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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第三章 江戸という鏡

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133/169

第133話 認めたくない才


【豊臣家滅亡まで 残り3,889日】


 家康が、優れている。


 それは、もう、分かっていた。


 分かっていたが、認めたくはなかった。


 わけは、簡単だった。敵だからだ。


 人は、敵のしくじりを喜ぶ。敵の弱みを探す。敵が、たまたま勝ったと思いたがる。


 前の世でも、同じだった。張り合う会社がうまくいくと、「運がよかった」「市場が伸びただけ」「広告に金をかけただけ」と言い続ける会社があった。そういう会社は、学ぶ機会を、失った。そして、負けた。


 分かっている。だが、気持ちは、別だった。


 家康は、父が死んだあと、豊臣の威光を奪った。三成を追い詰めた。大名たちを従えた。将軍になった。


 そして、俺は、この先を知っている。十年あまり先の、燃える大坂城まで。


 その男を、優れていると、認める。


 不快だった。


 そんなとき、家康から、一通の書状が届いた。


 《大坂の病人の書き留め、江戸にて試した》

 《宿場三か所にて、熱のある者の足止めを、早く掴めた》

 《ただし、旅人が病を隠すこと、多し》

 《罰を恐れぬ仕組みが、要る》


 最後に、一行。


 《豊臣の工夫、役に立った》


 その一行を、何度も読んだ。


 家康が、豊臣の決まりを、認めた。自分の手柄に、しなかった。


 思っていなかったことだった。


 淀殿に見せると、母は、鼻で笑った。


「油断させるためでしょう」


「……かもしれません」


「ならば、喜ぶ要は、ございませぬ」


「でも、役に立ったのは、本当です」


 淀殿は、俺の顔を見た。


「……家康を、褒めたいのですか」


「褒めたいわけじゃ、ありません」


「同じことです」


 違う。……いや、少しだけ、同じかもしれなかった。


 返書を、三つ、書いた。


 一つ目。《当然である》


 感じが悪かった。三成なら、書きそうだった。


 二つ目。《御採用、ありがたく存ずる》


 下手に出すぎていた。


 三つ目。《試した結果を、分けていただきたい。大坂の決まりも、改める》


 これだった。敵からも学ぶ。相手にも学ばせる。勝ち負けにしない。


 ひと月後、江戸から、細かい知らせが届いた。


 旅人が、病を隠すわけ。宿代。足止め。仕事の遅れ。村での扱い。役人への恐れ。


 わけは、医の話だけではなかった。暮らしと、決まりの話だった。


 大坂の養生の係に、知らせを回した。熱のある者を届け出た宿には、費えを少し補う。病人本人は、罰しない。治ったあとの通り手形を出す。


 家康の指摘で、豊臣の決まりが、よくなった。


 悔しかった。だが、救われる人は、増える。ならば、気持ちは、あと回しだった。


 返書を出した夜、小野が、三つの下書きを見て、言った。


「……若殿。一つ目は、治部様のお書きになりそうな文でございますね」


「……わかる?」


「わたくし、治部様の文を、何十通も取り次ぎましたゆえ」


 小野は、一つ目の下書きを、指でなぞった。


「治部様の文は、いつも、当然である、から始まりました。……そして、いつも、最後に、一行だけ、丁寧でございました」


「……最後に」


「はい。《御身、お大事に》と」


 知らなかった。三成の文の最後の一行を、俺は、一度も読んでいなかった。取り次ぎの小野だけが、知っていた。


 数日後、本多忠勝が、また大坂に来た。


「上様が、若殿の返書を、喜んでおられました」


「将軍様が」


「はい」


「どうしてです」


 忠勝は、少しだけ、笑った。


「上様の見落としを、責めずに、直させたゆえ、と」


 嫌な予感がした。


「……将軍様、試したんですか」


「さて」


 忠勝は、答えなかった。


 家康。本当に、面倒くさい。


【人物評価:徳川家康】

新規表示:学ぶ力 98/人の案を取り入れる力 87/手柄を独り占めしたい心 64


 最後の数字は、人間らしかった。全部が完璧なわけではない。それでも、高かった。


 自分の数字も、開いた。


【豊臣秀頼(拾)】

敵の案を取り入れる力 72

気持ちの上での抵抗 81


 気持ちの抵抗の方が、高かった。数字は、正直すぎた。


「……忠勝殿」


「は」


「将軍様に、伝えてください」


「何と」


「大坂でも、江戸の帳面を、参考にした、と」


 忠勝は、少し、驚いた顔をした。


「……よろしいのでございますか」


「本当のことです」


「豊臣の家来衆が、嫌がりましょう」


「嫌がると思います」


 俺も、嫌だった。


 だが、認める。敵が優れていることを。優れた敵から学べることを。そして、学んだからといって、従うわけではないことを。


「敵を低く見る方が、豊臣を、危なくします」


 忠勝は、深く頷いた。


「……上様も、同じことを、申されまする」


「また、将軍様と、同じですか」


 頭を抱えた。嫌だった。とても、嫌だった。


 だが、いい判断は、敵か味方かで、変わらない。


 忠勝が帰る前、千姫が、廊下の角から、そっと顔を出した。忠勝を見て、目を丸くした。


「……大きい」


 忠勝は、膝の痛みをこらえて、千姫の前に、しゃがんだ。


「姫様。平八郎にございます。姫様がお生まれになった年、伏見で、一度、お目にかかりました」


「……覚えておりませぬ」


「赤子でございましたゆえ」


 千姫は、忠勝の顔を、じっと見ていた。それから、恐る恐る、手を伸ばして、忠勝の、白くなりかけた鬢に、そっと触れた。


「……おじいさまと、同じ色」


 忠勝は、しばらく、動かなかった。


「……左様で、ございまするな。上様と、同じ色に、なり申した」


 忠勝が帰ったあと、千姫は、しばらく、自分の指を見ていた。


「……殿。おじいさまは、いつ、白うなられたのでございますか」


「わからない。俺が五つのときには、もう、少し白かった」


「わたくしが大坂に来るとき、おじいさまは、泣いておられませなんだ」


 千姫は、指を握った。


「……泣いておられぬのに、手が、震えておられました」


 家康が、門で手を振ったときと、同じだった。


「おじいさまは、泣かぬお方でございますか」


「……泣いたことは、あるそうです。三度」


 鳥居元忠の話を、千姫にするのは、まだ早い気がした。


 千姫は、その夜、忠勝の鬢の色の話を、祖父への文に書いたらしい。


 ひと月後、家康から、千姫宛ての返事が届いた。千姫は、それを、俺に見せに来た。


 《平八郎も、わしも、白うなった。姫が大きゅうなる分、年寄りは白うなる。釣り合いじゃ》


 千姫は、その文を、二頭の木馬の間に、そっと挟んだ。


 俺は、その文を、しばらく見ていた。家康の字は、昔、将棋のあとに見た字と、同じだった。少しだけ、震えていた。


 敵の手が震えているのを見て、喜ぶべきなのか。悲しむべきなのか。


 家康が年を取れば、豊臣家が生き残る見込みは、上がるのかもしれない。だが、この先を知っている俺には、分かっていた。家康は、自分の震える手を、誰よりも先に、数えている。そして、震えが止まらなくなる前に、片付けておくべきものを、片付けようとする。


 大坂の城は、その片付けるものの中に、入っている。


 数字に出ない震えを、俺は、数え始めていた。敵の老いを数える自分が、少しだけ、嫌だった。


 嫌だったが、数えるのを、やめられなかった。数えなければ、備えられない。三成が、長盛が、与市が、そう教えてくれた。


【徳川家康への見方】

危うい敵 → 危うくて、学ぶ値打ちのある敵


 たった一行だった。だが、俺にとっては、大きな負けだった。そして、要る育ちだった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

94.7% → 94.6%


 その夜、治長が、報告に来た。


「拾様。江戸の帳面を参考にした、と、忠勝殿にお伝えになった件。……家中に、もう、広まっておりまする」


「……早い」


「文句が、十一件」


 治長は、紙を差し出した。


「それと。……よう言うた、という声が、四件」


 四件。少なかった。だが、零ではなかった。


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