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気づいたら異世界でした ~最上大業物の刀で始めるスローライフ~  作者: 冬夜


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第27話 斬るべきもの

悠真の姿が消えた。


少なくとも。


レインには、そう見えた。


「……っ!」


次の瞬間には、暴走した男の懐へ入り込んでいる。


「グォォォォッ!!」


男が巨大化した腕を振り回す。


速い。


オーガほどの巨体ではない。


その分、攻撃速度はこちらの方が上だった。


だが。


悠真には見えている。


肩。


肘。


腰。


足。


身体の僅かな動きから、次の攻撃が分かる。


(右。)


一歩ずれる。


拳が頬の横を通過する。


(次は左。)


身体を沈める。


頭上を腕が通り過ぎる。


「やっぱり……。」


悠真は確信する。


剣術【神域】。


それは単純に剣の扱いが上手くなるスキルではない。


間合い。


呼吸。


重心。


敵の動き。


そして――


斬るべき場所。


それら全てが、まるで最初から知っていたかのように理解できる。


「見える。」


男の身体を覆う黒い靄。


その流れまで。


◇ ◇ ◇


「グァァァッ!」


男が両腕を振り上げる。


悠真は天照を構えた。


普通なら。


腕を斬る。


首を斬る。


あるいは胴を斬る。


だが。


今の悠真には違うものが見えていた。


男の胸。


押し当てられた黒い石から。


無数の黒い魔力が全身へ伸びている。


血管のように。


身体中へ。


(これを……。)


天照を握る。


(斬る。)


一閃。


シュン――


刃は男の胸元を通過した。


「悠真さん!?」


リーフが息を呑む。


だが。


血は出ない。


服すら切れていなかった。


代わりに。


ブツン。


何かが切れるような感覚。


「ガ……?」


男の動きが止まる。


胸の黒い石に。


一本の亀裂が走った。


パキッ。


そして。


砕ける。


◇ ◇ ◇


「グォォォォォッ!!」


男が絶叫する。


黒い靄が激しく噴き出した。


「悠真!」


レインが叫ぶ。


だが悠真は退かない。


「まだ。」


剣術【神域】が告げている。


これだけでは足りない。


石は壊した。


だが。


すでに身体へ流れ込んだ魔力が残っている。


それが男の肉体を蝕み続けている。


鑑定。


──────────


名称:不明


種族:人族


状態:強制暴走・肉体変質


生命状態:危険


──────────


「まだ駄目か。」


悠真は天照を構え直す。


「だったら。」


もう一度。


今度は。


もっと深く。


身体ではない。


男を支配している魔力だけを斬る。


◇ ◇ ◇


息を整える。


世界が静かになる。


男の咆哮。


リーフの声。


レインの気配。


フェルルの鳴き声。


すべてが遠ざかる。


悠真の視界には。


黒い線だけが見えていた。


胸から肩。


腕。


腹。


脚。


頭。


全身を侵食している異質な魔力。


(全部。)


悠真は静かに刀を構える。


(斬る。)


踏み込む。


一閃。


二閃。


三閃。


四閃。


刃が舞う。


だが。


男の身体には傷一つ付かない。


代わりに。


黒い靄だけが次々と断ち切られていく。


「……。」


レインは言葉を失っていた。


剣を扱う者だからこそ分かる。


そんなことは。


本来。


不可能だ。


「何を……斬っている?」


目には見えない。


だが。


確かに何かが斬られている。


◇ ◇ ◇


最後の一本。


男の心臓近くへ伸びる黒い魔力。


「これで。」


悠真は天照を振るう。


シュン――


黒い線が。


切れた。


その瞬間。


男の身体から。


大量の黒い靄が吹き出した。


「うわっ!」


リーフが腕で顔を覆う。


黒い靄は洞窟の天井近くまで広がり。


やがて。


霧のように消えていった。


そして。


ドサッ。


男が倒れる。


「!」


悠真はすぐに駆け寄った。


「大丈夫!?」


鑑定。


──────────


種族:人族


状態:気絶・重度衰弱


生命状態:安定


──────────


「……。」


数秒。


悠真は表示を見つめる。


そして。


「よかったぁ……。」


その場へ座り込んだ。


「生きてる。」


心の底から安堵した声だった。


◇ ◇ ◇


「悠真さん!」


リーフが駆け寄る。


「怪我は!?」


「俺は大丈夫。」


「本当に?」


「うん。」


身体を確認する。


傷はない。


「きゅぅ!」


フェルルも飛びついてきた。


「ごめんごめん。」


「心配した?」


「きゅ!」


怒ったように鳴く。


「ごめんな。」


悠真は笑いながら頭を撫でた。


◇ ◇ ◇


一方。


レインは動けずにいた。


目の前で起きたことを。


理解できない。


「……悠真。」


「ん?」


「今。」


「何をしたんですか。」


「何って……。」


悠真は天照を見る。


「この人を操ってた魔力を斬った。」


「……。」


レインは無言になる。


「魔力を。」


「斬った?」


「多分。」


「多分!?」


思わず声が大きくなる。


悠真は少し困った顔をした。


「俺も初めてやったから。」


レインは額を押さえた。


危険度Aのオーガを素手で倒した時にも驚いた。


だが。


今回の方が遥かに異常だった。


物質ではない。


魔力そのものを斬る。


少なくともレインは。


そんな剣士を知らない。


◇ ◇ ◇


「……神域。」


悠真が小さく呟く。


「何です?」


「俺が持ってる剣術スキル。」


レインの表情が変わる。


「剣術スキル?」


「うん。」


悠真は隠す必要もないと思い、説明する。


「鑑定したら。」


「剣術【神域】って表示されてた。」


沈黙。


「……神域?」


リーフが首を傾げる。


レインも聞いたことがないらしい。


「少なくとも。」


レインは慎重に答える。


「王国で一般的に確認されている剣術系スキルに、その名称はありません。」


「やっぱり珍しい?」


「珍しいというより……。」


レインは言葉を選ぶ。


「存在そのものが記録されていない可能性があります。」


「……。」


悠真は天照を見る。


最上大業物。


天照。


剣術【神域】。


自分がこの世界へ来た時から持っていたもの。


「俺。」


静かに呟く。


「なんでこんなもの持ってるんだろうな。」


誰も答えられなかった。


◇ ◇ ◇


「さて。」


レインが気持ちを切り替える。


残った二人の男を見る。


二人とも。


完全に戦意を失っていた。


「改めて聞きます。」


レインが黒鴉隊の徽章を見せる。


「所属は。」


「……。」


沈黙。


だが。


先ほどとは違う。


二人の顔には。


明確な恐怖があった。


レインに対してではない。


悠真に対してでもない。


何か別のものを恐れている。


「言えない。」


一人が呟く。


「言ったら……。」


「殺される。」


悠真の表情が変わる。


「誰に?」


「……。」


男は震えている。


「俺たちは。」


「ただ運んでいただけだ。」


「何を?」


「石を。」


「誰から受け取った?」


男は口を開こうとする。


だが。


その時。


「やめろ!」


もう一人が叫んだ。


「言うな!」


「でも!」


「家族を殺されるぞ!」


洞窟が静まり返る。


「家族……?」


悠真の声が低くなる。


◇ ◇ ◇


レインが二人へ近付く。


「脅されているのか。」


「……。」


「答えてください。」


長い沈黙。


やがて。


一人が。


小さく頷いた。


「俺たちは……。」


震える声。


「好きでやってるわけじゃない。」


「家族を人質に取られてる。」


「石を指定された場所へ運べ。」


「魔物に付けろ。」


「それだけだ。」


悠真は黙って聞く。


「誰に命令された?」


「名前は知らない。」


「顔も?」


「見たことがない。」


「いつも。」


男は震えながら答える。


「黒い仮面を付けた奴が来る。」


レインの表情が険しくなる。


「特徴は?」


「黒いローブ。」


「声は男。」


「それと……。」


男は何かを思い出す。


「胸に。」


「変な紋章があった。」


「どんな?」


男は地面へ指で描く。


円。


その中心に。


縦に割れた目のような模様。


レインの顔から。


血の気が引いた。


「……まさか。」


「知ってるの?」


悠真が尋ねる。


レインはすぐには答えなかった。


地面に描かれた紋章を見つめる。


「昔。」


静かに口を開く。


「王国で。」


「この紋章を使っていた集団がありました。」


「集団?」


「はい。」


レインは悠真を見る。


「禁忌とされた魔術を研究していた組織。」


「王国によって壊滅させられたはずの。」


その名は。


『深淵教団』


悠真が異世界へ来て以来。


初めて。


明確な敵の存在が。


その姿を現し始めた瞬間だった。

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