↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第五章 九度山の男

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
153/169

第153話 強さを見せる相手


【豊臣家滅亡まで 残り2,833日】


 夜、淀殿は、秀吉の遺した屏風の前に、座っていた。


 金の地に、松。雲。城。そして、小さな人々。豊臣の天下は、絵の中では、今も、続いていた。


「母上」


「座りなさい」


 隣に、座った。淀殿は、しばらく、屏風を見ていた。灯りが揺れるたびに、金の雲が、少しずつ、色を変えた。


「あなたは、豊臣を、強うしました」


「まだ、足りません」


「足りぬのでは、ございませぬ」


 母は、屏風から目を離さずに、言った。


「強うしすぎたのです」


 言い返そうとした。だが、数字が、頭に浮かんだ。家が生き延びる見込みは、上がっている。大坂の陣が起きる見込みも、上がっている。どちらも、上がっていた。


「……父上なら」


 言いかけて、止まった。淀殿が、こちらを見た。


 父を超えるのではない。父から、卒業する。何年も前に、そう決めたはずだった。それでも、困ると、「父上なら」が、口から出る。秀吉に頼る癖は、決まりの中だけにあるのではなかった。秀頼の中にも、あった。


「太閤殿下なら」


 淀殿が、代わりに言った。


「恐れられることを、喜ばれたでしょう」


「……はい」


「恐れられぬ者に、天下は、取れませぬ」


「はい」


「ですが」


 母は、秀頼を、まっすぐ見た。


「あなたは、天下を、取るのですか」


 答えが、出なかった。


 豊臣秀頼として、天下を継ぐ。それが、まわりの望みだった。だが、秀頼が目指しているのは、豊臣家が滅びないことだった。天下を取ることではない。徳川を倒すことでもない。


「……分かりません」


 淀殿は、少し、笑った。


「初めて、分からぬと、申しましたね」


「いつも、言ってます」


「口では、申しております。心の中では、申しておりませなんだ」


 鋭かった。母親には、数字よりも、見えているものがあった。


「母上は、天下を、取り戻したいですか」


 淀殿の目が、また、屏風に戻った。


「取り戻す、というのは、失くした者の、使う言葉です」


「……はい」


「豊臣は、まだ、何も、失くしておりませぬ」


 誇りだった。認めたくない心でもあった。そして、危うさを抑える言葉でもあった。全部だった。


「徳川は、豊臣を、滅ぼすと、思いますか」


「わけが、揃えば」


 即答だった。


「内府殿が、善い人か、悪い人かでは、ございませぬ。豊臣を残すことが、徳川の得にならぬと分かれば、滅ぼしまする」


 筋が、通っていた。


 情に流される淀殿。後の世では、よく、そう描かれる。だが、この人は、家が滅びるのを、何度も見てきた。小谷。北ノ庄。秀次の屋敷。人は、一度うまくいったことより、三度、滅んだことの方を、深く覚える。


「じゃあ、どうすれば」


「徳川に、豊臣を残す得を、与えるのです」


「天下を取らないと、誓えば」


「誓いは、人が死ねば、変わりまする」


「縁組は」


「夫婦が死ねば、変わりまする」


「人質は」


「逃げれば、変わりまする」


「じゃあ」


「決まりに、しなさい」


 母は、秀頼がいつも言っている言葉を、そのまま、返してきた。


「豊臣を滅ぼせば、徳川も損をする。そういう決まりに、しなさい」


 商い。信用。町。寺と神社。朝廷。縁組。国々の大名。豊臣家を、戦の脅威ではなく、消してしまうと皆が困るものに、する。


 それは、一つの答えだった。


 だが、消せないほど大きくなれば、徳川は、もっと、恐れる。


「……母上。難しすぎませんか」


「天下人の子で、ございましょう」


「五つで、社長にした人が、それを言いますか」


「しゃちょう」


「……忘れてください」


 淀殿は、少し笑った。笑ってから、真顔に戻った。


「秀頼」


 名で、呼ばれた。拾でも、若君でもなかった。


「強うなることと、生き延びることを、同じと思うては、なりませぬ」


 その言葉が、胸に、残った。


 強い家。強い城。強い兵。強い蔵。それは、生き延びる力になる。同時に、攻められるわけにも、なる。


「……母上は、秀頼に、弱くなれと」


「いいえ」


 淀殿は、首を横に振った。


「強さを、見せる相手を、選べと、申しております」


 屏風の中の、金色の城が、灯りの中で、静かに光っていた。


 淀殿は、屏風の端の、小さな人の絵を、指さした。城の外で、田を耕している、豆粒のような百姓だった。


「殿下は、この屏風を描かせるとき、絵師に、一つだけ、注文をなさいました。……城より、人を、多く描け、と」


「人を」


「天下の城は、人が見上げてこそ、天下の城じゃ、と」


 淀殿は、屏風から、指を離した。


「殿下にも、分かっておられたことは、ございました。……分かっておられて、最後に、忘れてしまわれた」


【人物評価:淀殿 更新】

危うさを見抜く力 95

血筋を守る心 98

損を覚えている力 100

強さの見せ方を知る力 88


 屏風の前を立つ前に、淀殿が、一つだけ、言った。


「秀頼。約束なさい」


「何を」


「天下を取りたくなったら、まず、わたくしに、申しなさい」


「……止めるんですか」


「止めるかどうかは、聞いてから、決めまする」


 母は、真顔だった。


「殿下は、朝鮮に兵を出すとき、誰にも、先に申されませなんだ。……決めてから、申されました。決めてからでは、誰も、止められませぬ」


「約束します」


「言うだけでは、足りませぬ。書きなさい」


 淀殿は、懐紙を一枚、差し出した。そこに、書いた。《天下を取りたくなりしときは、まず母に申すこと》。


 母は、それを、丁寧に畳んで、自分の帯に、しまった。


 その夜、真田信繁への頼みの書き付けを、書き直した。


 川。逃げ道。危うい時の備え。そこに、一行、書き足した。


 《駿府と江戸への、定めての知らせ》


 大坂が、何を作ったか。どこに、誰を置いたか。どんな稽古をしたか。全部、こちらから、先に、知らせる。見られる前に、見せる。


 送る前に、与市が、宛名を書きながら、手を止めた。


「……拾様。これは、九度山への、書状でございますね」


「うん」


「内府様の見張りが、読まれまする」


「うん。読まれていい」


 与市は、筆を持ったまま、秀頼を見た。


「主が、家来に、己を止めよと頼む書状を、徳川が読む。……よろしいので」


「いい。むしろ、読んでほしい」


 止める役が、九度山にいる。それを、駿府が知る。豊臣の中に、戦を止める仕組みがあると、徳川に見せることになる。


 与市は、しばらく考えて、それから、頷いた。宛名を、いつもより、丁寧に、書いた。


 ひと月して、九度山から、返書が来た。


 《敵に、手の内を、見せ申すか》


 書き返した。


 《敵に、せぬためにて候》


 また、返書が来た。


 《敵になりたる時は、いかがなされ候》


 長い間、筆が、止まった。それから、書いた。


 《その時は、左衛門佐殿が、秀頼を、止められよ》

 《戦いたくなった秀頼を、止められよ》


 九度山からの返事は、ひと月以上、来なかった。


 来たときには、たった一行だった。


 《承知つかまつり候》


 名将の仕事が、一つ、増えた。主を勝たせることではない。主が、勝てる戦に飛び込もうとするのを、止めること。


 たぶん、それが、一番、難しい仕事だった。


 最初の月ごとの知らせは、その翌月、駿府に送った。


 浪人の数。持ち場。稽古の日と、中身。紐の買い付け。九度山とのやり取りの、あらまし。全部を、一冊の帳面にまとめた。与市が清書し、且元が、表紙に署名した。


 返事は、来なかった。


 二月目も、送った。返事は、来なかった。


 三月目の知らせを送った十日後、駿府から、短い書状が届いた。家康の字だった。


 《読んだ》


 それだけだった。


「……それだけでございますか」


 且元が、拍子抜けした顔をした。


「うん。でも、読んでる」


 読んでいる、と、わざわざ書いてきた。それが、家康の返事の全部だった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

94.2% → 93.9%


 一行だけの返書の端に、もう一つ、小さな字が、書いてあった。


 《焼酎、壺二つ、所望》


 前より、一つ、増えていた。且元が、頭を抱えた。


「……老父の養生、でございますな」


「うん。養生が、倍になった」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。