第149話 英雄になりたいか
【豊臣家滅亡まで 残り3,260日】
その問いを書くのに、三晩かかった。
一晩目は、書けなかった。二晩目は、書いて、破った。三晩目、ようやく、一行だけ、書いた。
《英雄に、なりたく候や》
余計な言葉は、足さなかった。九年後に何が起きるかは、書けない。浅野家の見張りが、中を読む。それに、書いてしまえば、先のことが、あの男を縛る。
与市に、託した。四度目の九度山行きだった。
与市が発った夜、天守に上った。
町の灯りが、川に映っていた。疱瘡の年よりも、灯りは、ずっと増えていた。店が開いている。船が動いている。子供の声がする。人が、生きている音だった。
後ろで、小さな足音がした。
「殿。また、お一人で」
千姫だった。九つになっていた。いつの間にか、侍女をまいて、階段を上ってきたらしい。腕に、木馬を一頭、抱えていた。秀忠の、鞍のある方だった。
「一人じゃない。千が来た」
「屁理屈でございます」
千姫は、欄干の上に、木馬を乗せた。木馬にも、町を見せてやるのだという。
「殿。英雄とは、何でございますか」
驚いて、振り返った。
「……どこで、聞いたの」
「与市が、廊下で、ぶつぶつ、申しておりました。英雄に、なりたく候や、と」
与市は、口の固い男だと思っていた。独り言には、弱かったらしい。
「後の世まで、名が残る人のこと、かな」
「おじいさまは、英雄でございますか」
「……たぶん」
「では、殿のおとうさまも」
「たぶん」
千姫は、木馬の頭を撫でながら、少し考えた。
「英雄の子は、たいへんでございますね」
「どうして」
「父上が、いつも、おじいさまの話をなさると、手紙の字が、小さくなりまする」
秀忠の、三度書き直す《承知》の字を、思い出した。大きすぎる父を持つ跡継ぎは、どこにでも、いた。
千姫は、欄干に顎をのせて、町の灯りを見ていた。
「殿は、英雄に、なりたいのでございますか」
「なりたくない」
「では、何に、なりたいのでございますか」
少し、考えた。
「……長生きの、おじいさん」
千姫が、吹き出した。木馬が、欄干から落ちかけて、二人で、慌てて押さえた。
「殿が、おじいさん」
「うん。縁側で、お茶を飲んで、昔はよかった、って言う」
「昔は、よかったのでございますか」
「たぶん、よくない。だから、言いたい」
千姫は、笑いながら、首をかしげた。それから、急に、真面目な顔になった。
「では、わたくしは、おばあさんに、なりまする。殿の隣で、お茶を、注ぎまする」
九つの姫は、それだけ言うと、恥ずかしくなったのか、木馬を抱えて、階段を駆け下りていった。
天守に、一人、残された。町の灯りが、さっきより、少しだけ、暖かく見えた。
十日して、与市が戻った。返書は、思っていたより、長かった。
《英雄になりたきかとのお尋ね、しかと承り候》
《若君が、何を案じておられるか、拙者なりに、考え申し候》
最初の二行で、背中が、冷たくなった。
《英雄と呼ばるる者の多くは、負け戦の、終わりの数月にて、名が定まり申す》
《勝ち続けて天寿を全うせし者は、英雄とは呼ばれず、名君、名将と呼ばれ申す》
《英雄とは、大方、死に方の名にござ候》
見抜かれていた。先のことを、何も書かなかったのに。
《若君は、拙者が、いずれ、豊臣のために戦い、死ぬ先を、案じておられるのでござろう》
筆の跡が、一度、止まっていた。墨が、少し、滲んでいた。
《お答え申し候》
《英雄には、なりとう、ござらぬ》
《名は、子が覚えておれば、それにて足り申す》
《功を立てられるものならば、生きて帰れる功が、よろしく候》
生きて帰れる功。
帳面に、その言葉を、書き写した。英雄の話には、弱い言葉だった。だが、家を残すには、一番強い言葉だった。
返書を、書いた。今度は、一晩で書けた。
《されば、左衛門佐殿の目当てを、四つ、定め申し候》
《一、家族を、養うこと》
《二、旧臣を、戦のほかの役に、移すこと》
《三、大坂を、焼かせぬこと》
《四、戦になりても、生きて帰ること》
四つ目を書いてから、一行、足した。
《戦を起こさぬことは、左衛門佐殿の目当てには、入れ申さず。それは、秀頼の目当てにて候》
《秀頼のしくじりの責めまで、左衛門佐殿に、負わせ申さず》
主君のしくじりを、家来が命で埋める。将の無理を、兵が死んで埋める。決まりの穴を、誰かの捨て身で埋める。それを、美しい話にしては、いけなかった。
《左衛門佐殿が英雄になる先は、秀頼のしくじりにて候》
《左衛門佐殿が死なば、秀頼の、大しくじりにて候》
ひと月して、返書が来た。
《重きことを、申され候》
《拙者が戦わば、若君のしくじり。拙者が死なば、若君の大しくじり》
《ならば、拙者は、必死に、生きねばなり申さず候》
そこで、手紙を読みながら、少し、笑った。
笑った途端に、数字が開いた。
【真田信繁 目当て 書き換え】
英雄となること → 消えました
家族を養う/旧臣の働き口/大坂を焼かせぬ/生きて帰る
初めてだった。あの男の先に、伝説以外の道が、表に出た。
だが、一番下の行は、動かなかった。
【後の世で語り草になる度合い 100%】
「……なんでだよ」
思わず、声が出た。近くで帳面をつけていた与市が、びくりとした。
手紙には、まだ、続きがあった。
《追って、申し候》
《生きて帰りても、名の残ることは、ござ候》
その一行を、長いこと、見ていた。
後の世の人々が語り継ぐのは、死んだ英雄だけではないのかもしれない。生きて帰った者の名も、残ることがある。ただ、その話は、まだ、どの歴史の本にもない。これから、作るしかなかった。
《さらに、追って》
まだ、あった。
《焼酎、壺一つ、所望つかまつり候》
《これは、武具、兵糧、金銀のいずれにも、当たらずと、存じ候》
その手紙を、淀殿に、見せた。《名は、子が覚えておれば、それにて足り申す》の行で、母の目が、止まった。
「……わたくしの父も、名だけは、残りました」
浅井長政。信長を裏切って、小谷の城で死んだ男。後の世にも、名は残る。
「名は残りましても、わたくしどもは、父の顔を、ほとんど、覚えておりませぬ。……名より、顔を、覚えていとうございました」
淀殿は、手紙を、秀頼に返した。
「この方の子らには、名より、顔を、覚えさせておやりなさい」
生きて帰れる功。九度山の男が書いた言葉に、母が、もう一つ、意味を足していた。
書院に、且元を呼んだ。
「且元。焼酎は、兵糧に、入る?」
且元は、真剣な顔で、しばらく考えた。
「……兵が飲めば、兵糧。父御が飲めば、薬。……と、申せましょうか」
「じゃあ、薬で」
「内府様への届けには、何と」
「《九度山、老父の養生のため》」
且元は、何とも言えない顔で、頷いた。
焼酎を探すのは、思ったより、難しかった。
大坂の市では、酒は売っていても、焼酎は、ほとんど出回っていなかった。台所頭の焼き味噌の太郎が、首をひねった。
「焼酎は、薩摩か、琉球の物にございます。……台所の、料理酒の棚には、ございませぬ」
結局、堺の今井宗薫に、頼んだ。宗薫は、南蛮船の荷の中から、薩摩の壺を、一つ、探し出してきた。
「若様。この壺、一つで、よろしいので」
「うん。一つって、書いてあった」
宗薫は、にやりとした。
「こういうものは、一つで済んだ試しが、ございませぬ」
焼酎の壺を信繁へ送る支度をしていたとき、視界の端に文字が開いた。
【真田信繁との関係成立による影響】
豊臣家の軍事的脅威評価 B → A
徳川方の警戒度 59 → 68
【大坂の陣が起きる見込み 72% → 76%】
「上がるのかよ!」
思わず声が出た。
天守まで響いたらしい。廊下の向こうで、弥七が何かを取り落とす音がした。
俺は表示を睨んだ。
信繁を助けたいと思った。
徳川と戦わせたいからではない。
むしろ逆だ。
史実では、豊臣家が追い詰められた末に信繁を大坂城へ招き、彼は徳川軍と戦うことになる。
だから今のうちから関係を作り、戦争以外の道を用意しておけば、大坂の陣を遠ざけられると思った。
ところが、表示が示したのは逆だった。
理由を考えて、すぐに気づいた。
俺にとって信繁は「救いたい人間」でも、徳川から見れば違う。
関ヶ原で徳川に敵対した真田家の武将。
九度山に置かれている人物。
その信繁と豊臣秀頼が親しくなれば、家康からはどう見えるか。
――豊臣が、戦のできる人間を集め始めた。
そう見えてもおかしくない。
実際に謀反を考えているかどうかは関係ない。
相手がどう受け取るかで、政治の危険度は変わる。
「そういうことか……」
英雄を戦場から遠ざけるために手を伸ばした。
その手そのものが、徳川には「戦の準備」に見える。
最悪だった。
だが、信繁の方も同じ危険に気づいたらしい。
数日後に届いた返書の追って書きには、こうあった。
《拙者ごときとの往来が、御家の御迷惑となるようならば、しばらく文を控えた方がよろしゅうござろうか》
なるほど。
信繁には、俺の見ている数字は見えない。
それでも、自分が豊臣と近づけば徳川から余計な疑いを招くことくらいは分かる。
俺はすぐに筆を取った。
《引かれるな》
そこまで書いて、手が止まった。
視界の数字は、まだ七十六%のままだ。
信繁との関係を切れば、徳川の警戒は下がるかもしれない。
しかし、それでは史実と同じように、追い詰められたときにしか彼と話せなくなる。
逆に、今のまま親しくなれば、「豊臣が浪人や旧西軍の武将を集めている」という疑いを強める可能性がある。
どちらも危ない。
俺は《引かれるな》の下に、もう一行を書き足した。
《ただし、しばらく人目につく往来は控えられよ。文だけは続けたい》
しばらくして返書が来た。
《承知仕った。されど、殿が拙者に何を求めておられるのか、いずれ御聞かせ願いたく候》
俺は、その一文をしばらく見つめた。
信繁に求めているもの。
槍ではない。
兵でもない。
大坂城に入ってもらうことでもない。
生き延びてもらうことだ。
だが、それをそのまま書けば、今度は信繁の方が意味を理解できないだろう。
そのとき、視界の隅で別の数字が動いた。
【本日の豊臣家滅亡確率】
94.1% → 94.3%
「……そっちまで上がるのか」
信繁を救おうとしただけなのに、豊臣家が「戦う準備を始めた」と見られれば、徳川との距離は縮まるどころか、逆に広がる。
人を救うことと、相手を安心させることは、同じではない。
俺は信繁への返書を前に、筆を置いた。
次に書くべきなのは、「来てくれ」でも「離れてくれ」でもない。
豊臣家が、なぜ真田信繁とつながるのか。
その理由を、徳川に誤解されない形へ変える方法だった。




