↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第七章 関ヶ原

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/168

第104話 開戦


【豊臣家滅亡まで 残り5,323日】

【関ヶ原級全国内戦 発生済み】


 鉄砲の音は、大坂までは、聞こえなかった。


 それでも、戦が始まったことは、分かった。


 早馬が来る。次の早馬が来る。知らせが、食い違う。


 西が優勢。東が優勢。小早川、動かず。小早川、寝返り。大谷隊、奮戦。福島隊、突破。島左近、傷を負う。家康の本陣、動かず。


 何が本当か、分からなかった。戦場の知らせは、いつも遅い。そして、願いによって、歪む。


「拾様!」


 且元が、駆け込んできた。


「西から、傷を負った者が!」


「いれて」


「東方の者も、混じっておりまする!」


「おなじ」


「武器は」


「もんの、そとで、あずかる」


「名は」


「かきとめる。でも、おおやけに、しない」


「逃げてきた兵と、見なされまするぞ」


「いきて、もどれば、あとで、せつめい、できる」


 死ねば、説明できない。


 城下の寺に、血に濡れた者たちが運ばれてきた。槍の傷。鉄砲の傷。折れた骨。泥。吐いたもの。怯えた目。


 敵も味方も、傷口の色は、同じだった。


 玄朔が、叫んでいた。


「湯を! 布を! この者を、先に!」


 医者たちが、まず、手を洗っていた。五つのときに、城の台所で始めた、手洗いの決まりだった。桶が並び、灰汁が用意され、誰に言われるでもなく、皆、傷に触れる前に手を洗っていた。


 誰も、俺の名を呼ばなかった。


 それで、よかった。決まりは、使われるときに、作った者の名を、要らない。


 夕刻、戦の形が、固まり始めた。


 西軍、崩れる。宇喜多隊、退く。小西隊、散り散りに。大谷吉継、自刃。石田三成、行方知れず。


 俺は、机の縁を、掴んだ。


 書物の通りだった。いや、少し違った。だが、負けた。三成は、負けた。


 吉継は、崖の下で、友を受け止められなかったのだ。


 その夜から、書状が、次々に届いた。


 正則から。


 《治部を見つけても、すぐには斬らぬ》


 短かった。正則は、約束を、覚えていた。


 長政から。


 《逃れ来る者の名簿、使い始め申した》


 清正から。九州から。


 《豊臣の城には、兵を向けず》


 小さな変わり目が、戦場の外に、残っていた。


 家康からも、返書が来た。戦の前に送った書状への、返事だった。


 《誰を生かすか、承知いたした》


 それだけだった。信じていいのか、分からなかった。だが、返事は、来た。


 数日後、三成は、近江の山中で、捕らえられた。


 捕らえられて、大津に送られたとき、東の陣中で、三成を囲んだ武将たちの中に、正則がいたという。


 正則は、三成の前に立った。何か言おうとした。周りの者は、正則が罵ると思っていた。


 正則は、長いこと黙っていた。それから、一言だけ言った。


「……飯は、食うたか」


 三成は、答えなかったという。


 その横から、長政が、自分の羽織を脱いで、縄で縛られた三成の肩に、黙って掛けた。九月の終わりの、冷たい雨の日だった。


 三成が捕らえられて間もなく、輝元が、西の丸を出ていった。


 家康に、城を明け渡したのだ。戦わずに。毛利の領地は、安堵されると約束されていた。


 あとで聞いた話では、その約束は、守られなかった。毛利は、百二十万石を、三十万石余りに削られた。


 輝元は、出ていく前に、本丸に寄った。


「拾様。……臆病の、代金でござる」


 輝元は、笑おうとして、笑えなかった。


「されど、毛利の兵は、一人も、関ヶ原で死にませなんだ。……それだけは、臆病のおかげでござる」


 恵瓊は、三成と同じ日に、京の六条河原で首を斬られることが、決まっていた。小西行長も。


 輝元は、それを知っていた。


「恵瓊は、わしに決めさせまいとした。……されど、恵瓊がおらねば、わしは、何も決められなんだ」


 輝元は、深く頭を下げて、出ていった。大行列ではなかった。供は、数人だけだった。


 俺は、家康に、三成の命乞いの書状を送った。長政も、送ったと聞いた。


 家康は、断った。


「……どうして」


 使いに聞いても、答えは、なかった。


 豊臣の政に刃を向けた者を生かせば、次の乱を招く。家康の判断は、分かる。分かるから、余計に、苦しかった。


 俺は、三成に、書状を送った。牢の中へ。許される紙は、一枚きりだった。


 《みつなり

 きよまさから。いきて もどれ、と

 まさのりから。めしは くったか、と

 おれから。しなないで。めいれい》


 処刑の前日、三成から、最後の書状が届いた。


 《拾様


 拙者は、人を動かすことを、最後まで、得手とはいたしませなんだ。


 されど、拾様が、人を動かすのではなく、人が動ける道を作ろうとなされたことは、分かっておりまする。


 清正殿に、お伝えくださいませ。生きて戻れとの仰せ、承り申した。戻れませぬ。されど、その言葉は、拙者の懐の、一番奥にしまい申した。


 福島殿に、お伝えくださいませ。飯は、食い申した。頭から。刺さり申した。


 拾様の御命は、努力目標といたしまする。必達は、叶いませなんだ。お詫び申し上げまする。


 書き物を、残し申した。拙者を残す要は、ございませぬ。


 干し飯の袋は、いつか、まつ様に。空のまま。一口ずつ食べ申したと、お伝えくださいませ。


 石田治部少輔》


 視界が、にじんだ。


 利家を、救えなかった。三成も、救えなかった。俺は、また、人を救えなかった。


 だが、三成の書き物は、残った。米の帳面。家来の台帳。評議の書き留め。異を唱えた者の名。しくじったわけ。誰が、何を決めたか。嫌われながら書き続けた紙が、七つの箱に入って、豊臣家に残った。


 処刑の日の朝、京の方の空は、晴れていたという。


 三成は、刑場へ向かう途中、喉が渇いたと言った。警固の者が、湯はないから、代わりに干し柿を食えと言った。三成は、柿は痰の毒だから要らぬ、と断ったという。


 もうすぐ首を斬られる男が、体を気遣った。周りの者は笑ったという。


 俺は、笑えなかった。三成らしかった。最後まで、正しかった。


 処刑の日、大坂の城では、いつも通り、評議を開いた。


 泣く者がいた。怒る者がいた。黙っている者がいた。


 俺は、議題を読み上げた。


 一、逃れてきた者の家族を守ること。

 二、傷ついた兵の手当ての費え。

 三、取り上げられた領地から流れてくる浪人を、書き留めること。

 四、関ヶ原の戦の、収支を書き残すこと。


 三成がいたら、最初に求めただろう議題だった。


 評議が終わったあと、数字が開いた。


【関ヶ原級全国内戦阻止】

失敗


 目を閉じた。分かっていた。


 次の数字が、出た。


【豊臣家が残る見込み】

20% → 34%


 目を、開けた。


「……え」


 見間違いでは、なかった。上がっていた。


【説明】

関ヶ原は、問題の原因ではありません

豊臣家の組織の欠けが、関ヶ原を生みました

戦のあとの守りの定め/書き物の引き継ぎ/敵とみなす範囲を限ったこと/民を受け入れたこと

以上により、家が残る見込みが、上がりました


 椅子に、座り込んだ。


 戦を、止められなかった。それでも、戦のあとを、変えた。


 関ヶ原を防ぐことが、本当の目的ではなかった。関ヶ原のあとも、豊臣家が、そこにあり続けること。それが、はじめから、要ることだった。


【本日の豊臣家滅亡確率】

97.9% → 96.1%


 最後の表示が、出た。


【新たな課題を始めます】

豊臣家の組織の立て直し

診断を行ってください


 涙を拭いた。三成の書き物を、持ち上げた。


「……はじめよう」


 声が、かすれていた。


 誰も、返事をしなかった。三成は、いない。利家も、いない。


 だから、始めなければならなかった。英雄がいなくても、書き物と決まりで動く豊臣家を。


 懐の中で、干し飯の袋が、かさりと鳴った。


 空の袋と、口の紐が一度も解かれていない袋。二つとも、まだ、ここにあった。


――――――――――

【後書き】

第二部「関ヶ原を起こすな」完。

次話より、第三部が始まります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。