第30話 天照の伝承
翌朝。
悠真は妙な感覚とともに目を覚ました。
「……ん?」
窓から差し込む朝日。
聞こえてくる鳥の声。
いつもと変わらない湖畔の朝だ。
だが。
何かが違う。
「……天照?」
枕元に置いていた刀を見る。
黒い鞘。
簡素な拵え。
見た目には何の変化もない。
それでも。
昨夜。
眠りにつく直前。
確かに感じた。
天照が――
僅かに震えた。
「気のせいかな。」
悠真は刀を手に取る。
鑑定。
──────────
名称:天照
分類:刀
格位:最上大業物
状態:完全
所有者:神代悠真
詳細:一部解析不能
──────────
「……。」
以前と変わらない。
いや。
悠真は一つの項目を見つめる。
詳細:一部解析不能
最初からあった表示。
気にはなっていた。
しかし。
「まあ、考えても分からないか。」
天照を腰へ差す。
今日は畑仕事をする予定だった。
廃屋での接触は明日。
だから今日は。
できるだけ普通に過ごす。
そのつもりだった。
◇ ◇ ◇
朝食を終え。
畑へ向かおうとした時。
「悠真さーん!」
遠くから声が聞こえた。
「ん?」
森の方を見る。
走ってくる人物。
リーフではない。
「エリナさん?」
リーフの母、エリナだった。
「どうしたの?」
「お客様です。」
「俺に?」
「はい。」
息を整えながら。
エリナが答える。
「町から。」
「グランさんという方が来ています。」
「グランさん?」
悠真は目を丸くした。
◇ ◇ ◇
エルフの村へ向かう。
広場には。
大きな荷物を背負ったグランが座っていた。
「おお。」
悠真を見つける。
「来たか、坊主。」
「どうしたんですか?」
「料理を食わせてもらう約束は覚えておるか?」
「もちろん。」
「なら問題ない。」
グランは笑う。
だが。
その顔には。
いつもの豪快さがなかった。
「ただ。」
「今日はそれだけではない。」
老人の視線が。
悠真の腰へ向く。
天照。
「少し話がある。」
◇ ◇ ◇
湖畔の家。
「ほぉ……。」
グランは家を見るなり感心していた。
「坊主。」
「本当にここを一人で?」
「リーフにも手伝ってもらいました。」
「十分おかしいわ。」
「よく言われます。」
石窯。
畑。
風呂。
湖。
グランは一通り見て回る。
「……いい場所じゃな。」
「でしょう?」
悠真は嬉しそうだった。
「気に入ってます。」
その言葉を聞いて。
グランは小さく笑った。
「そうか。」
◇ ◇ ◇
昼食。
悠真は約束通り料理を作った。
焼きたてのパン。
魚と野菜のスープ。
香草焼き。
「……。」
グランは無言で食べる。
「どうです?」
「坊主。」
「はい。」
「鍛冶師になる気はないか。」
「なんでですか。」
リーフが吹き出す。
「冗談じゃ。」
グランも笑う。
「しかし美味い。」
「約束した甲斐があったわ。」
「それならよかった。」
穏やかな時間。
だが。
食事が終わると。
グランの表情が変わった。
「さて。」
持ってきた荷物へ手を伸ばす。
「本題じゃ。」
◇ ◇ ◇
机の上へ置かれたのは。
一冊の古びた本。
第17話で。
グランが一人で読んでいたもの。
『古代武具録』
「これ。」
悠真が本を見る。
「古いですね。」
「三百年以上前に書かれた本じゃ。」
グランは慎重にページをめくる。
紙は黄ばみ。
文字も一部が擦れている。
そして。
あるページで手を止めた。
「見てみろ。」
悠真とリーフが覗き込む。
一本の刀。
黒い鞘。
飾り気のない拵え。
悠真の視線が。
腰の天照へ向く。
「……似てる。」
「似ているどころではない。」
グランは静かに言う。
「寸法。」
「鍔の形。」
「柄。」
「鞘。」
「記録されている範囲では、ほぼ一致する。」
「名前は?」
「ここじゃ。」
挿絵の下。
文字の大半が擦れている。
読めるのは。
最後の二文字。
――照
「天照……?」
悠真が呟く。
「儂もそう考えた。」
◇ ◇ ◇
グランは別のページを開く。
そこには。
古い文章が残っていた。
「読めるところだけじゃが。」
グランがゆっくり読み上げる。
「――東方より現れし剣士。」
「――黒き鞘の刀を携え。」
「――その一閃、魔を断ち、呪を斬り、魂を傷つけることなし。」
悠真の表情が変わった。
「魔を……斬る?」
昨日。
暴走したダリオ。
天照で。
身体ではなく。
侵食していた魔力だけを斬った。
「偶然じゃない……?」
リーフも気付く。
「悠真さんが昨日やったことと同じです。」
グランが悠真を見る。
「昨日?」
「実は……。」
◇ ◇ ◇
悠真はこれまでの出来事を話した。
黒い魔道具。
暴走したオーガ。
深淵教団。
そして。
人間へ使用された黒い石。
魔力だけを斬ったこと。
話を聞くほど。
グランの顔から笑みが消えていった。
「坊主。」
「はい。」
「それは本当に。」
「人を斬らず、魔力だけを斬ったのか?」
「はい。」
「……。」
グランは目を閉じる。
「なら。」
古代武具録へ視線を落とす。
「可能性は高い。」
「何が?」
老人は。
静かに答えた。
「お前の刀が。」
「この本に記されている天照、そのものだという可能性じゃ。」
◇ ◇ ◇
悠真は天照を机へ置く。
黒い鞘。
今まで。
何度も見てきた。
森で目を覚ました時から。
ずっと自分の傍にあった刀。
「この刀。」
「三百年以上前から存在するんですか?」
「少なくとも。」
グランは頷く。
「この本が書かれた時点で、すでに伝説として記されておる。」
「じゃあ。」
「もっと古い?」
「そうなる。」
悠真は言葉を失った。
◇ ◇ ◇
「持ち主は?」
悠真が尋ねる。
「そこが問題じゃ。」
グランはページをめくる。
「名前が残っておらん。」
「記録では。」
「東方より現れた剣士。」
「異国の服装。」
「見たことのない刀。」
「そして。」
指で文章をなぞる。
「剣の理から外れた技を使った。」
「剣の理?」
「普通ではあり得ない剣術という意味じゃろう。」
悠真の頭に。
一つの言葉が浮かぶ。
剣術【神域】。
「……。」
「どうした?」
「俺の剣術スキル。」
悠真が答える。
「神域っていうんです。」
グランの動きが。
止まった。
「……何?」
◇ ◇ ◇
「剣術【神域】。」
「鑑定するとそう表示されます。」
グランは。
しばらく何も言わなかった。
そして。
慌てて本をめくり始める。
「どこじゃ……。」
「確か……。」
ページをめくる。
さらに。
もう一枚。
「これじゃ。」
小さな文字。
ほとんど消えかけている。
グランが読み上げる。
「――剣士の技。」
「――人の域にあらず。」
「――その境地を。」
一度。
息を呑む。
「神域と呼ぶ。」
「……。」
誰も。
言葉を発しなかった。
◇ ◇ ◇
天照。
剣術【神域】。
三百年以上前。
東方から現れた謎の剣士。
偶然。
そう考えるには。
一致するものが多すぎる。
「俺と。」
悠真が呟く。
「関係あるのかな。」
「分からん。」
グランは正直に答えた。
「お前がその剣士の子孫なのか。」
「同じ場所から来た人間なのか。」
「あるいは。」
天照を見る。
「刀そのものがお前を選んだのか。」
「選んだ……。」
その言葉を聞いた瞬間、悠真の脳裏に、以前グランから告げられた言葉が蘇った。
――その刀が、正しい主を選んだようで安心した。
あの時は深く考えていなかった。
だが今になって思えば、グランは最初から、天照が持ち主を選ぶ可能性を考えていたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
その時。
「きゅ?」
フェルルが鳴いた。
天照を見ている。
「どうした?」
「きゅぅ……。」
フェルルが近付く。
鼻をひくひくさせる。
そして。
天照の鞘へ。
小さな前足を乗せた。
瞬間。
――トクン。
悠真の胸が。
大きく脈打った。
「……っ!」
「悠真さん?」
視界が揺れる。
湖畔の家が消える。
代わりに。
一瞬だけ。
知らない景色が見えた。
◇ ◇ ◇
燃える空。
崩れた建物。
無数の魔物。
その中心に。
一人の男が立っている。
顔は見えない。
男の手には。
黒い鞘の刀。
そして。
声。
――まだ、その時ではない。
「……!」
景色が消えた。
◇ ◇ ◇
「悠真さん!」
気付けば。
リーフが肩を支えていた。
「大丈夫ですか!?」
「……うん。」
悠真は額を押さえる。
「今。」
「何か見えた。」
「何を?」
「分からない。」
燃える場所。
刀を持つ男。
そして。
声。
「まだ、その時じゃないって。」
グランの表情が険しくなる。
「刀が見せたのか?」
「多分。」
悠真は天照を見る。
だが。
刀は。
何事もなかったように。
机の上に置かれている。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
グランは古代武具録を閉じた。
「坊主。」
「この本。」
「お前が持っておけ。」
「いいんですか?」
「儂が持っているより。」
悠真を見る。
「お前が持つべきじゃ。」
悠真は両手で受け取る。
「ありがとうございます。」
「ただし。」
グランの表情が真剣になる。
「天照のことは。」
「誰にでも話すな。」
「最上大業物というだけでも危険なのに。」
「それ以上の何かである可能性が出てきた。」
「分かりました。」
悠真は頷いた。
◇ ◇ ◇
夕方。
グランを町へ送り出した後。
悠真は一人。
湖の前に座っていた。
膝の上には。
天照。
「お前。」
刀へ話しかける。
「何なんだ?」
当然。
返事はない。
「俺をこの世界に連れてきたのも。」
「お前だったりする?」
静かな湖。
風が吹く。
答えはない。
それでも。
不思議と。
天照が少しだけ温かく感じた。
「……まあ。」
悠真は笑う。
「いつか分かるか。」
焦る必要はない。
今は。
明日のこと。
廃屋での接触。
深淵教団。
まずは。
目の前の問題を解決する。
悠真は立ち上がる。
その時。
鞘の中で。
天照が。
ほんの僅かに震えた。
まるで。
その答えを。
肯定するかのように。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
リーベル東部。
廃屋の地下。
黒い仮面の男が跪いている。
「確認できました。」
「何をだ。」
暗闇の人物が尋ねる。
「天照が。」
男は答える。
「反応しました。」
沈黙。
そして。
暗闇の人物が。
ゆっくり立ち上がる。
「三百二十七年。」
その人物は、机の上に広げられた古い文献へ指を這わせる。
「我々の先人が『門』の存在へ辿り着いてから、それだけの年月が過ぎた。」
黒い仮面の男は黙って頭を垂れる。
「ようやく。」
暗闇の人物の声に、僅かな興奮が混じる。
「止まっていたものが、再び動き始める。」
机の上。
古びた別の文献。
そこには。
一人の剣士と。
一本の刀。
そして。
こう記されていた。
――天照の主、再び現れし時。
――閉ざされし門は、再び開かれる。
男は笑う。
「待っていたぞ。」
「神代悠真。」
明日。
悠真はまだ知らない。
廃屋で待っている者たちの目的が。
自分を殺すことではないことを。
そして。
天照こそが。
彼らが三百年以上追い求めてきたものだということを。




