第26話 灰色の外套
洞窟の空気が、一瞬で張り詰めた。
先頭に立つ男。
その右手には、赤黒い紋様の刻まれた黒い石。
悠真はそれを見つめたまま、もう一度尋ねる。
「その石。」
「どこで手に入れた?」
男は鼻で笑った。
「聞こえなかったのか?」
「お前には関係ない。」
その後ろにいる二人も、それぞれ剣へ手を掛ける。
三人とも。
明らかに戦い慣れている。
レインも静かに前へ出た。
「王国黒鴉隊だ。」
胸元の徽章を見せる。
「その魔道具について、事情を聞かせてもらう。」
男たちの表情が変わった。
「黒鴉隊……。」
「面倒なのがいるな。」
先頭の男は舌打ちする。
だが。
逃げる様子はない。
◇ ◇ ◇
「悠真さん。」
リーフが小さな声で呼ぶ。
「ロックベアは私が見ています。」
「ありがとう。」
悠真は一歩前へ出た。
天照には触れない。
まだ。
人を斬るつもりはなかった。
「話してくれれば、それでいい。」
悠真は落ち着いた声で言う。
「このロックベアに石を付けたのは、あなたたち?」
「……。」
男は答えない。
「オーガにも同じものが付いてた。」
その言葉に。
男の眉が、ほんの僅かに動いた。
悠真はそれを見逃さなかった。
「知ってるんだな。」
「さあな。」
男は薄く笑う。
「ただ。」
「そこまで嗅ぎ回られると困る。」
ゆっくり剣を抜く。
後ろの二人も続いた。
「ここで消えてもらう。」
◇ ◇ ◇
「……。」
悠真は小さく息を吐いた。
「やめた方がいい。」
「は?」
「別に戦いたいわけじゃない。」
「石のことを教えてくれれば、それでいいから。」
男は笑った。
「命乞いか?」
「違う。」
悠真は静かに男たちを見る。
「怪我させたくないだけ。」
一瞬。
静寂。
そして。
「舐めるな!」
右側の男が駆け出した。
速い。
剣を低く構え。
悠真の脇腹を狙う。
「悠真!」
レインが叫ぶ。
だが。
悠真は動かない。
いや。
必要以上に動かなかった。
剣が届く直前。
半歩。
それだけ横へずれる。
シュッ。
剣先が服のすぐ横を通り抜ける。
「なっ!?」
男の目が見開く。
悠真はその手首へ軽く触れる。
そして。
身体強化。
ほんの僅か。
「離して。」
ぐるり。
男の腕が外側へ流される。
剣が手から抜け落ちた。
カラン。
そのまま。
悠真は肩へ手を置く。
「よっ。」
「ぐっ!?」
勢いを殺すように身体を回し。
地面へ転がす。
ドサッ。
「……え?」
男は自分が何をされたのか分かっていなかった。
◇ ◇ ◇
「貴様!」
二人目が動く。
同時に先頭の男も踏み込む。
左右。
二方向からの攻撃。
レインが剣を抜こうとする。
しかし。
「大丈夫。」
悠真の声だった。
左からの斬撃。
しゃがむ。
右からの突き。
首を傾ける。
二本の剣が空を切る。
悠真は立ち上がると。
左の男の肘を軽く押す。
「うおっ!?」
体勢が崩れる。
その背中を。
右の男へ向けて押した。
「なっ!」
ドン!
二人がぶつかる。
その隙に。
悠真は先頭の男の手首を掴んだ。
「それ。」
黒い石を持っている右手。
「貸して。」
「ふざけ――」
男が抵抗する。
だが。
動かない。
「なんだ、この力……!」
悠真本人は、ほとんど力を入れていない。
「離した方が痛くないと思う。」
「くそっ!」
男は空いた左手で短剣を抜いた。
刃が悠真の首を狙う。
その瞬間。
悠真の表情が変わった。
右手。
天照ではない。
短剣を持つ男の手首を。
一瞬で掴む。
「危ないって。」
静かな声。
だが。
先ほどまでとは違う。
明確な圧があった。
男の身体が硬直する。
「人に刃物を向けるなら。」
悠真は真っ直ぐ男を見る。
「覚悟くらいはしておいた方がいい。」
「……っ。」
男の額から汗が流れる。
自分でも理由が分からない。
ただ。
本能が叫んでいた。
これ以上動くな。
次は。
本当に終わる。
◇ ◇ ◇
男の手から短剣が落ちる。
カラン。
黒い石も。
ぽとりと地面へ落ちた。
レインがすぐに布を使って回収する。
「確保しました。」
その声を聞いて。
悠真は男から手を離した。
「もうやめよう。」
「……。」
三人とも動かない。
勝てない。
それが。
完全に分かってしまった。
◇ ◇ ◇
「質問する。」
レインが三人の前へ立つ。
「所属は?」
答えない。
「この魔道具は誰から受け取った。」
沈黙。
「目的は?」
それでも。
誰も口を開かない。
「黙秘ですか。」
レインは冷静だった。
だが。
先頭の男は。
悠真だけを見ていた。
「……お前。」
「何者だ。」
悠真は首を傾げる。
「神代悠真。」
「そういう意味じゃない。」
男の声が震える。
「どうして。」
「どうして刀も抜かずに……。」
悠真は少し困った顔になる。
「抜く必要なかったし。」
「……。」
男は完全に黙った。
◇ ◇ ◇
その時。
フェルルが突然鳴いた。
「きゅっ!」
「?」
悠真が振り返る。
フェルルは。
三人のうち、一番後ろにいた男を睨んでいる。
「きゅぅ……。」
低い声。
悠真はすぐに気配察知を広げた。
「……何かする気?」
後ろの男の肩が微かに動く。
「!」
男は懐へ手を入れた。
レインが叫ぶ。
「止まれ!」
だが。
遅い。
男が取り出したのは。
黒い石。
もう一つ。
「こんなところで捕まるくらいなら……!」
「待て!」
男は石を。
自分の胸へ押し当てた。
赤黒い紋様が光る。
「うぐっ……!」
「何してる!」
悠真が駆け寄る。
だが。
石から黒い靄のようなものが溢れ。
男の身体を包み込む。
「が……あぁ……!」
骨が軋む。
筋肉が膨張する。
目が赤く染まる。
「まさか。」
レインの顔色が変わる。
「人間にも使えるのか……!?」
◇ ◇ ◇
男の身体が。
みるみる変わっていく。
腕が太く。
背中が盛り上がり。
身長まで伸びていく。
「ぐ、ぉぉぉぉ……!」
人間だったものが。
ゆっくり顔を上げる。
そこに。
理性はほとんど残っていなかった。
──────────
名称:不明
種族:人族
状態:強制暴走・肉体変質
生命状態:急速悪化
──────────
「人族……。」
悠真の表情が変わる。
まだ。
人間だ。
「死にかけてる。」
「悠真。」
レインが低い声で言う。
「危険です。」
「分かってる。」
「でも。」
悠真は天照へ手を掛ける。
「殺さない。」
ゆっくり抜刀する。
「何とかして止める。」
暴走した男が。
地面を蹴った。
ドン!!
洞窟全体が揺れる。
その速度は。
先ほどまでとは比べ物にならない。
「グォォォォォッ!!」
もはや人の声ではない咆哮。
巨大な拳が。
悠真へ向かって振り下ろされた。
◇ ◇ ◇
刹那。
銀色の光が走る。
シュン――
男の腕に巻き付いていた黒い靄が。
裂けた。
「……え?」
レインが目を見開く。
悠真は。
男そのものではなく。
身体を覆う魔力だけを斬っていた。
「これなら。」
悠真自身も驚きながら。
天照を見つめる。
「斬れる。」
黒い石。
魔力。
そして。
男を蝕んでいる何か。
剣術【神域】が。
斬るべきものを。
理解していた。
悠真は刀を構える。
「ちょっと痛いかもしれないけど。」
暴走する男を真っ直ぐ見据える。
「絶対に助けるから。」
その言葉と同時に。
悠真の姿が。
消えた。




