第14話 大坂へ
【豊臣家滅亡まで 残り5,963日】
年が明けて、慶長四年の正月。視界の隅の日数は、年をまたいで、容赦なく減っていた。俺は伏見の城を出て、大坂へ移ることになった。
秀吉の遺言である。秀頼は大坂城に入り、前田利家がその傅役として側に付く。家康は伏見に残って政務を見る。表向きは、幼い後継者を天下一の堅城で守るための段取りだった。
実際には、豊臣政権の重心が二つに割れる、ということでもあった。大坂に秀頼と利家。伏見に家康。どちらの城の門の前に、より多くの大名の駕籠が並ぶか。それを全員が数え始める。
出立の朝、伏見の城の大手門には、徳川家康が見送りに出ていた。
家臣を大勢連れているわけではなかった。数人の供を従えて、門の脇に静かに立っている。俺の輿が近づくと、家康は深く腰を折った。
「拾君。大坂は、伏見より風が冷とうございます。お風邪を召されませぬよう」
「……はい。いえやすも」
家康は、少し意外そうに顔を上げた。
「わしも、でございますか」
「はい。かぜ、ひかないで」
家康は、しばらく俺を見ていた。それから、目尻に皺を寄せて笑った。
「かたじけのう存じます。年寄りは、それが一番怖うございますでな」
穏やかな声だった。だが、家康の目は、俺の輿の後ろに続く利家の駕籠を、一瞬だけ追っていた。病人を運ぶための、窓を大きく開けた駕籠だった。
その一瞬を、俺は見なかったことにはできなかった。
家康が顔を上げたとき、視界の隅で、例の板がわずかに揺れた。
【人物評価:徳川家康】
表示可能な項目:健康管理 99
その他の項目:開示されていません
健康管理、九十九。
薬を自分で調合する男だとは聞いていた。天下を狙う者の数字として、最初に見せてきたのがそれなのか。この男は、たぶん、長生きで勝つつもりなのだ。
秀吉より、利家より、一日でも長く生きる。それだけで勝てる勝負があることを、この男は知っている。
笑える数字のはずなのに、背中が冷えた。
輿に乗る前、淀殿は一度だけ伏見の城を振り返った。
秀吉が死んだ城である。死を隠すために香を焚き続けた城であり、返す返すと書かれた紙が残された城でもあった。
「ははうえ」
「……参りましょう」
淀殿は、それ以上何も言わなかった。だが、輿の中で俺を膝に乗せたまま、しばらく簾の隙間から外を見ていた。城がまた一つ、背中の向こうへ遠ざかっていく。この人の人生では、城から離れるとき、たいてい誰かがその城に残されてきた。
今回、残ったのは秀吉の亡骸の記憶だけだった。それでも淀殿の指は、俺の袖を強く握っていた。
「おおさかは、もえません」
思わず、そう言った。淀殿が俺を見下ろした。
「……何ゆえ、そのようなことを」
「ははうえが、こわいかおを、しているから」
淀殿は、少しだけ笑った。そして、俺の頭に頬をつけた。
「拾が申すのなら、そうなのでしょう」
言った俺の方が、胸が苦しくなった。史実では、この城は十六年後に燃える。燃やさないために、俺はここにいる。
大坂城に入ると、利家は休む間もなく本丸の一角に詰めた。駕籠を降りるとき、側近二人に両脇を抱えられていたのを、俺は見ていた。
「としいえ、ねて」
「着いたばかりにございます。挨拶に来る者どもが、門の外に並んでおりましてな」
「ならばせる」
「並ばせておくと、伏見へ流れまする」
冗談めかした口調だった。だが本気だった。利家が大坂で客を迎えなければ、客は伏見の家康のもとへ行く。この老人は、自分の身体を門番に使っていた。
大坂での最初の夜、俺は眠れなかった。
天井が高すぎた。伏見よりもさらに金が多く、襖絵の虎がこちらを睨んでいる。父が建てた城だった。父が死ぬ前に、息子のために用意した、日本で一番大きな揺りかごだった。
乳母が寝入ったのを確かめて、俺は廊下へ出た。利家の詰める部屋には、まだ灯がついていた。
「拾様。夜歩きは、いけませぬな」
利家は、脇息にもたれて書状を読んでいた。
「としいえも、おきてる」
「年寄りは、眠りが浅うございましてな」
利家は、俺を膝の横に座らせた。それから、懐から一枚の紙を取り出した。
見覚えがあった。父が最後の夜に書いた遺言の、写しだった。
「五人の衆、頼み申し候。……この五人の中に、わしの名もございます」
利家は、紙の上の震えた字を、太い指でなぞった。
「殿下がお倒れになる少し前、わしは伏見で手を握られましてな。又左、拾を頼む、と。何度も、何度も。わしが『承知』と申しても、しばらくするとまた、拾を頼む、と」
利家は、少し笑った。
「あやつは昔から、同じことを三度言わねば気が済まぬ男でした。清洲の長屋のころから、借りた銭の話も、三度はしましたでな」
笑いながら、声が掠れた。
「わしは、あやつより先に死ぬつもりでおりました。槍働きの者は、口の達者な者より早う死ぬものと決まっておりますゆえ。それが、順番を間違えおって」
「としいえ」
「はい」
「ぼくも、たのむ。としいえを、たのむ」
利家は、きょとんとした。
「……誰に、でございます」
「としいえに。としいえを、たのむ」
利家は、しばらく俺の顔を見ていた。それから、大きな手で自分の目元を押さえた。
「親子そろって、厄介な頼み事をなさる」
その夜は、利家の部屋で眠ってしまった。目を覚ますと、利家の羽織が掛けられていた。
その夜から、利家の病状を記す紙が新しくなった。三成が作り直したのである。
表題は《前田利家公 御病状日々書》。
一番上の欄に、「御病名」とあった。空欄だった。
「ここは?」
「後に病名が定まりました折に記すための欄にございます」
「けす」
三成の筆が止まった。
「空欄ではなく、欄そのものを、でございますか」
「うん。いまは、しょうじょう。たべた。ねた。いたい。はら。あし。ねつ。べん」
曲直瀬玄朔が頷いた。
「それがようございます。名の欄があれば、皆が名を埋めたくなりまする。名を決めれば、名に合わせて治療が始まる。名が誤っておれば、病ではなく病名を治すことになりましょう」
三成は少し考え、それから紙を裏返して、新しく線を引き始めた。
「では、確かめたことと、考えたことを分けまする。同じ紙に書けば、後の者が、考えたことを確かめたことと読み違えますゆえ」
こういうときの三成は、本当に頼りになる。
欄は四つになった。観察。推定。処置。処置の後の変化。
「推定を書いた者の名も、記すべきでございましょう」
玄朔が言うと、若い侍医が青い顔をした。
「誤っておった時に、責められまする」
「責めるためではございませぬ」
三成が即答した。医師たちは、誰も信じない顔をした。三成は少し考えて、正直に付け足した。
「……少なくとも、拾様は責めぬと申されております」
自分が責める可能性は残したらしい。正直である。
「せめない。まちがいは、せめない」
俺は強く言った。
「隠したら?」
三成が尋ねる。
「それは、せめる」
医師たちが、ようやく頷いた。間違いと、隠すことを分ける。前世では当たり前に見えたことだ。だが当たり前になるまでには、どの組織でも、何度も同じ失敗が起きている。
利家が褥の上から紙を覗き込んだ。
「わしの病には、名がないのですな」
「いまは」
「名もなき病に、名もなき医師が挑むわけか」
「げんさく、なまえ、あります」
「わしにも、ございますぞ」
「なら、だいじょうぶ」
「何がでございます」
「……わからない」
利家が笑った。玄朔も笑った。三成だけが笑わなかった。
「分からぬことを、大丈夫とは申せませぬ」
やはり、この男に病室の空気を任せてはいけない。
その夜、利家が眠ったあとで、俺は一人で紙を見返した。
食べた量。眠った刻。足の腫れ。病名の欄はない。代わりに、昨日より何がよく、何が悪いかが、少しだけ見えるようになっていた。
名前がなくても、何もできないわけではない。食べられないなら食べ方を変える。眠れないなら、眠りを妨げるものを減らす。
ただ、正直に言えば、俺も病名が欲しかった。治したいからだけではない。名前のないものは、管理できない。管理できないものは、怖い。俺は、怖いから名前を欲しがっていたのだ。
【前田利家 診療評価】
確定病名 なし
症状記録精度 三十一 → 七十二
重複処方リスク 低下
確定病名、なし。間違った病名を確定するよりは、ずっとましだ。
【本日の豊臣家滅亡確率】
97.0% → 97.3%
城が二つに分かれると、確率まで割れるらしい。
問題は病室の外だった。
翌朝、利家の枕元には、面会を求める者の名を書いた紙が三枚あった。大名、奉行、使者、公家の使い。昨日だけで、二十人を超えている。
利家は、その紙を見て、満足そうに頷いた。
「伏見より、多うございますな」
その顔色は、昨日よりも悪かった。




