第132話 毒の甘いところ
【豊臣家滅亡まで 残り3,919日】
徳川家は、なぜ強いのか。
答えを一つにすると、間違える。
領地が広い。家臣が多い。家康が有能。街道を押さえている。関東の土地に、伸びしろがある。どれも、正しい。だが、それだけではない。
江戸から届いた帳面と、忠勝の話を書き留めた帳面と、秀忠の書状を、一つの部屋に並べた。
集めたのは、片桐且元。大野治長。勘定見習いの与市。蔵の役人。町年寄。そして、淀殿。
「……徳川を、真似るのですか」
淀殿は、初めから、機嫌が悪かった。
「いいところだけ、です」
「毒にも、甘いところは、ございます」
「毒かどうか、確かめます」
淀殿は、俺の前の帳面を、見た。
「では、申してみなさい」
立ち上がった。十の子供が立ち上がっても、座っている大人たちより、少しだけ背が高くなるだけだった。
「徳川の強さは、将軍様の力だけじゃ、ありません」
一枚目の紙を、持ち上げた。
「役目。誰が米を集めるか。誰が蔵を確かめるか。誰が道を直すか。誰が、最後に責めを負うか」
豊臣家では、秀吉が全部決めていた。徳川家では、役目として、分けられ始めている。
二枚目。
「知らせ。同じ形で、知らせる。量。日付。係の者。差。おかしなところ」
知らせの形が揃っているから、比べられる。
三枚目。
「運ぶこと。道と、川と、宿を、ばらばらに見ていない」
街道。川。橋。渡し。宿場。蔵。馬の継ぎ立て。一つの流れとして、見ている。
四枚目。
「しくじり。負けたわけを、人の首だけで、終わらせない」
係の者を罰して、それで終われば、次も同じしくじりをする。徳川は、決まりを変える。
五枚目。
「跡継ぎ」
そこで、少し、止まった。
「……まだ、出来上がっていません」
淀殿の眉が、上がった。
「徳川にも、欠けたところが、あるのですか」
「あります」
「何です」
「将軍様が、秀忠殿に、本当に任せられるか、です」
部屋に、小さな笑いが起きた。淀殿だけは、笑わなかった。
「……それは」
母は、言った。
「豊臣にも、同じでしょう」
刺さった。
父の影。家来たちの比べ合い。母の望み。そして、俺自身の、この先を知っているということ。豊臣も、秀吉から、仕事をちゃんと受け取れていない。
「……はい。だから、徳川を、笑えません」
評議の半ば、且元が、聞いた。
「拾様は、徳川の仕組みを、全部、取り入れるおつもりで」
「いいえ」
「なぜ」
「豊臣と徳川は、違うからです」
徳川。広い領地。村。武士団。街道。江戸。
豊臣。大坂。港。商人。銀。寺。朝廷との近さ。
同じ決まりを入れても、同じ実がなるとは、限らない。
「真似るのは、帳面の形じゃ、ありません。何を見落とさないために、帳面を作ったのか。その考え方です」
町年寄が、頷いた。
「ならば、大坂には、大坂の帳面が、要りまするな」
「その通りです」
米だけではない。銀。船の荷。蔵。職人。人の数。病人。火事。大坂の強さを、大坂のやり方で、見えるようにする。
淀殿が、腕を組んだ。
「……つまり」
「はい」
「徳川が強いから、徳川になるのではない」
「はい」
「徳川が、自分たちの強さを、仕組みにしたことを、学ぶ」
「その通りです」
母は、しばらく、考えていた。
「……では、豊臣の強さは、何です」
問いが、来た。
前なら、威光と答えた。秀吉の名。金銀。有力な大名たち。だが、今は、違った。
「人と物が、集まることです」
俺は、答えた。
「大坂に来れば、売れる。買える。運べる。学べる。病を診てもらえる。仕事が見つかる」
「戦うためでは、なく」
「生きるために、人が集まる場所に、します」
淀殿は、俺の顔を、見ていた。
「……それが、豊臣の、天下ですか」
天下。
少し、迷った。
「……天下じゃ、なくても、いいんです」
部屋の空気が、止まった。
危うい言葉だった。豊臣の跡継ぎが、天下を求めない。多くの家来にとって、それは、父を否定することに聞こえる。
だが、淀殿は、怒らなかった。
ただ、悲しそうに、言った。
「……まだ、早い話です」
それ以上は、言わなかった。
評議の終わりに、町年寄が、ぽつりと言った。
「拾様。……手前の家は、太閤様の大坂の普請のとき、河内から出て参りました。職人の口があると聞いて」
「……うん」
「それから四十年。手前の孫は、大坂で生まれて、大坂しか知りませぬ。……孫にとっては、ここが、生まれた町でございます」
町年寄は、深く頭を下げた。
「天下の町でなくとも、ようございます。孫の町で、あってくだされば」
評議のあと、治長が、廊下で、俺を呼び止めた。
「……拾様。御方様に、鯉の餌を、一度に投げすぎでございます」
「……ごめん」
「拙者が、少しずつ、と申し上げましたのに」
治長は、溜め息をついた。それから、少しだけ、笑った。
「されど、御方様は、お怒りになりませなんだ。……前なら、扇が飛んでおりました」
町年寄の言葉を、評議の書き留めの最後に、そのまま書かせた。
《天下の町でなくとも、孫の町で》
淀殿は、その一行を、黙って読んでいた。読み終えて、筆を取った。そして、その横に、小さく書き足した。
《わたくしの孫も》
まだ、生まれてもいない孫だった。俺は、十だった。千姫は、七つだった。
淀殿は、書いたあとで、自分でも驚いたような顔をして、筆を置いた。
「……消しなさい」
「消しません」
「……消しなさい」
「書き留めは、消さない決まりです」
淀殿は、扇で顔を隠した。耳が、赤かった。
その夜、与市が、評議の書き留めを清書していて、淀殿の書き足しの行で、手を止めたという。
治長から、あとで聞いた。
「……与市が、拙者に聞きましてな。この一行は、清書に入れてよいものか、と」
「……なんて、こたえたの」
「入れよ、と。御方様の書き足しは、書き留めの一部じゃ、と」
治長は、少しだけ、得意そうだった。
「与市は、震える手で、書き写しておりました。……わたくしの孫も、と」
清書された書き留めは、翌朝、淀殿の部屋にも、写しが届けられた。
淀殿が、それをどうしたのかは、知らない。だが、その日の昼、淀殿付きの侍女が、台所に、赤飯を炊くよう言いつけたという。何の祝いでもない日だった。
赤飯は、夕餉に出た。千姫が、嬉しそうに食べていた。
「今日は、何のお祝いでございますか」
淀殿は、答えなかった。黙って、自分の赤飯を、千姫の椀に、少しだけ分けた。
千姫は、首をかしげながら、それも食べた。
その夜、治長は、夕餉の赤飯の数を、帳面に書かなかったという。何の祝いか、書けなかったからだ。
翌朝、治長は、帳面の端に、ようやく一行だけ、書き足した。
《赤飯 理由不明》
不明と書く決まりが、こんなところでも、守られていた。
治長が書いた「理由不明」の横に、誰かが、小さく書き足していた。《わかる者には、わかる》。字は、与市のものだった。
【徳川家】
家としての強さ S
将軍一人に頼る度合い 61%
【豊臣家】
家としての強さ C
太閤の遺したものに頼る度合い 73%
徳川も、出来上がってはいない。豊臣より、先を走っているだけだった。
ならば、追いつける。ただし、同じ道を走る要は、ない。
新しい帳面の表紙に、題を書いた。
《大坂の町を回す帳》
最初の項目。
人は、何のために、大坂に来たのか。
【本日の豊臣家滅亡確率】
94.9% → 94.7%
その夜、淀殿の部屋の前を通ると、中から、声がした。
「……秀頼」
「はい」
「天下でなくても、よい、と申しましたね」
「……はい」
障子の向こうで、長い沈黙があった。
「……殿下が、聞かれたら、何と申されたか」
「……わかりません。根拠が、ないので」
障子の向こうで、小さく、笑う声がした。
「……それも、そうですね」
灯りが、消えた。




