第4話 初めての家づくり
朝日が木々の隙間から差し込み、小鳥のさえずりが村を包んでいた。
「……よく寝た。」
悠真はゆっくりと目を開ける。
昨日は村長・エルディアの厚意で、空いていた家を借りることになった。
柔らかな木の香りに包まれた部屋は、不思議と心が落ち着く。
「異世界で初めての朝か……。」
窓を開けると、澄んだ空気が流れ込んできた。
下では子どもたちが元気に走り回り、大人たちは狩りや畑仕事の準備をしている。
どこか懐かしい、穏やかな朝だった。
「おはようございます。」
家の外へ出ると、リーフが笑顔で手を振った。
「おはよう。」
「朝ご飯、できてますよ。」
「ありがとう。」
二人は村長の家へ向かう。
焼きたてのパンのような香りと、野菜たっぷりのスープ。
「いただきます。」
「召し上がれ。」
食事を終えると、エルディアが口を開いた。
「悠真殿、今後の予定はございますかな?」
「正直、何も決めてません。」
「そうですか。」
少し考えた後、悠真は笑って言った。
「できれば、人里から少し離れた場所で静かに暮らしたいですね。」
その一言に、リーフが目を丸くする。
「街へは行かないんですか?」
「最初はそう思ってたんだけど……。」
悠真は苦笑する。
「昨日、黒狼っていう魔物を倒しただけで、みんなあんなに驚いてただろ?」
「それは当然ですよ。」
「だったら街に行ったら、もっと面倒なことになりそうだし。」
英雄になりたいわけでも、有名になりたいわけでもない。
畑を作って、狩りをして、たまに釣りをする。
そんな生活で十分だった。
エルディアは静かに頷いた。
「でしたら、一つ心当たりがあります。」
「本当ですか?」
「この村から半日ほど北へ行った場所に、小さな湖があります。」
「湖?」
「水が豊富で、獣も比較的少ない。昔、狩人が使っていた小屋の跡地も残っています。」
「理想的ですね。」
「ただし……。」
エルディアの表情が少しだけ真剣になる。
「森の奥ですので、最低限の自衛は必要です。」
悠真は昨日の黒狼を思い出す。
「ああいうのが出るってことですよね。」
「ええ。」
「分かりました。」
(気を付ければ何とかなるだろ。)
本人はそう軽く考えていた。
もちろん、自分が”気を付ける”だけで済む実力を持っているとは、まだ理解していない。
◇ ◇ ◇
朝食後。
リーフが案内役として同行することになった。
「湖までは少し歩きます。」
「よろしく。」
森を歩きながら、悠真は気になっていたことを尋ねる。
「そういえば、この世界って名前はあるの?」
「世界の名前ですか?」
「うん。」
リーフは少し考えてから答えた。
「私たちは『アルディア』と呼んでいます。」
「アルディア……。」
初めて知る、この世界の名前。
「国はいくつあるの?」
「人族の王国、帝国、聖王国。それから獣王国と、魔族領があります。」
「結構あるんだ。」
「私たちエルフは、どこの国にも属していません。」
「なるほど。」
歩きながら自然とこの世界のことを教えてもらう。
それだけで、不安が少しずつ薄れていくようだった。
◇ ◇ ◇
一時間ほど歩いた頃だった。
木々が途切れ、視界が一気に開ける。
「……うわ。」
思わず声が漏れた。
透き通るような湖。
周囲を囲む草原。
遠くには滝が流れ落ち、その音だけが静かに響いている。
「綺麗だ……。」
リーフも嬉しそうに笑う。
「ここが私のお気に入りなんです。」
「最高だな。」
湖のほとりには、確かに朽ちかけた小屋の跡が残っていた。
柱だけが立ち、屋根は半分以上崩れている。
「修理するには厳しいですね。」
「だったら建て直そう。」
「え?」
悠真は周囲の木を見渡す。
「木材ならたくさんあるし。」
「でも、家を建てるなんて……。」
「やったことないけど。」
「えぇ!?」
リーフが思わず声を上げる。
悠真は苦笑しながら頭を掻いた。
「まぁ、何とかなるだろ。」
そう言って近くの木へ向かう。
「まずは木を切るか。」
腰の天照へ手を添えた。
「……え?」
次の瞬間。
シュッ――
一閃。
直径一メートル近い大木が、音もなく切り倒された。
「……。」
リーフは固まった。
切り口は鏡のようになめらかで、年輪まで綺麗に見えている。
「これなら加工もしやすそうだ。」
悠真は切り株を見ながら満足そうに頷く。
「ゆ、悠真さん……。」
「ん?」
「今の……。」
「うん?」
「普通じゃありません……。」
「そう?」
「そうです!」
リーフは思わず両手を振る。
「あんな綺麗に木を切れる人なんて、ドワーフの名工でも見たことありません!」
「そうなのか。」
悠真は首を傾げる。
「刀がよく切れるからじゃない?」
「違います!」
リーフは即座に否定した。
「道具だけでは、あんなことはできません!」
「へぇ……。」
本人はまったく納得していない。
その様子を見て、リーフは心の中で苦笑する。
(この人、本当に自分がどれだけすごいか分かってないんだ……。)
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
切り出した木材は、収納スキルのおかげであっという間に運び終えた。
「便利ですね、その魔法。」
「俺もびっくりしてる。」
「そんな収納魔法、初めて見ました……。」
悠真は笑いながら肩をすくめる。
「今日は基礎だけ作ろう。」
「私も手伝います!」
「ありがとう。」
二人は並んで作業を始めた。
湖から吹く風は心地よく、木々が静かに揺れる。
悠真はふと思う。
(こういうのでいいんだよな。)
大きな屋敷なんていらない。
豪華な食事もいらない。
毎日自然の中で働き、疲れたら眠る。
そんな生活こそ、自分が望んでいたものだった。
しかし、その穏やかな時間を、遠くの丘から見つめる影があった。
黒い外套を羽織った一人の男。
望遠鏡のような魔道具を下ろすと、小さく呟く。
「見つけたぞ……。」
男は懐から一枚の魔導通信札を取り出した。
「こちら”鴉”。報告する。」
静かな声が風に消える。
「黒狼を討伐した刀使いを確認。現在、エルフの森北部の湖畔に拠点を築き始めています。」
男は薄く笑った。
「これで、ようやく仕事が始められる。」
その視線の先では、何も知らない悠真が、楽しそうに木材を運んでいた。




