第125話 二年と、一頭の木馬
【豊臣家滅亡まで 残り4,219日】
二年が、過ぎた。
その二年の間に、いくつものことが、起きた。
前田玄以が、死んだ。寺と町の係を、最後まで手放さなかった。死ぬ前の日にも、城下の井戸の浚えの書き付けに、印を押していたという。
増田長盛が、城を去った。関ヶ原のとき、奉行として、あの十三箇条に名を連ねた。家康は、それを忘れていなかった。領地を召し上げられ、遠い国へ預けられることになった。
発つ前の日、長盛は、秤を一つ、俺の部屋に置いていった。堺の秤に合わせた、勘定所の一つ目の秤だった。
「拾様。……拙者の間違いも、書き残してくださいませ」
三成と、同じことを言った。長盛は、深く頭を下げて、それきり、戻ってこなかった。
慶長八年の春、家康が、征夷大将軍になった。
知らせは、朝の膳の前に届いた。淀殿は、その紙を読んで、何も言わずに、膳に手をつけた。箸を持つ手が、一度だけ、止まった。それから、いつもより、ゆっくりと食べた。
天下を治める者の名が、公に、豊臣から徳川に移った。
【本日の豊臣家滅亡確率】
95.2% → 95.8%
将軍宣下の知らせのあと、治長が、夜、一人で俺の部屋に来た。
「拾様。……御方様が、お眠りになれぬようで」
「……いって、いい?」
「今宵は、おやめくださいませ。拙者が、朝までお側におりまする」
治長は、それだけ言って、戻っていった。
翌朝、淀殿は、いつも通り、朝の挨拶に来た。目が、少し赤かった。
「秀頼。……将軍とは、武家の頭でございます。天子様の次に偉い、というわけでは、ございませぬ」
母は、自分に言い聞かせるように、そう言った。
「豊臣は、関白の家。……それを、忘れてはなりませぬ」
「……はい」
関白の家。父が朝廷から受けた位。その位を、豊臣家が、もう一度受ける日が来るのかどうか。母は、それを、毎晩数えているのだろうと思った。
そして、その年の夏、千姫が、大坂に来た。
家康の孫。秀忠の娘。七つだった。太閤が生きていた頃に決めた約束の通りに、豊臣秀頼の妻として。
輿が大坂城の門をくぐるのを、本丸の窓から見ていた。小さな輿だった。中の人は、もっと小さいのだろうと思った。
輿から降りた千姫は、思ったより、ずっと小さかった。そして、泣いていなかった。唇を、きゅっと結んでいた。泣かないと、決めてきた顔だった。
俺は、自分の部屋の奥から、木馬を一頭、出してきた。昔、家康から贈られた木馬だった。六つの誕生日に、本物の馬と一緒に届いた、あの木馬の、前の木馬。五つのときに、伏見から届いたものだった。背中の塗りが、ところどころ剥げていた。
千姫の前に、置いた。
「……これは、何でございますか」
千姫は、木馬と俺を、何度も見比べた。
「あなたの、おじいさまから、昔、もらったものです」
千姫は、木馬の背中を、そっと撫でた。
「……おじいさまの」
「ええ。大坂にも、おじいさまのものが、一つくらい、あった方がいい」
千姫は、結んでいた唇を、ほんの少しだけ、ほどいた。泣かなかった。代わりに、小さく、笑った。
千姫の後ろで、付いてきた江戸の侍女たちが、揃って目を見開いていた。
その夜から、木馬は、千姫の部屋に移った。
【人物評価:豊臣秀頼(拾) 更新】
年齢 10
長文発話 可 → 流暢
主人公依存度 58 → 54
新しく守るもの 千姫
十になった。舌が、思う通りに動くようになった。長い言葉も、言えるようになった。代わりに、子供だから、という言い訳が、少しずつ、使えなくなってきた。
二年の間に、大坂信用座は、預かる金を四倍に増やした。船着き場の帳面の「救うた者」は、大水が一度あって、零から、三百十二になった。あの若い侍は、その数を、自分の字で書き入れた。字は、まだ下手だった。
焼き味噌の太郎は、台所の頭になった。干し柿の太郎は、試し帳の係になった。寺の小僧は、十五になって、勘定所の見習いになった。長盛が残していった秤で、毎朝、銀を量っていた。
そして、その年の冬、江戸から、一通の書状が来た。
差出人は、徳川家康。
《千姫の様子を、案じておる》
それだけなら、祖父から孫娘への便りだった。だが、最後に、一行、足されていた。
《折あらば、江戸の普請を、御覧に入れたい》
三度、読んだ。
招き。見せびらかし。見張り。脅し。あるいは、全部。
家康は、一つの行いに、いくつもの意味を持たせる。そこが、嫌いだった。そして、うまかった。
「行かぬ方が、よい」
淀殿が、すぐに言った。
「江戸へ入れば、人質も同然です」
「千姫は、大坂にいますよ」
「だからといって、あなたまで江戸へ行く要は、ございませぬ」
正しかった。母は、危うさを見つけるのが、早い。
だが、見たいものがあった。家康の帳面。徳川家の仕事の分け方。江戸の普請。街道。蔵。人の流れ。
敵が強いわけを、知らないまま恐れるのは、一番まずいことだった。
「江戸へは、行きません」
淀殿の肩が、少し下がった。
「ただし」
肩が、戻った。
「徳川家の帳面を、見せてもらいます」
「……どうやって」
「向こうが見せたいものを、見せてもらいます」
ひと月後、江戸から、徳川家の勘定方が、大坂に来た。
名は、大久保長安。金山。街道。宿場。年貢。普請。いくつもの仕事に関わる男だった。三成の札の地図を作ったとき、写しの一つに関長安と誤って書かれていて、三成が朱で直した、あの名だった。
【人物評価:大久保長安】
算用 96
金山を回す力 98
仕事を広げたがる心 99
見張りを受け入れる力 41
最後の数字が、怖かった。できる事業家ほど、見張りが要る。
長安は、木の箱を三つ、運び込ませた。
一つ目、米の出入り。二つ目、街道の普請の人足と費え。三つ目、金山の掘った量と、精錬した量。
最初の帳面を、開いた。
きれいだった。字が、ではない。項目が、揃っていた。日付。係の者。受け取った者。量。置き場。差。確かめた者。
「差、とは」
「帳面の数と、蔵にある数の違いにございます」
「違ったときは」
「わけを、書かせまする」
「わけが、分からないときは」
「分からぬ、と書かせまする」
顔を上げた。
小僧、いや、勘定見習いの少年が、少し身を乗り出した。
「……分からぬと書いた者は、罰されぬのでございますか」
長安は、答えた。
「隠した者は、罰されまする。分からぬと早う申した者まで罰すれば、次から、誰も申しませぬ」
少年が、黙った。俺も、黙った。
知らせた者を守る。徳川にも、似た考えがあった。家康は、この先のことなど、何も知らない。だが、しくじりを隠させない仕組みを、自分の経験から作っていた。
悔しかった。
「徳川家では、全部、この形ですか」
「いいえ」
長安は、すぐに答えた。
「まだ、揃うてはおりませぬ」
意外だった。
「揃っていないものを、なぜ、見せるのです」
「将軍様が、申されましたゆえ」
長安は、家康の言葉を伝えた。
「出来上がった帳面だけを見せれば、秀頼公は真似できぬ。途中の帳面を見せれば、どこでしくじったかも、分かる、と」
嫌な顔をしたと思う。
家康は、俺が学ぶことまで、勘定に入れている。
【本日の豊臣家滅亡確率】
95.8% → 95.7%
その夜、長安の帳面を、遅くまで読んだ。千姫が、木馬を抱えて、部屋の入口からのぞいていた。
「……おじいさまの、帳面でございますか」
「ええ」
「おもしろうございますか」
「……おそろしい」
千姫は、首をかしげた。それから、木馬を、俺の文机の横に、そっと置いていった。
「おじいさまの馬も、一緒に、読みまする」
千姫が去ったあと、木馬の背中を撫でた。剥げた塗りの下から、古い木目がのぞいていた。




