第34話 封じの山へ
天照が、確かに脈打った。
「……今の。」
悠真は腰の刀へ手を添えたまま動きを止める。
リーフが不安そうに見る。
「またですか?」
「うん。」
「昨日と同じ?」
「似てる。」
ただ。
今回は映像は見えなかった。
声も聞こえない。
それでも。
天照が何かへ反応した。
その感覚だけは、はっきり残っている。
「旧ガルディア鉱山。」
悠真が地図を見る。
「何かあるな。」
レインも黙って鉱山の位置を見つめていた。
◇ ◇ ◇
「悠真殿。」
エルディアが静かに口を開く。
「少しだけ、お時間をいただけますかな。」
「もちろん。」
老人は。
村から持ってきた小さな革袋を開く。
中には。
薄い木板が数枚入っていた。
「これは?」
「古い記録です。」
木板には。
エルフの文字らしきものが刻まれている。
かなり古い。
一部は擦れ。
読めなくなっていた。
「我々の村に残されていたものです。」
「読めますか?」
「すべてではありません。」
エルディアは一枚を手に取る。
「ですが。」
指で文字をなぞる。
「この部分だけは。」
ゆっくり読み上げる。
「――山の底。」
「――黒き門。」
「――決して開くべからず。」
「……黒い門。」
悠真の表情が変わる。
レインも。
古代武具録に残された文言を知っている。
「閉ざされし門……。」
小さく呟く。
◇ ◇ ◇
「同じものだと思いますか?」
リーフが尋ねる。
「分からない。」
悠真は首を横に振る。
「でも。」
偶然にしては。
重なりすぎている。
深淵教団。
旧ガルディア鉱山。
封じの山。
黒き門。
天照の反応。
「確かめるしかないですね。」
レインが言う。
「うん。」
悠真も頷く。
「ただ。」
「まずは人質救出。」
「それが最優先。」
レインが頷く。
「同意します。」
◇ ◇ ◇
昼前。
一行は出発した。
悠真。
リーフ。
レイン。
フェルル。
旧ガルディア鉱山までは。
徒歩でおよそ三日。
ただし。
悠真たちは。
正面の街道ではなく。
森と山道を使う。
敵に見つかる可能性を下げるためだ。
「収納。」
食料。
水。
薬草。
簡易寝具。
必要なものは。
ほとんどすべて収納してある。
「本当に。」
レインが感心する。
「遠征向きですね、その能力。」
「俺は遠征したいわけじゃないけどね。」
「知っています。」
「早く帰って畑仕事したい。」
「それも知っています。」
◇ ◇ ◇
午後。
森を抜け。
徐々に地形が険しくなっていく。
「この先から。」
レインが地図を見る。
「山岳地帯です。」
岩。
急斜面。
細い道。
木々も少なくなる。
「ここからは。」
「足元に気を付けてください。」
「了解。」
悠真は。
何気なく周囲を見る。
「……。」
気配。
動物。
小型の魔物。
そこまでは普通。
ただ。
山へ近付くほど。
空気が。
重くなっていく。
「気のせいかな。」
「何がです?」
リーフが尋ねる。
「魔力。」
悠真は周囲を見回す。
「濃い。」
レインも魔力感知を試す。
「……。」
数秒。
眉をひそめる。
「確かに。」
「自然な濃さではありませんね。」
「分かる?」
「悠真ほどではありませんが。」
レインが山を見る。
「この辺り一帯に。」
「薄く魔力が溜まっている。」
◇ ◇ ◇
フェルルも。
いつもより静かだった。
「きゅ……。」
悠真の肩。
耳を伏せている。
「嫌な感じする?」
「きゅ。」
「無理なら戻ってもいいよ。」
「きゅっ。」
首を横に振る。
「そっか。」
悠真は優しく頭を撫でる。
「じゃあ。」
「一緒に帰ろうな。」
「きゅ。」
◇ ◇ ◇
夕方。
一行は。
山の中腹で野営することにした。
「今日はここまでですね。」
レインが周囲を確認する。
風を防げる岩壁。
近くに水場。
「いい場所だと思います。」
「じゃあ。」
悠真が腕をまくる。
「ご飯にしよう。」
「この状況でもそこは変わらないんですね。」
「大事だから。」
◇ ◇ ◇
収納から。
鍋。
肉。
野菜。
パン。
「またそれ持ってきたんですか。」
「鍋?」
「はい。」
「必要でしょ。」
「普通の調査任務で大鍋は持ちません。」
「でも食べるでしょ?」
「……。」
レインは何も言えない。
リーフが笑う。
「私は楽しみです。」
「ほら。」
「二対一。」
「人数で決める話ではありません。」
◇ ◇ ◇
作ったのは。
肉と野菜の煮込み。
山の夜は冷える。
温かい料理がありがたい。
「いただきます。」
「……美味しい。」
レインが。
少しだけ表情を緩める。
「でしょう。」
悠真は満足そうだった。
「これなら。」
「明日も頑張れる。」
「悠真さん。」
リーフが笑う。
「本当にどこでも暮らせそうですね。」
「でも。」
悠真はパンを食べながら答える。
「家が一番。」
即答だった。
◇ ◇ ◇
夜。
交代で見張りをする。
最初はレイン。
悠真は岩壁へ背を預ける。
「寝てください。」
「何かあったら起こして。」
「もちろん。」
「フェルル。」
「きゅ?」
「こっち。」
腕の中。
フェルルが丸くなる。
「おやすみ。」
「きゅぅ……。」
目を閉じる。
だが。
なかなか眠れなかった。
◇ ◇ ◇
腰の天照。
ずっと。
微かな熱を持っている。
「……。」
悠真は。
そっと刀へ手を置く。
その瞬間。
視界が。
暗転した。
◇ ◇ ◇
「……っ!」
また。
あの感覚。
夢ではない。
目を開けているのに。
別の景色が見える。
暗い場所。
石の壁。
長い階段。
地下。
さらに。
奥。
そして。
巨大な扉。
黒い。
異様なほど。
真っ黒な扉。
表面には。
無数の文字。
その中央。
刀を差し込むような。
細長い窪み。
「……天照?」
その形。
どう見ても。
刀。
いや。
天照そのものに。
近い。
そして。
誰かの声。
――開けるな。
悠真の身体が硬直する。
同じ声。
以前。
見た光景。
――まだ、その時ではない。
あの声。
今度は。
はっきり。
聞こえた。
――門を開けるな。
「誰だ!」
悠真が叫ぶ。
景色が揺れる。
「お前は誰だ!」
返事はない。
代わりに。
一瞬。
扉の前。
一人の男が見えた。
黒い鞘の刀。
長い髪。
背中だけ。
顔は見えない。
その男が。
ゆっくり振り返る。
その瞬間。
◇ ◇ ◇
「悠真!」
肩を掴まれた。
「!」
現実。
目の前に。
レイン。
「大丈夫ですか!?」
「……。」
息が荒い。
「俺。」
「寝てた?」
「いえ。」
レインの表情が険しい。
「座ったまま。」
「突然。」
「天照が光りました。」
「……。」
悠真は刀を見る。
もう。
光っていない。
だが。
熱い。
「また見た。」
「何を?」
「門。」
レインが黙る。
「黒い。」
「巨大な門。」
「地下にあった。」
「それと。」
悠真は天照を見る。
「天照を差し込む場所みたいなものがあった。」
◇ ◇ ◇
レインの表情が。
明らかに変わる。
「つまり。」
「天照が。」
「鍵?」
悠真が呟く。
その可能性。
初めて。
はっきり形になる。
天照。
閉ざされた門。
深淵教団。
そして。
彼らが悠真を殺さない理由。
「……まずいな。」
悠真が呟く。
「何が?」
「相手が欲しいの。」
天照だけじゃない。
悠真自身。
天照を持つ者。
選ばれた主。
「俺がいないと。」
「開かないのかもしれない。」
レインも。
同じ結論に辿り着いた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
予定より早く出発した。
「少し急ごう。」
悠真が言う。
「はい。」
レインも同意する。
人質救出。
そして。
門。
敵が。
すでに鉱山内部へいるなら。
時間は。
思っていたより。
残されていないかもしれない。
◇ ◇ ◇
昼前。
山道。
「止まって。」
悠真が手を上げる。
全員。
動きを止める。
気配察知。
「……前にいる。」
「何人?」
レインが尋ねる。
「人じゃない。」
悠真は。
斜面の上を見る。
一つ。
大きい。
かなり。
「魔物?」
「うん。」
その直後。
岩の向こうから。
低い唸り声。
「グルルル……。」
姿を現したのは。
巨大な四足獣。
岩のような外皮。
二本の角。
全長。
五メートル近い。
リーフの顔色が変わる。
「ストーンバイソン……。」
「強い?」
「山岳地帯では。」
息を呑む。
「上位の魔物です。」
悠真は鑑定する。
──────────
名称:ストーンバイソン
種族:魔獣
危険度:A
状態:警戒
──────────
「Aか。」
レインが剣へ手を掛ける。
だが。
悠真は。
天照に触れない。
「警戒。」
「暴走じゃない。」
ストーンバイソンは。
こちらを睨んでいる。
だが。
攻撃してこない。
その向こう。
崖。
そして。
小さな影。
「……子ども?」
岩陰に。
小さなストーンバイソン。
「またか。」
悠真は苦笑する。
ロックベアと同じ。
親が。
子を守っている。
「迂回しよう。」
「いいんですか?」
リーフが尋ねる。
「戦う理由ないし。」
「ですね。」
レインも剣から手を離す。
◇ ◇ ◇
大きく迂回。
三十分ほど余計にかかった。
それでも。
誰も怪我しない。
それでいい。
「……。」
レインは歩きながら。
悠真を見る。
「何?」
「いえ。」
「あなたは本当に。」
「必要な戦いしか選ばないんだなと。」
悠真は。
少し考える。
「戦うの。」
「好きじゃないからね。」
「でも。」
山の先を見る。
「必要なら。」
腰の天照。
「やる。」
◇ ◇ ◇
夕方。
ついに。
山の向こうに。
人工物が見えた。
崩れた木製の塔。
錆びた鉄柵。
そして。
岩壁へ開いた。
巨大な坑道。
「……あれ。」
レインが地図を見る。
「旧ガルディア鉱山。」
到着した。
だが。
悠真は。
すぐに違和感へ気付いた。
「……人がいる。」
「中ですか?」
「うん。」
気配察知。
坑道。
地下。
一つ。
十。
二十。
さらに。
奥。
「かなりいる。」
「人質も?」
「分からない。」
だが。
もう一つ。
異常なもの。
鉱山の。
遥か地下。
そこだけ。
気配ではない。
魔力。
巨大な。
濃い。
黒い塊のような。
何か。
「……。」
天照が。
再び。
震え始める。
「ここだ。」
悠真が呟く。
この山。
この鉱山。
そして。
その奥。
「門がある。」
確信に近い感覚だった。
その直後。
坑道の奥。
闇の中で。
一つ。
赤い光が。
灯った。
続いて。
二つ。
三つ。
十。
無数。
「……魔物?」
リーフが弓を構える。
悠真は。
ゆっくり天照へ手を添えた。
「たぶん。」
だが。
様子がおかしい。
赤い光。
全部。
同じ方向へ。
悠真を見ている。
そして。
坑道の奥から。
低い声が響いた。
「ようこそ。」
人間の声。
「神代悠真。」
悠真の表情が変わる。
「待っていた。」
暗闇の奥。
黒い仮面。
一人。
ゆっくり。
姿を現した。
その背後には。
首へ黒い石を取り付けられた。
無数の魔物たち。
「さあ。」
男が両手を広げる。
「封じの山へ。」
「そして。」
仮面の奥。
口元だけが。
笑う。
「天照が眠りから覚めた意味を。」
「教えてやろう。」




