↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第二章 堺と銀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
117/168

第117話 空の箱


【豊臣家滅亡まで 残り5,140日】


「もうけ」という言葉を、武将に説明すると、だいたい、顔をしかめられる。


 金儲け。欲。卑しい。そういう言葉が、先に浮かぶらしい。


「利を求める者は、主を替えまする」


 治長が、言った。


「ちゅうぎを、もとめる、ひとも。あるじが、まけたら、かえることが、ある」


「……同じでは、ございませぬ」


「ちがう。だから、ちがいを、しらないと、いけない」


 その日の評議には、いつもと違う顔ぶれを呼んだ。


 武士。商人。町役人。寺の算用を扱う僧。船頭。米問屋。焼き味噌の太郎は、台所の代表として、隅に座らされていた。なぜ自分がここにいるのか、まったく分からない顔をしていた。


 全員が、居心地悪そうだった。武士は商人と並んで座るのを嫌がり、商人は武士の刀の柄をちらちら見ていた。僧は数珠を握り、船頭は膝の上で、日に焼けた手を開いたり閉じたりしていた。


 俺は、机の上に、箱を三つ置いた。


 一つ目の箱には、米。二つ目の箱には、銀。三つ目の箱は、空だった。


「こめを、かう。ふねが、はこぶ。みせが、うる。ぎんが、はいる」


 米の箱から、一掴み、米を出した。船頭の前の皿に置いた。船頭が、それを、米問屋の前に動かした。米問屋が、それを、町役人の前に動かした。町役人が、銀を一粒、米問屋に渡した。


「のこった、ぎんが、もうけ」


 治長が、腕を組んだ。


「それは、分かりまする」


 俺は、残った銀を、空の箱に入れた。


「これを、ぜんぶ、うたげに、つかう」


「……翌月は、どうなりまする」


 米問屋が、すぐに答えた。


「次の米が、買えませぬ」


 船頭が言った。


「船の繕いも、できませぬ」


「つまり、もうけは、ぜいたくの、ためだけに、のこす、かねじゃない。つぎの、あきないを、つづける、ための、よりょく」


 武士たちには、別の言葉に訳した。


「ひょうろうと、おなじ。きょう、ぜんぶ、たべたら、あした、たたかえない」


 武士たちの顔が、変わった。


 訳が、通じた。


「では、商人が儲けを多く取るほど、国は強うなると」


「かぎらない。とりすぎたら、かうひとが、いなくなる。すくなすぎたら、しょうにんが、いなくなる」


「どれほどが、よいのでございますか」


「いちりつには、きめられない」


 治長が、露骨に嫌な顔をした。俺も、同じ顔をしたかった。


 商いの答えは、いつも、一律ではない。米は腐る。船は沈む。道は止まる。戦が起きれば、値が跳ねる。豊作なら、下がる。


「ならば、商人に、任せるしか」


「それも、ちがう」


 商人は、全体のために動かない。自分の店。家族。仲間。取引の相手。そこを守る。それは、悪ではない。だが、飢饉のとき、米を高く売る方が、商人には得になる。町には、危ない。


「もうけを、ひていしない。でも、もうけ、だけにも、まかせない」


 俺は、紙に書いた。


 《平らかなとき》好きに売り買いしてよい。

 《足りないとき》蔵の米の数を知らせる。買い占めを見張る。城の蓄えを出す。

 《災いのとき》運ぶ費えを、城が助ける。


「値を、初めから、決めぬのでございますか」


 米問屋が、聞いた。


「ひくく、きめすぎたら、だれも、はこばなく、なる」


 遠くから米を運ぶ。危ない。費えがかかる。儲けがなければ、船は来ない。善意だけでは、町は食べていけない。


「……食えぬ者は、どうなりまする」


 僧が、静かに聞いた。


「あきないの、ねを、こわさずに。べつに、こめを、ほどこす」


「誰が」


「とよとみけが」


 治長が、また嫌な顔をした。


「金が、かかりまする」


「うん」


「どこから」


「あきないを、つづけるための、みんなの、ふたんから」


 年貢の上乗せ。名前を変えても、取るものは取る。商人は、すぐに見抜いた。


「……取るのでございますな」


「とる。でも、なにに、つかったか、いちねんに、いちど、しめす」


 武士たちが、ざわめいた。民に、金の使い道を示す。威光を傷つける、と感じるらしい。


 だが、説明できない金ほど、威光を壊すものはない。


 そのとき、隅に座っていた太郎が、恐る恐る手を挙げた。


「……あの。一つ、よろしゅうございますか」


 皆が、太郎を見た。太郎は、顔を真っ赤にした。


「い、いって」


「台所でも、同じでございます。毎日、少しずつ、味噌を残しておきまする。全部使えば、明日の汁ができませぬ。……それを、台所では、儲け、とは申しませぬが」


「……なんて、いうの」


「残り味噌、と」


 部屋が、一瞬、静まった。


 それから、米問屋が、噴き出した。船頭が、膝を叩いた。僧が、数珠を握ったまま、肩を震わせた。武士たちも、つられて笑った。


「……のこりみそ」


 治長だけが、真顔で、紙に書き留めていた。


 《儲け=残り味噌》


 評議のあと、僧が、残った。


「若様。……施しの米のことでございますが」


「うん」


「寺では、施しを受ける者の名を、書き留めておりませぬ。書けば、恥になると」


「……うん」


「されど、名を書かねば、同じ者が二度受け、受けられぬ者が出まする」


 僧は、数珠を指で繰った。


「恥をかかせずに、名を書く方法は、ございませぬか」


 俺は、少し考えた。


「……なまえじゃ、なくて。まちと、いえの、かずを、かく。だれ、かは、おてらだけが、しってる」


 僧は、しばらく黙ってから、深く頭を下げた。


「……名は、仏だけが知る、と。そう、いたしましょう」


 米問屋は、帰り際に、太郎の肩を叩いていった。


「台所の兄さん。残り味噌の話、うちの店でも使わせてもらうぞ」


 太郎は、真っ赤になって、頭を下げた。台所から出たことのない男が、町の米問屋に、肩を叩かれた。


 評議の終わりに、三つの箱を、もう一度見た。米。銀。空。


 空の箱は、無駄ではない。何も入っていないから、次に入れられる。余り。備え。逃げ道。


【豊臣家の財】

持っている物 S

続けて入る物 C

出ていく物が読める度合い D


【儲けという考えが通じた割合】

武士 11%

商人 94%

台所 100%


「……いまの、はなし、わかった?」


 治長に聞いた。


 治長は、少し考えてから、答えた。


「……兵糧と、残り味噌の話としてなら」


 十分だった。


 儲けとは、奪う金ではない。明日も続けるために、今日、残しておくものだった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

95.6% → 95.5%


 評議のあと、治長が、紙の束を持って、俺の部屋に来た。


「拾様。《儲け=残り味噌》の件、御方様にお伝えいたしましたところ」


「……なんて」


「大層、お笑いになりました。……それから、奥の女房衆にも、残り味噌の考えを、試すと仰せで」


「……おくで?」


「奥の、衣の費えにございます。毎年、全部使い切っておりましたゆえ」


 治長は、困った顔をしていた。


「来年の分から、一割、残すと。……女房衆は、大騒ぎでございます」


 淀殿が、自分の手元から、始めたのだ。


 俺は、少しだけ、笑った。治長は、笑っていなかった。女房衆に囲まれて、文句を言われるのは、治長の役目だった。


「……はるなが、ありがとう」


「礼には、及びませぬ。……及びませぬが、女房衆の文句の数を、帳面に書いてもよろしゅうございますか」


「いい」


「すでに、四十三件でございます」


 その夜、帳面の「儲け」の欄の横に、太郎の言葉を、そのまま書き写した。のこりみそ。前の世のどの教科書より、分かりやすかった。


 治長は、その横に、小さく書き足した。《兵糧も同じ》。


 その夜、少し遅れて、台所から、汁が届いた。太郎が作ったのだという。


 味噌が、いつもより、少しだけ薄かった。


 添え書きが、一枚ついていた。台所の誰かが、太郎の言葉を書き取ったものだった。


 《本日、残り味噌を、多めにいたしました》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。