第5話 収納スキルの使い方
「ふぅ……。」
湖畔に吹く風が心地よい。
切り出した木材が山のように積まれ、その隣には石材や蔦まで集められていた。
もちろん、人力ではない。
「収納って、本当に便利だな。」
悠真は空中に意識を向ける。
すると、半透明の文字が浮かび上がった。
──────────
収納
・黒狼 ×1
・丸太 ×46
・石材 ×89
・蔦 ×37
・木の枝 ×112
──────────
「ゲームみたいだ……。」
思わず苦笑する。
昨日までは普通の会社員だった自分が、異世界で収納魔法を使っている。
改めて考えると、不思議な話だった。
「悠真さん!」
リーフが湖の方から駆け寄ってくる。
両手には木で編まれた籠を抱えていた。
「お昼を持ってきました。」
「ありがとう。」
籠の中には、焼いた魚と木の実、それに甘い香りのする果物が入っていた。
「今日も美味しそうだ。」
「村のみんなが作ってくれたんです。」
「お礼を言わないとな。」
二人は湖を眺めながら昼食を取る。
湖面には青空が映り、魚が時折跳ねる。
静かな時間だった。
「こういう生活、憧れてたんだよ。」
悠真がぽつりと呟く。
「そうなんですか?」
「毎日仕事ばっかりだったからさ。」
朝早く起きて会社へ行き、帰る頃には夜。
休日も疲れて寝て終わることが多かった。
「自然の中で暮らすなんて、夢みたいだ。」
リーフは優しく微笑んだ。
「きっと、この場所を選んで正解でしたね。」
「うん。」
この景色なら、何年でも飽きない気がする。
◇ ◇ ◇
食事を終えると、悠真は崩れた小屋を見回した。
「まずは片付けるか。」
柱を一本持ち上げようとして——
「重っ。」
思わず声が漏れる。
かなりの重量だ。
「収納。」
そう呟くと、柱は光に包まれて消えた。
「……そうか。」
収納は、生き物だけではなく物も入れられる。
試しに崩れた屋根や石材も収納してみる。
次々と片付いていき、ものの十分ほどで更地になってしまった。
「すごい……。」
リーフが目を丸くする。
「こんな収納魔法、見たことありません。」
「普通は違うの?」
「収納魔法自体、とても珍しいんです。」
「へぇ。」
「それに、こんなに大量には入りません。」
悠真は収納画面をもう一度開く。
まだ余裕がありそうだった。
「容量ってあるのかな。」
試しに巨大な岩へ手を向ける。
「収納。」
ゴォッ——
高さ三メートルほどの岩まで、一瞬で消えた。
「……。」
リーフは何も言えない。
(絶対に普通じゃない……。)
そう思いながらも、本人は首を傾げているだけだった。
◇ ◇ ◇
更地になった場所へ、丸太を一本取り出す。
「よし。」
手にした天照をゆっくり構える。
一振り。
二振り。
三振り。
その度に、丸太は寸分違わぬ長さに切り揃えられていく。
「えっ……。」
リーフは思わず近寄った。
すべて同じ長さ。
切り口も鏡のように滑らか。
「測ってないですよね……?」
「うん。」
「どうして同じ長さになるんですか?」
悠真は少し考えた。
「何となく?」
「何となくでできることじゃありません!」
リーフは思わず笑ってしまう。
悠真もつられて笑った。
「まぁ、身体が勝手に動く感じなんだ。」
剣術【神域】。
その力のおかげなのだろう。
だが本人には、それがどれほど異常なことなのか分からない。
◇ ◇ ◇
午後になると、基礎作りが始まった。
石を並べ、柱を立てる。
リーフも一緒に作業をするが、力仕事はほとんど悠真が担当した。
「よいしょ。」
そう言いながら持ち上げた柱は、大人三人でも運べないほどの太さだった。
「……。」
リーフは無言になる。
「どうした?」
「いえ……。」
(身体強化まで常識外れなんだ。)
もう驚きすぎて感覚が麻痺してきた。
◇ ◇ ◇
夕方。
家の土台が完成した。
「今日はここまでかな。」
悠真は大きく伸びをする。
まだ壁も屋根もない。
それでも、自分の家が少しずつ形になっていくことが嬉しかった。
「明日には柱を全部立てたいな。」
「きっとできます。」
リーフは笑顔で答える。
その時だった。
ガサガサッ——
近くの茂みが揺れる。
二人が同時に振り向くと、小さな影が飛び出してきた。
「きゅぅ!」
白くて丸い、小さな生き物。
長い耳に、ふわふわの尻尾。
手のひらより少し大きいくらいだ。
「あれ?」
生き物は悠真を見るなり、一目散に駆け寄ってくる。
そして。
ぴょん。
当然のように悠真の肩へ飛び乗った。
「きゅぅ♪」
「え?」
悠真は固まる。
リーフも固まる。
数秒後。
「えぇぇぇぇっ!?」
リーフの大きな声が湖畔に響いた。
「な、な、なんでフェルルが懐いてるんですか!?」
「フェルル?」
「森に住む精霊獣です!」
「精霊獣?」
「人には滅多に近付きません! 村長ですら触ったことがないのに!」
「そうなの?」
悠真がフェルルと呼ばれた小さな生き物を見る。
フェルルは気持ちよさそうに頬を擦り寄せてきた。
「きゅぅ。」
「……可愛い。」
その一言に、フェルルは嬉しそうに鳴いた。
リーフは呆れたように笑う。
「悠真さん。」
「ん?」
「あなた、本当に普通じゃない人ですね。」
「いや、普通だと思うけど。」
「その言葉、一番信用できません。」
夕焼けに染まる湖畔。
新しい家の土台。
肩で眠り始めた小さな精霊獣。
悠真は静かに笑った。
「賑やかになりそうだな。」
その頃、森の外れでは。
黒い外套の男――“鴉”が、静かに目を細めていた。
「精霊獣にまで認められたか……。」
その報告は、翌朝には王都へ向けて放たれることになる。
だが悠真はまだ知らない。
自分が望んだ静かな暮らしが、少しずつ世界の注目を集め始めていることを。




