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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第二章 堺と銀

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第120話 固いパン


【豊臣家滅亡まで 残り5,119日】


 南蛮人との会談の翌朝、朝餉の膳に、見覚えのある塊が載っていた。


 茶色い。丸い。そして、昨日の記憶どおり、硬そうだった。


「……きのうの、ぱん?」


「はい。昨日の南蛮人より献じられた残りにございます」


 且元が、答えた。


 昨日の外交の席で、俺も治長も、酸っぱくて硬いそのパンを齧った。お口に合うかと問われ、二人して、美味いと嘘をついたのだった。


 パン。前の世では、朝の救いの神だった。バターを塗って、珈琲と一緒に。会議に遅れそうな朝でも、片手で食べられる。


 ようやく再会した味は、昨日のひと齧りで、思い出とは別物だと知った。なのに、今朝も膳に載っている。外交は終わった。今日は嘘をつかなくてもよい。


 両手で、持った。


 昨日より、重く感じた。


 嫌な予感がした。


 もう一度、噛んだ。


 歯が、また負けた。


「……拾様?」


「これ、たべもの?」


「南蛮の者は、毎日、食すそうでございまする」


「まいにち、はを、きたえてるの?」


 侍女が、袖で口元を押さえた。


 治長が、真顔で言った。


「……湯に浸せば、柔らこうなる、とのことにございます」


 それは、パンではない。非常の食べ物だ。


 湯に浸した。今度は、酸っぱかった。前の世の食パンでは、なかった。


 通詞を、呼んだ。


「さとうは、いれないの」


「砂糖は、高うございまする」


「たまごは」


「入れるものも、ございます」


「ちちは」


「牛の乳を、使う国もございまする」


 周りの家来たちが、一斉に、顔をしかめた。牛の乳を飲む者は、この国には、ほとんどいない。


「……拾様は、南蛮の食べ物に、ようお詳しゅうございますな」


 且元が、探るように言った。


 まずかった。七つの子供が、パンの作り方に詳しすぎる。


「……きのう、きいた」


「昨日は、火薬と銀の話でございました」


 覚えのいい家来は、時々、困る。


 話を変えた。


「この、ぱん。ふねで、なんにち、もつの」


「乾かせば、長う持ちまする」


 なるほど。味ではない。長く持つ。持ち運べる。火を使わずに食べられる。兵糧。船乗りの食べ物。飢饉の備え。


 そこで、自分の悪い癖に、気づいた。懐かしい味を求めていたはずなのに、たったいま、それを兵糧の話に変えている。前の世で、働きすぎて死んだのに。何も、学んでいない。


「……朝から、何をなさっておるのです」


 淀殿が、入ってきた。


「なんばんの、たべものを、しらべてる」


 淀殿は、パンを手に取った。少しだけ、端を噛んだ。眉を寄せた。


「固い」


「だよね」


「捨てなさい」


「ながもち、する、から、つかえる」


「食べる者が歯を失えば、兵には、なりませぬ」


 正しかった。


 結局、台所に試させることになった。台所の頭の料理人と、焼き味噌の太郎と、干し柿の太郎が呼ばれた。


 小麦の粉。湯。少しの砂糖。卵。油。種。いくつかの組み合わせを、試した。


 俺は、作り方を、正しくは知らなかった。前の世でも、パンは、買う側だった。知っていることと、作れることは、違う。


 試しの一つ目は、膨らまなかった。二つ目は、焦げた。三つ目は、中が生だった。四つ目は、酸っぱかった。


 料理人の顔から、少しずつ、自信が消えていった。


「……申し訳、ございませぬ」


「あやまらなくて、いい。しっぱいを、かきのこして」


 料理人が、固まった。


「……しくじりを、でございますか」


「つぎに、おなじ、しっぱいを、しないため」


 しくじった者を叱るのは、簡単だ。しくじりを書き残させるのは、難しい。書けば、自分の咎を認めた証になる。だから、隠す。


 俺は、紙に書かせた。粉の量。湯の熱さ。寝かせた時。焼いた時。できたもの。


 《南蛮ぱん 試し書き》


 豊臣家の立て直しの正式な書き物の隣に、パンのしくじりの書き留めが、積まれていった。


 翌日、増田長盛が、その束を見つけた。


「……これは、何の帳面でございまするか」


「たべものの、しらべ」


「費えに対して、何が得られまするか」


 長盛は、一枚ずつ、読んでいった。


「……試しの四つ目、砂糖を使いすぎておりまする」


「あじは、いちばん、よかった」


「兵糧に、砂糖を使うおつもりで」


「こども、むけ」


「目当てが、変わっておりまする」


 返す言葉が、なかった。


 長盛は、紙の束を閉じて、ぽつりと言った。


「……治部殿が見られたら、同じことを申されましたろうな」


 長盛は、そう言ってから、少しだけ、目を伏せた。


 その日の昼、正則が、城に上がってきた。関ヶ原のあと、安芸の国を与えられて、広島へ移る途中だった。


 試しのパンを、一つ、齧った。


「……ははっ! 戦場で、敵に投げれば、石の代わりになりますな!」


「なげないで」


「濡れれば、使えぬか」


「つかいかたを、かんがえないで」


 正則は、腹を抱えて笑った。笑いながら、二つ目を齧っていた。


 結局、柔らかい菓子のパンは、できなかった。


 だが、薄く焼いた、長持ちする小麦の餅と、乾かした船乗り用のパンが、できた。うまくはない。だが、長く持つ。水で戻せる。量を揃えられる。


 台所の試し帳には、皆の見立てが並んだ。


《持ち運べる食べ物の試し》

日持ち よい

腹持ち まずまず

味 よくない

歯ごたえ 石のよう


 最後の項目を書き足したのは、正則だった。自分で齧って、確かめた結果らしい。


 正則は、帰る前に、俺の前に膝をついた。


「拾様。広島は、遠うございまする。次に上れるのは、いつになるか」


「……うん」


「拾様。あのときの、お約束は、守れましたかな」


「せきがはらで、みつなりに、めしを、くったか、って、きいたね」


「……あれしか、申せませなんだ」


「それで、よかった。かたなより、さきに、ことばが、でた」


 視界の端に、俺だけが見られる数字が浮かんだ。


【人物評価:福島正則】

感情制御 27 → 28


 正則は、もちろん、その数字を知らない。だから、俺は数を告げずに頷いた。


 正則は、しばらく黙っていた。それから、大きな手で、俺の頭を、ぐしゃりと撫でた。


「……あれは、腹が減っておっただけじゃ。わしの」


 昼過ぎ、台所で、試しの六つ目を焼いた。


 料理人は、今度は、しくじりを先に書いてから、焼いた。


 《六つ目の見込み たぶん、固い》


 焼き上がった。固かった。


「……あたった」


 料理人が、少しだけ、胸を張った。


「しくじりを、当てるのでございますな。……当たると、妙に、嬉しゅうございます」


 見込みを書いて、当たったか外れたかを確かめる。前の世なら、仮説と検証と呼んだ。台所では、当たり外れと呼ばれるようになった。


 長盛は、その日、試しの書き留めの束に、一枚、表紙をつけていた。


 《台所 試し帳》


 長盛の字だった。


「……ながもりも、ぱん、すき?」


「好きではございませぬ」


 長盛は、真顔で言った。


「されど、しくじりを書く者が出たのは、城が始まって以来でございまする。……それは、残さねばなりませぬ」


 表紙の裏に、小さく、書き添えてあった。


 《治部殿に 見せたかった》


 その日の夕方、淀殿が、台所の試し帳を、ちらりとのぞいていったと聞いた。


「干し柿を入れてみなさい」と、一言だけ、料理人に言って、帰っていったという。


 料理人は、それを、試し帳の「次の見込み」の欄に、書き留めた。《御方様の御案 干し柿》。


 その日のうちに、七つ目が焼かれた。干し柿入り。少しだけ、柔らかかった。


 料理人は、試し帳に、七つ目の見込みと、当たり外れを、並べて書いた。《見込み 柔らかい 外れ》。


 夕方、町の子供たちに、砂糖を少し塗った試しのパンを、配った。


 子供たちは、固いパンを湯に浸して、笑いながら食べた。


「うまい?」


 一人に、聞いた。


「……甘いです」


 うまい、とは言わなかった。正直な客だった。


【新しい試み】

南蛮ぱんを、国で作る

判定 保留


 ほっとした。国の命運まで、パンに背負わせるところだった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

95.3% → 95.3%


 変わらなかった。当たり前だった。


 その夜、干し柿の太郎が、試しの五つ目を、こっそり持ってきた。干し柿を刻んで、練り込んであった。


 少しだけ、柔らかかった。少しだけ、甘かった。


「……これ、かきのこした?」


「……いえ」


「かいて」


 太郎は、困った顔で、頭を掻いた。字が、書けないのだ。


「……じゃあ、おれが、かく」


 《五つ目 干し柿入り 干し柿の太郎 いちばん うまい》


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