第150話 名将の条件
【豊臣家滅亡まで 残り3,168日】
その年の秋、紀ノ川が、溢れた。
大風が、三日続いた。雨が、山に叩きつけた。九度山の下を流れる川が、一晩で、茶色い濁流に変わった。
知らせは、浅野家から、家康へ届き、家康から、大坂に回ってきた。珍しい順番だった。
《紀ノ川、溢れ候》
《九度山の麓の村、田は多く流れ候》
《されど、人は、一人も、死に申さず候》
最後の一行を、三度、読んだ。
十日後、与市が、泥だらけで、九度山から戻ってきた。膝まで、乾いた泥が、こびりついていた。
「……信繁殿の、図の通りに、ござった」
与市は、座る前に、話し始めた。
「水が上がり始めたのは、夜半でござった。村の半鐘が、三つずつ、鳴り申した。三つずつは、年寄りと子を先に、という合図。信繁殿が、村の者と、夏のうちに決めておかれたと」
赤い線の道を、年寄りと子供が、先に登った。荷車の通る道を、米と塩が、後から上がった。寺には、名札をつけた子供たちが、集まった。
「寺の井戸は、一つしかございませなんだ。信繁殿は、はじめから、《この寺は、二百人まで》と、決めておられました。村は、四百三十七人。……残りの二百三十七人は、庄屋の屋敷と、高台の蔵に、分けて」
「……数えてたの」
「家ごとに、数えておられました。この夏のうちに」
与市は、懐から、紙を一枚、出した。村の家の名と、人の数が、一軒ずつ、並んでいた。
「信繁殿は、《兵を動かすのも、民を逃がすのも、数が分からねば、飯も水も足り申さぬ》と」
【人物評価:真田信繁 更新】
兵站 94
地形を読む力 97
退き道の組み方 99
村の人の名を書き留める力 93
最後の一行を、二度、見た。
戦国一と言われる軍略の持ち主が、村の家を、一軒ずつ、数えている。後の世の人々が夢に見る「真田の戦ぶり」とは、たぶん、ずいぶん違う。
だが、秀頼が欲しかったのは、これだった。
「……与市。溢れた夜、信繁殿は、どこにいたの」
「一番最後に、寺へ上がって来られました」
与市は、少し、言いにくそうに言った。
「村の者が、全員、上がったのを、名札で確かめてから。……胸まで水に浸かって、おられました」
生きて帰れる功。
あの男は、自分で書いた言葉を、自分で、守っていた。
浅野家の見張りの報せも、家康を通って、写しが回ってきた。九度山に付いていた、あの見張りの一人が、書いたものだった。
《拙者、溢れし夜、真田殿の屋敷の番をいたしおり候》
《水、床まで来たりて、拙者、足を取られ候》
《真田殿の家来に、背負われて、寺へ上がり申し候》
《背負いし者、元は、上田の城の、鉄砲足軽にて候》
見張りが、見張っている相手の家来に、背負われて、助けられた。
報せの最後には、こう書いてあった。
《九度山の者どもに、兵の支度、これなく候。ただ、村の者を、数えおり候》
見張りの目が、変わっていた。
その夜、九度山へ書状を書いた。一つだけ、聞いた。
《名将とは、いかなる者にて候や》
ひと月して、返書が来た。
《昔の拙者ならば、勝つ将と、答え申し候》
《今は、負くる時を、定められる将と、存じ候》
《勝てぬと知れし時、兵を捨てず、民を巻き込まず、次の働き場へ帰す》
《その決めを、誰より先に、下す者》
少し間をあけて、もう一行。
《九度山にては、暇ばかりは、ござ候》
《戦のことを考える暇も、戦わぬことを考える暇も、長く候》
押し込めは、あの男から、戦場を奪った。だが、同時に、戦場の外を見る時を、与えていた。
与市が、帰り支度の手を止めて、聞いてきた。
「拾様は、なぜ、それほど、真田殿に、お心を砕かれまするか」
少し、考えた。
九年後のことは、言えない。だが、それだけでもなかった。
「……あの人が、紙に書いたことを、ちゃんと、やってるから」
「紙に書いたこと」
「《家族と旧臣が、戦でなくとも食える役目》。溢れた夜、あの人は、それを、やってた。胸まで水に浸かって」
与市は、しばらく黙って、それから、頷いた。
「紙に書いたことを、やる人は、少のうございます」
「うん。だから、大事にしたい」
次の評議で、決めた。
「真田左衛門佐に、豊臣家の、川と逃げ道の、相談役を、頼みます」
治長が、すぐに、扇を上げた。
「内府様の決まりが、ござる。武具、兵糧、金銀は、九度山へ、送れませぬ。扶持が、出せませぬぞ」
「うん。だから、買う」
「……買う」
「真田の紐を」
書院の全員が、ぽかんとした。
九度山の真田家は、紐を編んで、米と換えて、暮らしている。真田の紐は、丈夫で、よく売れる。刀の柄にも、荷を縛るのにも、使える。
「豊臣家が、真田の紐を、大口で、買います。値は、堺の市の値で。高くも、安くもしない。浅野家の見張りに、帳面も見せる」
「……扶持では、なく」
「商いです。相談の礼は、紐の代わりに、入ってる」
与市が、帳面に、書き込みながら、呟いた。
「相談料、紐代に、含む……」
「内府様への届けは」
且元が、聞いた。
「《大坂城、紐を、多く使うため》」
「……城で、それほど、紐を使いまするか」
「これから、使う。井戸の釣瓶。荷車。火消しの縄。名札の紐。全部、真田の紐にする」
且元は、しばらく黙ってから、深い息を吐いた。
「……城じゅうが、真田の紐だらけになりまするな」
「うん。それも、いいでしょう」
家康からの返書は、ひと月かかった。
《紐を買うは、禁ぜず》
それだけだった。祐筆の字だった。だが、端に、小さく、別の筆で、一行、足されていた。
《大坂は、よう紐を使う城よな》
笑っているのか、疑っているのか、分からなかった。
【真田信繁】
主な仕事 戦の指揮 → 川と逃げ道と、危うい時の備え
【後の世で語り草になる度合い 100% → 91%】
下がった。
九。たった、九。だが、英雄が、少しだけ、人に戻った。
紐の値を決めるのには、堺の今井宗薫に、来てもらった。
宗薫は、真田の紐を、指で引っ張り、撚りを確かめ、灯りに透かして、長いこと、見ていた。
「……よい紐でございますな。堺の市で、この太さなら、この値」
宗薫が示した値は、思っていたより、少し高かった。
「高くない?」
「安く買えば、施しになりまする。施しは、内府様の決まりに、触れましょう。……市の値で買えば、ただの商い」
宗薫は、にやりと笑った。
「商人は、情けでは、紐を買いませぬ。よい紐ゆえ、買うのでございます。そう、帳面に書いておきなされ」
その日から、紐の帳面の一番上に、宗薫の字で、一行が入った。《品よし。ゆえに買う》。
与市が、五度目に九度山へ行ったとき、帰ってきて、一つ、話してくれた。
相談役の話を聞いた日の夕方、信繁は、堤の高さを測りに出たという。供は、二人だけ。刀は、一本だけ。腰には、軍配ではなく、縄と、木の札を、下げていた。
「その縄が、真田の紐でござった」
与市は、少し笑った。
「売り物の紐を、自分で使うてしもうたと、奥方に、叱られておられました」
【本日の豊臣家滅亡確率】
94.3% → 94.0%
千姫は、紐の束の中から、赤い一本を、こっそり抜き取っていた。
見つけたときには、秀忠の木馬の首に、手綱として、結ばれていた。
「千。それ、売り物……じゃない、買い物」
「一本くらい、ようございましょう」
「帳面に、書かないと」
「では、書いてくださいまし。《千姫 木馬の手綱 一本》」
与市が、真顔で、書いた。紐の帳面の、一番下に、その一行が、今も、残っている。
その冬、大坂城の井戸の釣瓶の縄が、全部、新しくなった。
佐助が、新しい縄を、しげしげと眺めて、言った。
「……若様。この縄は、よう、水を吸いませぬ。手が、滑りませぬ」
「九度山の、紐だよ」
「九度山」
「うん。戦の、上手な人が、編んでる」
佐助は、首をかしげて、それから、ぼそりと言った。
「戦の上手な人は、縄も、上手でございますな」




