第114話 未完成の家
【豊臣家滅亡まで 残り5,160日】
立て直しの案は、三十七枚になった。
多かった。
「多すぎまする」
且元が、言った。
「おれも、そう、おもう」
「では、減らされては」
「へらした」
「これで」
「さいしょは、ひゃくじゅうに、まい」
且元が、目を閉じた。
「……治部殿に、似てこられましたな」
「それ、ほめてる?」
「半分ほど」
残りの半分が、怖かった。
豊臣家の立て直し。柱は、七つ。
一、人。誰が、何をできるか。誰が、誰を止められるか。跡を継ぐ者はいるか。
二、財。何が入り、何に出るか。誰が許すか。
三、決める。誰が、何を決めるか。期限はいつか。異はどこへ出すか。
四、城下。大坂を、戦のための町から、暮らすための町に変える。井戸。溝。市。火除け地。医者。
五、商い。米だけでなく、銀。船。為替。信用。商人と結ぶ。
六、兵。強い軍を作るのではない。勝手に戦を始められない軍を作る。兵糧。指図。集め方。解き方。
七、継ぐ。秀頼が死んでも、淀殿が死んでも、且元が死んでも、動く仕組みを作る。
評議の日、三十七枚を、七枚にまとめた。柱一本に、紙一枚。細かいことは、後ろに付けた。
三成の稽古が、効いていた。守るものから。結論から。理由は三つまで。頼みは一つ。
「とよとみけの、めあては」
俺は、言った。
「てんかを、とりもどすことじゃ、ない」
部屋が、静かになった。
危うい一言だった。
「では、何を、目指されまする」
治長が、聞いた。
「のこること」
「残る」
「ひゃくねんご、も。とよとみの、なまえが、のこる。おおさかに、ひとが、くらしてる。けらいの、こどもが、ちちの、いくさで、うえない。あるじが、しんでも、あしたの、こめが、とどく。それを、めあてに、する」
家来たちの顔は、複雑だった。小さい。地味だ。天下人の家が掲げる目当てとして、弱く見える。
だが、関ヶ原を見たあとで、誰も、笑わなかった。
「……天下は」
長盛が、言った。
「徳川殿へ、譲ると」
一瞬、詰まった。
まだ、決めていなかった。決められなかった。北政所の前でも、母の前でも、書けなかった二文字。
「いまは。てんかを、とるか、ゆずるかを、きめることを、めあてに、しない」
「……逃げでは」
「にげ」
自分で、認めた。ざわめきが起きた。
「いまの、とよとみけに、てんかの、かたちを、きめる、ちからは、ない。ある、ふりを、して、けらいと、たみを、まきこむほうが、むせきにん」
淀殿は、何も言わなかった。
北政所が、かすかに、頷いた。京へ帰る日を延ばして、この評議に座っていた。
「期限は」
玄以が、聞いた。
「さんねん」
「三年で」
「ほうこうにんの、ちょうめん。かんじょうの、あらため。きめかたの、きまり。じょうかの、いど。しょうにんとの、ひょうぎ。いくさの、きまり。あとつぎの、おしえ。……いちばん、すくない、ところまで」
「三年で、出来まするか」
「ぜんぶは、むり」
「では」
「はじめる」
また、沈黙。
出来上がるのを、待たない。できるところから、一つずつ。
「やくめを、よむ」
片桐且元。全体の取りまとめ。
増田長盛。勘定。
前田玄以。寺社と町。
大野治長。反対と、城の奥の実務。
小野。他家への文。
治長が、顔を上げた。
「……反対が、正式な役目に、ございまするか」
「だいじ」
「出世したのか、扱いにくうなったのか」
「りょうほう」
少し、笑いが起きた。
小野は、部屋の隅で、深く頭を下げていた。奥の女房が、評議の役目の読み上げに名を呼ばれるのは、初めてのことだった。
「ははうえ」
淀殿が、俺を見た。
「わたくしに、役を」
「ははうえは、もう、やくを、してる」
「何を」
「おれが、とうさまに、なろうとしたら。とめる、やく」
淀殿は、扇で、口元を隠した。笑ったのか、怒ったのか、分からなかった。
最後に、俺自身。
「拾様の、御役目は」
且元が、聞いた。
俺は、紙に書いた。
《さいごに きめる》
書いて、消した。
《ぜんぶを まとめる》
書いて、消した。
《たてなおしの せきにんしゃ》
これも、危うかった。俺がいなければ、立て直しが止まる。それでは、秀吉と同じだ。
「おれの、やくは。きげんを、きめること。やくめを、わりふること。とまったときに、なぜ、とまったかを、きくこと。それだけ」
「……それだけ」
「うん」
「最後に決めるのでは」
「さいごに、きめることを、へらす」
【豊臣家の立て直し】
始まり
期間 三年
奉公人の帳面の出来 8%
勘定が見える割合 11%
決める権がはっきりした割合 6%
大坂の城下の安全 32%
主人公依存度 61 → 58
豊臣家が残る見込み 36%
最後に、新しい表示が、出た。
【徳川家康 豊臣家への警戒】
54% → 58%
「……ふえた」
【豊臣家が、戦のあとも、家として残る意志を示したため】
「たてなおしても、けいかい、されるの」
【弱いままでも、滅びます】
「……りふじん」
【歴史です】
ひどい答えだった。
評議のあと、淀殿が、七枚の紙を、一枚ずつ、持ち帰って読んでいたと、侍女から聞いた。
七枚目の、「継ぐ」の紙の端に、淀殿の字で、小さな書き込みがあったという。
《秀頼が死んでも、とは、書くな》
侍女は、そう伝えてから、慌てて付け足した。
「……御方様は、書き込んだあとで、消そうとなさって、お止めになりました」
俺は、その紙を、見に行かなかった。見なくても、分かった。
七枚目の題を、次の日、書き直させた。
《俺が死んでも》を消して、《誰が欠けても》にした。
評議のひと月後、家康が、西の丸を出た。伏見へ移るのだという。
出ていく前の日、家康は、本丸に挨拶に来た。旅装束ではなかった。いつもの、地味な小袖だった。
「拾様。長らく、隣でお世話になり申した」
「……ううん」
「立て直しの七枚。拝見いたしましたぞ」
家康は、にこにこと笑っていた。どこから手に入れたのか。聞く気にもならなかった。
「よう、できておりまする。……一つだけ、足りませぬが」
「なにが」
家康は、笑顔のまま、言った。
「豊臣家が、何を捨てるか。それが、どの紙にも、書いてございませぬ」
北政所と、同じことを言った。
家康は、深く頭を下げて、帰っていった。
関ヶ原を止めることは、できなかった。三成を救うことも、できなかった。利家も、父も、戻らない。
それでも、残った者で、残る仕組みを作る。
豊臣家は、今日から、天下人の遺したものではない。出来上がっていない家になった。
出来上がっていないなら、直せる。
見返すと、字が、少し曲がっていた。
筆を置くと、手が、少しだけ震えていた。
【本日の豊臣家滅亡確率】
95.5% → 95.3% → 95.6%
家康が去った日の夕方、西の丸は、がらんとしていた。
淀殿と二人で、本丸の窓から、それを見た。
「……静かになりましたね」
「うん」
「隣に家康がおらぬと、少し、寂しゅうございますね」
驚いて、母を見た。
母は、真顔だった。
「毎晩、西の丸の灯りが、遅くまでついておりました。あの灯りを見て、今日も家康は起きておる、と思うて、わたくしも起きておりました。……張り合いが、なくなりました」
「……ははうえ」
「冗談です」
母は、扇で、口元を隠した。
その夜、「とよとみけが、てばなせるもの」の欄を、もう一度、開いた。家康に、足りないと言われた欄。北政所に、決めなされと言われた欄。
まだ、空白だった。
筆を取った。しばらく、紙の上で止めた。
《たいこうでんかの ごいしで ものを きめること》
一行だけ、ゆっくりと、書いた。天下ではなかった。だが、手放せるものの、最初の一行だった。
七枚の紙を閉じた。
その日、評議は、初めて、一度も、秀吉の名を出さずに、終わった。




