第33話 守るための寄り道
夜。
廃屋の外には、いくつもの灯りが並んでいた。
リーベルから到着した衛兵たちが、灰色の外套の男たちを一人ずつ確認している。
武器はすべて回収。
負傷者には簡単な治療。
抵抗する者はいなかった。
「……。」
悠真は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
「疲れましたか?」
隣にレインが立つ。
「ちょっと。」
悠真は苦笑した。
「三十人くらいに囲まれるの、初めてだったから。」
「普通は『ちょっと』では済みません。」
「でも誰も死ななくてよかった。」
レインは悠真を見る。
本気で。
それを一番気にしているらしい。
「あなたは……。」
「ん?」
「いえ。」
レインは小さく笑った。
「何でもありません。」
◇ ◇ ◇
「悠真さん!」
リーフが駆け寄ってくる。
その腕にはフェルル。
「きゅぅ!」
「お疲れ。」
悠真が頭を撫でる。
「フェルルのおかげで、森にいた奴にも気付けたよ。」
「きゅ!」
得意げに胸を張る。
「でも。」
悠真は少し考える。
「俺の気配察知でも、ほとんど分からなかったんだよな。」
「そんなに上手く隠れていたんですか?」
「うん。」
完全に消していたわけではない。
正確には。
周囲へ溶け込んでいた。
森。
木々。
動物。
風。
それらの気配へ自分自身を重ねていたような。
そんな感覚だった。
「フェルルはどうして分かったんだ?」
「きゅ?」
本人は分かっていないらしい。
「まあいいか。」
悠真は笑う。
「ありがとう。」
「きゅぅ♪」
◇ ◇ ◇
その時。
「黒鴉隊のレイン殿。」
衛兵の一人が近付いてきた。
年齢は四十代ほど。
短い茶髪。
左頬に古い傷。
「一通り確認が終わりました。」
「ありがとうございます、隊長。」
どうやら。
事前に話していた衛兵隊長らしい。
「負傷者は?」
「重傷者はいません。」
「気絶している者が何人かいますが、命に別状はないでしょう。」
その言葉に。
悠真が明らかに安心する。
衛兵隊長は。
そんな悠真を見た。
「あなたが神代悠真殿ですか。」
「はい。」
「……。」
じっと見られる。
「何です?」
「いや。」
衛兵隊長が苦笑する。
「聞いていた人物像と、随分違うと思いまして。」
「どんな風に聞いてたんですか。」
「一人でA級のオーガを圧倒する剣士。」
「……。」
「三十人近い武装集団を、一人も殺さず制圧する男。」
「……。」
悠真はレインを見る。
「俺、怖い人みたいになってない?」
「事実しか言っていません。」
「言い方って大事だと思う。」
リーフが笑った。
◇ ◇ ◇
「それより。」
悠真の表情が真剣になる。
「この人たち。」
灰色の外套の男たちを見る。
「どうなるんですか?」
「まず事情聴取です。」
レインが答える。
「全員が脅迫されていたとは限りません。」
実際。
先頭にいた男のように。
明らかに監視する側の人間もいる。
「一人ずつ調べます。」
「脅されてた人は?」
「可能な限り保護します。」
「家族も?」
「捜索対象にします。」
悠真は頷いた。
「お願いします。」
◇ ◇ ◇
そして。
最大の問題。
廃屋から発見された名簿。
レインが再び広げる。
全部で。
二十三名。
その中には。
ダリオの名前。
妻。
娘。
さらに。
灰色の外套を着ていた男たちと思われる名前もある。
「この記号。」
悠真が指差す。
名前の横。
丸。
三角。
黒い点。
複数の記号。
「意味分かる?」
「まだ。」
レインが答える。
「ただ。」
一部には。
移送済
と書かれている。
ダリオの妻。
マリア。
娘。
ルナ。
二人とも。
同じ記載。
そして。
行き先。
旧ガルディア鉱山。
◇ ◇ ◇
「どんな場所?」
悠真が尋ねる。
レインが地図を広げる。
「リーベルから北へ。」
「徒歩なら三日程度。」
「そんなに?」
「山道ですから。」
現在は使われていない鉱山。
かつて。
銀と魔晶石が採掘されていた。
しかし。
二十年以上前。
坑道の一部が崩落。
採掘効率も低下し。
閉鎖された。
「人は住んでない?」
「公式には。」
レインは少し嫌そうな顔をする。
「その言い方。」
悠真が気付く。
「何かある?」
「あります。」
地図。
鉱山周辺。
「魔物です。」
「危険?」
「かなり。」
閉鎖後。
人間がいなくなったことで。
山岳系の魔物が住み着いた。
そのため。
現在は。
一般人の立ち入りが禁止されている。
「なるほど。」
悠真は考える。
人が来ない。
魔物がいる。
廃坑。
人を隠すには。
都合が良すぎる。
◇ ◇ ◇
「行くんですか?」
レインが尋ねる。
「行く。」
即答。
「でしょうね。」
「ダリオと約束したし。」
悠真は名簿を見る。
「それに。」
二十三人。
全員が人質とは限らない。
だが。
少なくとも。
複数の家族が巻き込まれている可能性が高い。
「放っておけない。」
レインは頷く。
「では。」
「黒鴉隊へ正式に応援を――」
「でも。」
悠真が続ける。
「今日は帰る。」
「……はい?」
レインが固まった。
◇ ◇ ◇
「帰るって。」
「家に。」
「旧ガルディア鉱山へ行くのでは?」
「行くよ。」
「ではなぜ。」
「今から?」
悠真が夜空を見る。
真っ暗。
「疲れてる。」
「……。」
「お腹も減った。」
「……。」
「眠い。」
「……。」
レインは額を押さえた。
「悠真。」
「はい。」
「人質がいる可能性があるんですよ?」
「分かってる。」
悠真は真剣だった。
「だからこそ。」
レインを見る。
「焦って突っ込まない。」
その言葉に。
レインが黙る。
「相手は俺たちが来ることを予想してるかもしれない。」
「廃屋だってそうだった。」
「……。」
「だったら。」
「ちゃんと準備する。」
悠真は地図を見る。
「助けに行って。」
「こっちが全滅したら意味ないでしょ。」
レインは。
しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……その通りです。」
「でしょう?」
「ただ。」
レインは悠真を見る。
「あなたがそれを言うと妙な感じがします。」
「なんで?」
「先ほど三十人の中へ一人で歩いていった人なので。」
「……。」
悠真は目を逸らした。
◇ ◇ ◇
夜遅く。
湖畔。
「ただいまー。」
悠真が家の扉を開ける。
「きゅ!」
フェルルが真っ先に入る。
「やっぱり。」
悠真は大きく息を吐いた。
「家が一番だ。」
リーフも笑う。
「分かります。」
緊張が。
一気に抜ける。
廃屋。
武装した男たち。
黒い魔道具。
謎の人物。
全部。
遠く感じる。
「……腹減った。」
悠真は台所へ向かった。
「何か作ります?」
「簡単なのでいい。」
収納を確認する。
パン。
野菜。
肉。
卵。
「スープにしよう。」
◇ ◇ ◇
鍋へ水。
肉。
野菜。
塩。
香草。
火にかける。
コトコト。
静かな音。
「……。」
悠真は鍋を見つめる。
不思議だった。
数時間前まで。
三十人に囲まれていた。
今は。
夜中にスープを作っている。
「俺。」
悠真が呟く。
「本当に何してるんだろ。」
リーフが笑う。
「悠真さんらしいですよ。」
「そう?」
「はい。」
「戦った後に最初にすることが、ご飯作りですから。」
「お腹空いてるからね。」
◇ ◇ ◇
出来上がったスープを。
三人で食べる。
フェルルにも。
味付けする前に取り分けておいた肉。
「きゅぅ♪」
「熱いから気をつけろよ。」
「きゅ。」
静かな夜。
その時間が。
悠真には何より大切だった。
「……。」
自分が守りたいもの。
改めて。
分かった気がする。
天照。
神域。
そんなものがなくても。
本当は。
こうして。
ご飯を食べて。
畑を育てて。
釣りをして。
昼寝して。
たまに町へ行く。
それだけでいい。
だから。
「早く終わらせよう。」
悠真が呟く。
「何をです?」
「全部。」
深淵教団。
黒い魔道具。
人質。
「片付けて。」
スープを飲む。
「また普通に暮らす。」
リーフが微笑む。
「はい。」
◇ ◇ ◇
翌朝。
悠真は。
普通に畑へいた。
「……。」
レインが。
無言でその姿を見る。
「おはよう。」
悠真が手を振る。
「何をしているんです?」
「見れば分かるでしょ。」
「畑仕事ですね。」
「うん。」
「……。」
「何?」
「いえ。」
レインは諦めたように息を吐いた。
「もう慣れました。」
「何に?」
「あなたに。」
◇ ◇ ◇
悠真は野菜を収穫する。
「これ持っていこう。」
「鉱山へ?」
「うん。」
「食料?」
「そう。」
パン。
干し肉。
野菜。
水。
薬草。
包帯。
「収納があるから荷物にならないし。」
「準備しておいて損はない。」
レインが頷く。
「理にかなっています。」
「でしょう?」
「畑仕事をしたかっただけでは?」
「……半分くらい。」
「やはり。」
◇ ◇ ◇
朝食後。
作戦会議。
悠真。
リーフ。
レイン。
そして。
エルフの村から来たエルディア。
机の上には。
旧ガルディア鉱山周辺の地図。
「まず。」
レインが説明する。
「鉱山へ正面から入ることは避けます。」
「理由は?」
「一本道だからです。」
地図。
山道。
正面入口。
「待ち伏せされた場合。」
「逃げ場がない。」
「別の入口は?」
悠真が尋ねる。
「あります。」
レインが指差す。
鉱山の西側。
「旧搬出口。」
採掘した鉱石を運び出していた小さな坑道。
現在は使われていない。
「ただし。」
「崩落している可能性があります。」
「なるほど。」
悠真が地図を見る。
「じゃあ。」
「まずそこ確認しよう。」
◇ ◇ ◇
「リーフ。」
悠真が見る。
「はい。」
「今回は。」
言いたいことを察した。
「……村に残れ、ですか?」
「うん。」
「嫌です。」
「即答。」
「でも。」
リーフは真剣だった。
「私も役に立てます。」
「分かってる。」
悠真は否定しない。
「リーフが弱いからじゃない。」
「じゃあ。」
「人質を見つけた時。」
悠真は地図を見る。
「守ってほしい。」
「……。」
「俺とレインが敵と戦うことになったら。」
「助けた人たちを安全な場所へ連れていく人が必要になる。」
リーフの表情が変わる。
「それを。」
「私に?」
「お願いできる?」
しばらく。
リーフは考える。
そして。
「……分かりました。」
頷いた。
「それなら。」
「一緒に行きます。」
悠真が笑う。
「ありがとう。」
◇ ◇ ◇
「きゅ!」
フェルルが机へ前足を乗せる。
「お前も行く気?」
「きゅ!」
「危ないぞ。」
「きゅぅ!」
「……。」
悠真は困る。
フェルルは。
絶対に譲らない顔をしている。
「仕方ない。」
頭を撫でる。
「離れるなよ。」
「きゅ!」
◇ ◇ ◇
昼前。
出発準備が整う。
だが。
その時。
エルディアが。
「悠真殿。」
呼び止めた。
「どうしました?」
「旧ガルディア鉱山について。」
老人の表情が。
僅かに険しい。
「一つ。」
「気になることがあります。」
「何です?」
「その鉱山。」
エルディアは地図を見る。
「人間たちが採掘を始めるより遥か昔。」
「我らエルフの間では。」
別の名前で呼ばれていました。
「別の名前?」
「はい。」
エルディアの指が。
鉱山の最深部と思われる場所を示す。
「封じの山。」
「……。」
レインが眉をひそめる。
「初耳です。」
「人間には伝えておりません。」
エルディアが答える。
「我々にとっても。」
「ほとんど忘れられた伝承です。」
悠真が尋ねる。
「何を封じた山なんですか?」
「分かりません。」
「ただ。」
エルディアは。
古い言葉を思い出すように。
ゆっくり告げた。
「古い伝承では。」
『山の底には、開いてはならぬものが眠る』
「……。」
悠真。
レイン。
リーフ。
三人が。
同時に黙った。
開いてはならないもの。
悠真の頭に。
古代武具録の一文が浮かぶ。
――閉ざされし門は、再び開かれる。
「まさか。」
悠真が呟く。
偶然かもしれない。
まだ。
何も分からない。
それでも。
深淵教団が。
わざわざ旧ガルディア鉱山を利用している理由。
それが。
単に人質を隠すためだけではない可能性が。
初めて浮かび上がった。
悠真は。
腰の天照へ触れる。
その瞬間。
――トクン。
「……!」
鞘の中。
天照が。
一度だけ。
確かに脈打った。
まるで。
旧ガルディア鉱山の奥にある何かを。
知っているかのように。




