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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第三部「豊臣家株式会社」                                     第一章 戦後の決算

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第105話 戦後簿


【豊臣家滅亡まで 残り5,300日】


 関ヶ原の戦は、一日で終わった。


 書き残しは、ひと月経っても、終わらなかった。


「死んだ者、傷を負った者、行方の知れぬ者。……なお、数え中にございます」


 片桐且元が、読み上げた。紙を持つ手が、少し震えていた。この十日、且元は、ほとんど寝ていなかった。


「かぞえちゅう、っていう、かずを、だして」


「は」


「わからない、ひとの、かずも、わからないまま、かきのこす」


 且元は、困った顔をした。


 この時代、分からないことは、空欄になりやすい。空欄は、何もなかったように見える。だが、空欄の向こうには、帰ってこない父がいる。夫がいる。息子がいる。名も知られない荷運びがいる。


 俺は、紙を三つに分けさせた。


 《確か》《推し量り》《不明》


 三成が作った決まりだった。空欄にせず、不明と書く。


 三成がいれば、もっと速く、もっと正確にやっただろう。そう思った途端、胸の奥が、きしんだ。


 三成は、もういない。三条河原に、首が晒された。見に行った者の話は、聞かなかった。聞かないと、決めた。


 三成が残したものは、七つの箱と、この決まりだった。


「つぎ」


 且元が、次の紙をめくった。


「取り上げられた領地」


「つぎ」


「取り上げられた蔵米」


「つぎ」


「動かした兵を国へ帰す費え」


「つぎ」


「傷を負うた者の扶持」


「つぎ」


「夫をなくした女、親をなくした子への扶け」


 部屋の空気が、重くなっていった。


 戦は、勝った側が祝えば終わるものではない。帰った兵が、傷を負ったまま働けない。田畑が荒れる。借金が残る。馬が死ぬ。具足が壊れる。村から、働き手が消える。それが、何年も続く。


「いくさの、そろばんを、こめだけで、ださないで」


「では、銀で」


「ぎんだけでも、ない」


 皆が、顔を見合わせた。


「ひと」


 俺は、紙を一枚ずつ、持ち上げた。


「しんだ、ひと。はたらけなく、なった、ひと。いえを、なくした、ひと。くにへ、かえれない、ひと。まけたほうに、ついたから、どこにも、つかえられなくなった、ひと。かったほうに、ついたから、ふるさとに、もどれなくなった、ひと」


 六枚になった。


 戦の損は、蔵の帳面だけには入らない。だが、入れなければ、次の戦が、安く見える。


「拾様」


 広間の端から、声がした。


 大野治長だった。淀殿の乳母の子で、淀殿とは乳兄弟にあたる。三十を少し過ぎた、色の白い、声の柔らかい男だった。関ヶ原のあと、城の奥向きの仕事を、少しずつ任されるようになっていた。


「その帳面は、何と、名付けましょう」


「いくさのあとの、そんの、ちょうめん」


「縁起が、悪うございます」


「じゃあ、かえりの、ちょうめん」


「帰れなんだ者も、おりまする」


「……いくさのあとの、ちょうめん」


「そのままに、ございますな」


「そのままで、いい」


【人物評価:大野治長】

政務 74

奥向きの取り次ぎ 90

淀殿の気持ちを読む 95

反対を口にする力 38


 格好のいい名前をつけると、人は安心する。安心すると、忘れる。


 俺は、忘れたくなかった。関ヶ原を止められなかったことを。そして、戦を止められなかった自分が、戦のあと始末だけは、止めてはいけないことを。


 《戦後簿》


 治長が、表紙に、そう書いた。きれいな字だった。


【関ヶ原のあと始末】

死んだ者を確かめた割合 41%

傷を負った者を掴めた割合 38%

遺族に扶けが届いた割合 22%

浪人に行き先が見つかった割合 9%

戦の損の総額 算定不能


 最後だけ、数字が出なかった。


「……さんてい、ふのう」


「何か、仰せで」


「なんでも、ない。ぜんぶ、かきのこして」


「何年かかるか、分かりませぬぞ」


「なんねんでも」


 三成なら、そう言っただろう。


 俺は、三成のいない部屋で、三成の仕事を始めた。


 昼過ぎ、本丸の窓から、西の丸を見た。


 西の丸には、家康がいた。関ヶ原のあと、大坂に戻ってきた家康は、そのまま西の丸に入った。秀頼の後見として。豊臣の政の、表向きの守り手として。


 同じ城の中に、家康がいる。石垣一つ隔てた向こうで、家康が、国じゅうの大名の領地を、書き換えている。


 誰がどれだけ取り上げられ、誰がどれだけ加えられるのか。毎日、新しい噂が、城の中を走った。


「……拾様」


 弥七が、窓の下で、声をひそめて言った。


「西の丸の台所の者が、申しておりました。内府様は、毎朝、麦飯を召し上がると」


「しってる」


「それと、毎晩、遅うまで、灯りがついておる、と」


 家康も、眠っていないのだ。勝った者にも、あと始末がある。


 その日の午後、城下の寺へ行った。


 関ヶ原から逃げてきた者たちが、まだ、何十人も、本堂の板の間に寝かされていた。玄朔の弟子たちが、布を替えて回っていた。手を洗う桶が、入り口に並んでいた。


 寺の門の前に、女が一人、立っていた。三十くらいの、痩せた女だった。手に、小さな紙切れを握っていた。


「……あの。若様で、ございますか」


 弥七が、慌てて前に出ようとした。俺は、それを止めた。


「うん」


「夫の名が、帳面に、不明と書かれておると、聞きまして」


 女は、紙切れを差し出した。夫の名と、村の名と、仕えていた家の名が、仮名で書いてあった。宇喜多の家の、足軽だった。西の兵だった。


「……いきているか、しんでいるか、わからない」


「はい」


「わかったら、しらせる」


「……西の兵でも、でございますか」


「にしでも、ひがしでも」


 女は、紙切れを、俺の手に押しつけるようにして、頭を下げた。何度も、何度も。


 帰り道、弥七が、ぽつりと言った。


「……あの方の夫が、生きておられたら、よろしゅうございますね」


「うん」


「死んでおられても、どこで、どう死んだかが、分かれば」


 弥七は、それ以上、言わなかった。弥七の兄も、朝鮮から帰ってこなかったのだと、あとで知った。


 城に戻って、その紙切れを、戦後簿の「不明」の頁に、挟んだ。一枚の紙に、一人の名。不明の一つに、顔が付いた。


 夕方、淀殿が、戦後簿を見に来た。


 淀殿は、一枚ずつ、黙ってめくっていった。「不明」の字が並ぶ頁で、手が止まった。


「……この不明の、一つ一つに、名があるのですね」


「うん」


「名が分かる日は、来まするか」


「わからない。でも、ふめい、って、かいておけば、いつか、だれかが、しらべられる」


 淀殿は、しばらく、その頁を見ていた。


「わたくしの父の名も、どこかの帳面に、不明と書かれておったのでしょうか」


 答えられなかった。


 淀殿は、帳面を閉じて、治長に渡した。


「治長。この帳面は、あなたが預かりなさい。秀頼が、いつでも見られるように」


「……承知、いたしました」


 治長は、帳面を、両手で受け取った。


 夜更け、戦後簿の部屋をのぞくと、且元が、帳面に突っ伏して眠っていた。筆を握ったままだった。頬に、墨が付いていた。


 起こさなかった。弥七に、掛け物を持ってこさせた。


 且元の下敷きになった頁には、同じ村の名が、七つ続いていた。同じ村から出た七人が、七人とも、不明だった。


 且元は、その七つの名の横に、小さく、一つずつ、印を付けていた。夜が明けたら、その村に、人を出すつもりなのだ。


 その夜、新しい表示が出た。


【第三の段階に入りました】

戦を止める段階は、終わりました

戦が起きても崩れない家を、作ってください


 俺は、天井を見上げた。


「……さきに、いってよ」


 誰も、答えなかった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

96.1% → 96.0%


【豊臣家が残る見込み】

34%


 封印スキルの空欄は、その夜は、光らなかった。


 目を閉じると、寺の門の前の女の、紙切れを握る手が浮かんだ。


 代わりに、懐の干し飯の袋が、寝返りを打つたびに、かさりと鳴った。


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