった。
【太閤に頼る度合い 79】
【主人公依存度 57 → 59】
上がっていた。
決まりの直しがうまくいくほど、皆が、秀頼の決めを、待つようになった。父の亡霊を追い払おうとして、秀頼が、次の亡霊に、なりかけていた。
封印スキルの空欄が、また、瞬いた。
「……父上」
誰もいない部屋で、言った。
「あなたから卒業する前に、秀頼からも、卒業させないと、いけないみたいです」
返事は、なかった。死んだ人は、答えない。だからこそ、生きている者が、決めなければならない。
遺品を並べていると、淀殿が、部屋をのぞいた。
「……何を、しておられます」
「父上の物を、見てました」
母は、部屋に入ってきて、陣羽織の袖に、そっと触れた。
「この羽織、殿下は、あなたが生まれた日に、着ておられました」
「秀頼が」
「伏見から、馬で、駆けてこられて。……着替えもなさらず、泥だらけのまま、あなたを抱こうとなさいまして。わたくしが、叱りました」
母は、少しだけ、笑った。
「天下人を、産屋の入り口で、追い返したのは、後にも先にも、わたくしだけでございましょう」
「……父上は、どうしたの」
「庭で、気をひどく落とされておられました」
母は、羽織の袖から、手を離した。
「大きな話ばかりが、残りまする。……庭で気を落とされた殿下のことは、誰も、語りませぬ」
次の朝、評議の間の入り口に、紙を一枚、貼らせた。
《評議にて、太閤殿下の御名を出すときは、そのあとに、己の言葉で、わけを言うこと》
一日目、父の名が出たのは、九回だった。二日目、五回。三日目、四回。
四日目、七回に戻った。
「……戻りましたな」
与市が、帳面をつけながら、言った。
「うん。人は、戻るものだから」
「では、貼り紙は」
「そのまま。戻ったら、また、下がるまで、待つ」
十日目、三回になった。
三回のうち、一回は、北政所の口から出た。帰り際、評議の間の貼り紙を見て、北政所は、声を上げて笑った。
「……殿下の御名を出したら、わけを言え、とな」
「はい」
「殿下が聞かれたら、何と申されたか」
北政所は、貼り紙を、指でなぞった。
「《わしの名で、楽をするな》と、申されたでしょうな。……あの方は、自分の名で楽をするのは、大好きでございましたが」
【本日の豊臣家滅亡確率】
95.0% → 94.8%
北政所の輿が、門を出ていった。見送りながら、あの人が、一度も、父上ならどうしたか、と言わなかったことに、気づいた。




