↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第四章 疱瘡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
144/169

第144話 英雄にならない


【豊臣家滅亡まで 残り3,677日】


 疱瘡が終わって、三月が経った。


 井戸改めは、続いていた。病人を分けた小屋のうち、四つは、町医者の詰め所に変わった。親を亡くした子の帳面には、引き受ける大人の名が、三人ずつ入った。お滝のところには、大きな釜が届いた。蓋も、ついていた。


 井戸役の弥助は、字を読めないまま、若い井戸役たちの、師匠になった。


「師匠では、ございませぬ」


 本人は、毎回、そう言った。


「十三か所やった者を、師匠と呼ぶ決まりです」


 与市が、毎回、答えた。


「十四か所目で、しくじりました。釣瓶の縄を、井戸に落としまして」


「しくじりを、知らせられる師匠は、得がたいのです」


 与市が、妙に、いいことを言うようになった。長盛の天秤の前で、毎晩、帳面をつけているせいかもしれない。


 その日の評議で、最後の流行の知らせが、読み上げられた。


「これをもちまして」


 且元が、言った。


「疱瘡のための、臨時の評議を、閉じまする」


 少し、間を置いた。


「閉じません」


 且元の顔が、固まった。


「……臨時の評議は、閉じます。代わりに、《養生方》を、ずっと置きます」


 町医者。井戸役。産婆。寺。町年寄。蔵の役人。それぞれから、決まった日に、知らせを上げる。流行のないときにも、井戸を見る。蓄えを確かめる。病人の増え減りを書く。


「何も起こらぬ年にも、病の備えを」


「はい」


「費えが、かかりまする」


「はい」


「何も起こらぬ年にも、でございますぞ」


「はい」


 且元は、深く、息を吐いた。


「……商人たちに話すのが、難儀にございます」


「一緒に、行きます」


 言ってから、且元の顔を見た。且元は、困ったように、首を横に振った。


「拾様がお出ましになれば、皆、断れませぬ」


「……じゃあ、行きません」


「話は、我らが」


「お願いします」


 任せる。簡単な言葉だった。難しい行いだった。


 自分が行けば、早い。自分が言えば、通る。だが、それを続ければ、また、秀頼がいなければ回らない家になる。倒れた三日の間、城は、止まらなかった。あれを、たまたまで終わらせては、いけなかった。


「病のときに、秀頼のところに集まった決め事を、町に、戻します」


 治長が、聞いた。


「どこへ」


「決まりの中へ」


 井戸をしばらく止めるかどうかは、町役と医者で決める。米を少し出すのは、蔵の役人と町年寄で決める。病人の小屋を開けるのは、病人の数が線を越えたら、ひとりでに始める。秀頼の許しを、待たない。


「拾様に、知らせる前に、動くのでござるか」


 治長が、確かめた。反対役の顔だった。


「はい」


「誤りましたら」


「あとで、直します」


「責めは、誰が」


「決まりに従って動いた人を、罰しません」


 治長は、長く、黙った。


 この男には、難しいことだった。治長は、淀殿を守るために、何でも、先回りして、確かめたがる。確かめないで動くのは、落ち着かない。


 だが、病のときには、間違えないことより、遅れないことの方が、大事なときがある。


「知らせてきた間違いを、隠した手柄より、高く、買います」


 治長は、目を閉じた。しばらくして、開けた。


「……戦場と、同じにござるな」


「戦場」


「しくじりを申せば叱られる陣では、皆が隠しまする。隠されたしくじりで、次の戦に、負けまする」


 治長は、扇を、ぱちりと閉じた。


「承知。……ただし、拙者は、反対役として、毎月、一つずつ、この決まりの穴を、申し上げまする」


「お願いします」


「穴が、なければ」


「ないとは、思えない」


 治長は、少し笑った。


 七日後、且元が、商人たちとの話から、戻ってきた。


「……まとまりましてござる」


「どうやって」


 且元は、少し困った顔をした。


「はじめは、皆、渋っておりました。何も起きぬ年に、銭を出すのか、と。そこへ、清め役の佐助が、たまたま、通りかかりましてな」


「たまたま」


「たまたま、にございます。……柄杓を持っておりました」


 嫌な予感がした。


「佐助が、申したのでございます。《旦那方。流行のとき、わしの柄杓で、手を洗うたお方が、この中に、何人おられまするか》と」


 商人の半分以上が、目を逸らしたという。


「病のさなかに、息子や娘を小屋に預けた商人も、おりました。……そこから先は、話が、早うございました」


 且元は、肩の力を抜いた。


「拾様が行かれたら、皆、断れなんだ。佐助が行ったら、皆、断らなんだ。……同じようで、違いまするな」


「うん。全然、違う」


 その日の夕方、淀殿に、呼ばれた。


 母の部屋には、北の小屋へ届けたものと同じ手拭いが、一枚、きれいに畳んで置いてあった。城から送り出す布の見本として、残してあるのだという。


「町で」


 母は、言った。


「秀頼様が、疱瘡を退けた、と、申しておるそうです」


「退けてません」


「民は、そう、思いたいのです」


「困ります」


「なぜ」


「次も、秀頼が退けると、思われます」


 淀殿は、少しだけ、笑った。


「天下人とは、そういうものです」


「なりたく、ないです」


「殿下も、はじめは、そう申されたやもしれませぬ」


 胸が、少し、冷えた。


 秀吉も、はじめから、全部を自分で決めたかったわけでは、ないのかもしれない。頼られた。当てにされた。うまくいった。また、頼られた。その繰り返しで、誰にも代われない天下人になった。


 秀頼も、同じ道の上にいた。


「母上。秀頼が病を退けた、という話を、止めてください」


「止まりませぬ」


「……じゃあ」


 考えた。英雄の話を、打ち消すだけでは、人は、聞かない。別の話が、要る。


「町の人が、町を守った、と、伝えてください。医者。産婆。井戸役。寺。看る者。清め役。運んだ人たち」


「秀頼ではなく」


「はい」


「民は、あなたの名を、求めまする」


「なら」


 言った。


「秀頼の名も、その中の、一つに、してください」


 真ん中ではなく。並んだ名の、一つとして。


 淀殿は、長く、黙っていた。畳んだ手拭いに、そっと、手を置いた。


「……難しい、望みです」


「分かってます」


「英雄に、ならぬことは」


 母は、言った。


「英雄になるより、難しいのかも、しれませぬ」


 それから、母は、付け加えた。


「わたくしの名も、その中の、一つに」


「……茶々、って、書いてありました」


「あれは、与市が、勝手に」


「消しますか」


「……消しませぬ」


 母は、扇で、口元を隠した。


 その夜、城下の知らせが、届いた。


 新しい病人、零。おかしな井戸、二つ。親を亡くした子の、引き受ける大人の決まった割合、九十四。養生方の、人の揃い具合、八十一。


 そして、数字が、開いた。


【主人公依存度 61 → 54】

【国の強さの測り方 更新】

前:敵を倒し、領地を保つ家

今:危うさのあとにも、人と決まりが残る家


 静かに、息を吐いた。


 戦に勝ったわけではない。領地を増やしたわけでもない。家康を弱らせても、いない。病人を書き留めた。井戸をさらった。親を亡くした子に、大人を三人つけた。しくじりを、知らせられる仕組みを作った。そして、秀頼が寝ている間に、城が、回った。


【本日の豊臣家滅亡確率】

94.8% → 94.1%


 生き残る家とは、滅びない家ではない。病も、飢えも、戦も、起きる。人も、死ぬ。しくじりもする。それでも、次の日に、井戸をさらう者がいる。粥を炊く者がいる。間違いを知らせる者がいる。子供の手を取る者がいる。


 家が、もう一度、動き出す。その力を持つ家のことだった。


 灯りを消そうとしたとき、見慣れない数字が、一つ、開いた。


【新しい人物が近づいています】

真田信繁

いる場所:紀伊国 九度山(父・昌幸とともに押し込め)

軍略 97

後の世で語り草になる度合い 82%

会うまで およそ九十日


 目を、閉じた。


 真田信繁。前の世では、真田幸村の名で、誰もが知っている男。大坂の陣で、徳川の本陣に三度突っ込んだ男。そして、大坂城と一緒に、死ぬ男。


「……来ないで」


 誰もいない部屋で、呟いた。


 九度山に押し込められている男が、どうやって大坂に来るのか、分からなかった。分からないのに、数字は、減っていった。


【会うまで およそ八十九日】


「減るの、早くない!?」


 障子の外で、弥七が、びくりとした気配がした。


 病の次は、伝説の武将だった。豊臣家の帳面の、一番危うい頁が、静かに、めくられようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。