第32話 抜かぬ剣
「そこ。」
悠真は静かに男たちを見渡した。
「どいてくれない?」
返事はない。
廃屋を取り囲むように立つ、灰色の外套の男たち。
その数、およそ三十。
剣。
槍。
短剣。
弓。
武器は様々だったが、そのすべてが悠真へ向けられている。
「……。」
悠真は小さく息を吐いた。
地下にはレインがいる。
気配は感じる。
生きている。
だが、先ほどからほとんど動いていない。
拘束されている可能性が高い。
(急いだ方がいい。)
それでも。
悠真は天照を抜かなかった。
目の前にいる者たちが、全員自分の意思でここにいるとは限らないからだ。
ダリオたちと同じように。
脅されている者がいるかもしれない。
「最後にもう一回だけ言う。」
悠真は男たちを見る。
「俺はレインを迎えに来ただけだ。」
「邪魔しないなら、何もしない。」
先頭の男が剣を構える。
「天照を置け。」
「……。」
やはり。
刀の名前を知っている。
悠真の目が僅かに細くなる。
「どうして、その名前を知ってる?」
「答える必要はない。」
「そっか。」
悠真は腰の天照へ一度だけ視線を落とした。
昨日までなら。
偶然知った可能性も考えただろう。
だが。
古代武具録。
謎の伝承。
家へ置かれた警告状。
そして今。
明らかに自分ではなく、天照を意識している相手。
(やっぱり、この刀が目的なのか?)
「置け。」
男がもう一度言う。
「拒否すれば、地下の女を殺す。」
その瞬間。
悠真の表情から。
完全に笑みが消えた。
◇ ◇ ◇
森の中。
リーフは弓を握りながら、息を潜めていた。
悠真との約束。
危険になったら下がる。
それは守る。
自分が無理に加勢すれば、悠真の負担になることも分かっている。
それでも。
三十人。
いくら悠真でも。
「……。」
弓を握る手に力が入る。
その足元。
白い影が動いた。
「きゅ。」
「フェルル?」
悠真と一緒にいたはずのフェルルが、いつの間にか戻ってきていた。
「どうしたんですか?」
「きゅぅ。」
フェルルは廃屋を見る。
そして。
鼻をひくひくさせた。
「……?」
次の瞬間。
耳が立つ。
「きゅっ!」
「何かいるんですか?」
フェルルが森の奥を見る。
リーフも視線を向ける。
だが。
何も見えない。
「きゅぅ……。」
低い鳴き声。
いつものフェルルとは違う。
明確な警戒。
「悠真さんたち以外にも……?」
リーフは弓へ矢を番えた。
◇ ◇ ◇
「やれ。」
先頭の男が命じた。
三人が同時に動く。
正面。
右。
左。
三方向。
「……仕方ない。」
悠真は天照から右手を離した。
そして。
構える。
刀ではなく。
素手で。
「舐めるな!」
正面から男が斬り掛かる。
悠真には。
すべて見えていた。
踏み込む足。
腰。
肩。
剣の軌道。
(遅い。)
身体を半歩ずらす。
剣が空を切る。
男の手首を掴む。
軽く捻る。
「ぐっ!」
剣が落ちる。
悠真はそのまま男の身体を前へ流した。
ドサッ!
地面へ転がる。
右。
槍。
突き。
悠真は槍の柄へ手を添えた。
軌道を逸らす。
「なっ!?」
そのまま引く。
男の身体が前へ崩れる。
足を掛ける。
ドン!
二人目。
左から短剣。
悠真は腕を避け。
肩へ手を置く。
「ごめん。」
軽く押す。
「うわっ!」
男が数メートル吹き飛んだ。
「……。」
悠真が固まる。
「またちょっと強かった。」
地面に倒れた男を鑑定する。
状態:気絶
生命状態:安定
「よかった。」
その様子を見て。
周囲の男たちが僅かに後退した。
◇ ◇ ◇
「何をしている!」
先頭の男が叫ぶ。
「全員で行け!」
十人以上が同時に動く。
「いや。」
悠真は困った顔をした。
「それはさすがに面倒だな。」
矢が飛んでくる。
一本。
二本。
三本。
悠真は身体を動かす。
すべて紙一重。
背後から剣。
しゃがむ。
前から槍。
横へ。
別の男が足を狙う。
跳ぶ。
まるで。
悠真一人だけ。
時間の流れが違う。
誰の攻撃も。
届かない。
◇ ◇ ◇
「……化け物。」
誰かが呟いた。
悠真の耳に届く。
一瞬だけ。
表情が曇った。
「……。」
自分でも。
普通ではないことくらい。
もう分かっている。
それでも。
「化け物はちょっと傷つくな。」
悠真は苦笑する。
次の瞬間。
地面を蹴った。
「消え――」
男が言い終わる前に。
悠真は目の前にいた。
手首。
肘。
肩。
膝。
急所ではなく。
戦えなくなる場所だけを狙う。
殴るのではない。
崩す。
投げる。
武器を奪う。
「ぐっ!」
「うわ!」
「なっ……!」
次々と。
男たちが地面へ転がっていく。
十秒。
二十秒。
一分も経たない。
気付けば。
立っている人数は。
半分以下になっていた。
◇ ◇ ◇
地下。
ドン。
ドン。
天井から音が響く。
レインが顔を上げる。
「……。」
黒い仮面の男は。
椅子に座ったまま動かない。
「心配しないのか。」
レインが尋ねる。
「何をだ。」
「あなたの部下たちだ。」
「部下?」
男は笑う。
「違う。」
「彼らは駒だ。」
レインの目が鋭くなる。
「……。」
「そして。」
黒い仮面の男が天井を見る。
「役割は戦うことではない。」
「では何だ。」
「測ることだ。」
「何を。」
「神代悠真を。」
◇ ◇ ◇
地上。
残った男たちは。
完全に怯えていた。
悠真は一度も天照を抜いていない。
それなのに。
すでに二十人近くが倒れている。
死者は。
一人もいない。
「まだやる?」
悠真が尋ねる。
誰も答えない。
「俺は。」
悠真は倒れている者たちを見る。
「みんなが悪い人だとは思ってない。」
男たちの表情が僅かに変わる。
「家族を人質にされてる人。」
「脅されてる人。」
「いるんじゃない?」
「……。」
沈黙。
だが。
それが答えだった。
「だったら。」
悠真は廃屋を指差す。
「俺が中の人と話す。」
「邪魔しないで。」
その時。
一人の男が。
震えながら剣を下ろした。
カラン。
剣が地面へ落ちる。
「……俺は。」
男が呟く。
「俺はもう無理だ。」
「おい!」
別の男が叫ぶ。
「息子を……。」
剣を落とした男は俯く。
「息子を返してほしいだけなんだ。」
悠真の表情が変わる。
やはり。
ダリオだけではなかった。
「分かった。」
悠真は静かに答える。
「探す。」
男が顔を上げる。
「……え?」
「ダリオの家族も探すつもりだったから。」
「一人増えても同じだよ。」
「お前……。」
「だから。」
悠真は笑った。
「もう戦わなくていい。」
男の目から。
涙が落ちた。
◇ ◇ ◇
一人。
また一人。
武器を下ろす。
全員ではない。
それでも。
明らかに戦意が崩れていく。
「馬鹿どもが!」
先頭の男だけが叫ぶ。
「命令に逆らえば家族がどうなるか分かっているのか!」
「……。」
その言葉で。
悠真は理解した。
こいつは違う。
脅されている側ではない。
「あなた。」
悠真が男を見る。
「ここの人たちを監視してる側?」
男の顔が僅かに強張る。
「……。」
「当たりか。」
悠真は歩き出す。
「来るな!」
男が剣を構える。
「止まれ!」
悠真は止まらない。
「来るなと言っている!」
男が懐から。
黒い石を取り出した。
「!」
悠真の表情が変わる。
「それ使うのやめろ!」
「黙れ!」
男が黒い石を自分の胸へ押し当てようとする。
だが。
「遅い。」
悠真の姿が消える。
次の瞬間。
男の手首が掴まれていた。
「な――」
黒い石が。
ぽとり。
地面へ落ちる。
悠真は石を踏まない。
触らない。
ただ。
男の腕を捻り。
地面へ押さえ込む。
「ぐっ!」
「これ。」
悠真は黒い石を見る。
「使ったら死ぬかもしれないよ。」
「離せ!」
「嫌だ。」
「貴様に何が分かる!」
「分からない。」
悠真は即答した。
「でも。」
ダリオを思い出す。
「これで苦しんだ人を見た。」
「だから使わせない。」
◇ ◇ ◇
その瞬間。
地下から。
――ドン!
大きな音。
「!」
悠真が振り返る。
レインの気配。
まだある。
だが。
もう一つ。
地下にあった気配が。
移動し始めている。
「……逃げる?」
悠真は男を離す。
「そこで待ってて。」
「は?」
「レインを迎えに行く。」
廃屋へ向かう。
その時。
森から。
「悠真さん!」
リーフの声。
「どうした!?」
「森に誰かいます!」
「誰か?」
「フェルルが気付いて――」
「きゅっ!」
フェルルが激しく鳴く。
悠真は。
気配察知をさらに広げた。
森。
木々。
街道。
廃屋。
その外側。
「……。」
何もいない。
いや。
違う。
(隠してる。)
微かに。
ほんの僅か。
気配察知の端に。
何かが引っ掛かる。
一つ。
「……いた。」
かなり遠い。
だが。
こちらを見ている。
◇ ◇ ◇
悠真がその方向へ顔を向けた。
森の奥。
木の上。
黒いローブの人物が立っている。
顔は見えない。
距離はかなりある。
それなのに。
目が合った。
そんな気がした。
「……。」
相手が。
ゆっくり右手を上げる。
その指先が。
悠真へ向けられる。
そして。
天照へ。
「何だ……?」
次の瞬間。
黒いローブの人物が。
消えた。
「!」
気配も。
完全に消える。
追おうとする。
だが。
「レイン。」
今はそちらが先だ。
悠真は廃屋へ走る。
◇ ◇ ◇
地下。
黒い仮面の男は立ち上がっていた。
壁にある古い棚。
その裏。
隠された通路。
「待て!」
レインが叫ぶ。
「神代悠真へ伝えておけ。」
男が振り返る。
「何を。」
「今夜は。」
黒い仮面の奥から。
笑い声。
「試しただけだ。」
「……。」
「天照。」
「そして神域。」
「どちらも本物だった。」
レインの表情が変わる。
「なぜそれを知っている。」
「いずれ分かる。」
男が通路へ入る。
「待て!」
その瞬間。
地下室の扉が。
吹き飛んだ。
ドォン!
「!?」
悠真が飛び込んでくる。
「レイン!」
「悠真!」
無事。
レインを確認する。
「よかった。」
悠真はすぐに拘束具へ近付く。
「これ外せる?」
「魔力封じです。」
「鍵は?」
「奴が――」
二人が隠し通路を見る。
だが。
黒い仮面の男は。
すでに消えていた。
◇ ◇ ◇
「逃げられたか。」
悠真は追おうとする。
しかし。
レインが止めた。
「待ってください。」
「でも。」
「罠の可能性があります。」
「……。」
悠真は通路を見る。
確かに。
相手は。
最初から自分を呼び出した。
そして。
戦闘能力を確認した。
ここで追えば。
それすら相手の予定通りかもしれない。
「分かった。」
悠真は天照を抜く。
「動かないで。」
「え?」
レインが固まる。
「悠真?」
「拘束具だけ斬る。」
「待ってください。」
「大丈夫。」
「あなたの大丈夫は最近信用できません。」
「ひどい。」
「危険度Aのオーガを素手で吹き飛ばした人に言っています。」
「……。」
悠真は少しだけ反省した。
「じゃあ。」
天照を構える。
「絶対に動かないで。」
「……分かりました。」
一閃。
キン。
拘束具だけが。
真っ二つになった。
レインの服にも。
肌にも。
傷一つない。
「……。」
レインが切断面を見る。
「本当に。」
「何?」
「いえ。」
深くため息を吐く。
「もう驚くのを諦めようかと思いまして。」
「それは助かる。」
◇ ◇ ◇
地上へ戻る。
灰色の外套の男たちは。
ほとんど戦意を失っていた。
そこへ。
街道の向こうから複数の灯りが近付いてくる。
リーベルの衛兵たち。
レインが事前に待機させていた者たちだ。
「これで。」
レインが息を吐く。
「彼らの身柄は確保できます。」
「家族のことも。」
悠真が言う。
「調べてもらえる?」
「もちろんです。」
「黒鴉隊として正式に捜索します。」
武器を捨てた男たちの顔に。
初めて。
僅かな希望が浮かんだ。
◇ ◇ ◇
その後。
廃屋の地下を調査すると。
いくつもの物が見つかった。
黒い石。
五個。
赤黒い紋様が刻まれた金属器具。
魔物の分布が記された地図。
そして。
「これ……。」
悠真が一枚の紙を見る。
そこには。
人の名前らしきものが並んでいた。
横には。
記号。
数字。
「レイン。」
「はい。」
紙を渡す。
レインの顔色が変わった。
「これは……。」
「何?」
「おそらく。」
指で。
一つの名前を示す。
ダリオ・ベルク
その横。
二つの名前。
マリア・ベルク
ルナ・ベルク
「妻と娘?」
「可能性が高いです。」
悠真の表情が変わる。
そして。
名前の横には。
短い文字。
移送済
「どこに?」
レインが紙を調べる。
下部。
小さく。
地名が書かれていた。
「……。」
レインの目が細くなる。
「分かる?」
「はい。」
地図を広げる。
指が。
ある場所を示す。
リーベルから。
遥か北。
山岳地帯。
「旧ガルディア鉱山。」
「今は使われていない廃鉱です。」
悠真は地図を見る。
ダリオの家族。
そして。
おそらく。
他にも。
大勢がそこにいる。
「……見つけた。」
悠真が呟く。
敵を倒すためではない。
捕まっている人たちを。
家へ帰すため。
新しい目的地が。
決まった。
◇ ◇ ◇
その頃。
遠く離れた森。
黒いローブの人物が。
静かに歩いていた。
隣には。
廃屋から逃げた黒い仮面の男。
「確認は。」
「完了しました。」
「結果は。」
「間違いありません。」
男が答える。
「天照は本物。」
「そして神代悠真は。」
一度。
言葉を切る。
「神域へ到達しています。」
黒いローブの人物が立ち止まる。
「そうか。」
「次の段階へ?」
「いや。」
首を横に振る。
「まだだ。」
「では。」
黒いローブの人物は。
夜空を見上げる。
「彼にはまず。」
静かな声。
「知ってもらわなければならない。」
「何をでしょうか。」
僅かな沈黙。
そして。
「この世界へ来たのが。」
「偶然ではないということを。」
森の奥。
二人の姿が。
闇へ溶けていった。




