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気づいたら異世界でした ~最上大業物の刀で始めるスローライフ~  作者: 冬夜


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第24話 王都からの命令

アルディア王国王都。


王城の一角にある、窓のない会議室。


中央の机には一つの黒い石が置かれていた。


オーガから回収された魔道具。


レインが通信札に付随する転送術式を用い、王都へ送ったものだった。


その周囲には四人の人物が集まっている。


一人は白髪交じりの髪を短く整えた壮年の男。


鋭い眼差しと、長年危険な任務に身を置いてきた者特有の落ち着きを持っている。


アルディア王国直属の情報部隊――黒鴉隊を統括する男。


クロード・ヴァレイン。


もう一人は魔道具研究を専門とする宮廷魔術師、セレス。


そして二人の黒鴉隊員。


「触れないでください。」


セレスが静かに告げる。


黒い石の表面には、赤黒い紋様が刻まれていた。


「解析結果は?」


クロードが尋ねる。


「まだ完全には。」


セレスは石を見つめる。


「ただし、一つだけ分かりました。」


「これは魔物へ魔力を与える道具ではありません。」


「では?」


「精神へ干渉しています。」


部屋の空気が変わる。


「恐怖。」


「怒り。」


「興奮。」


「そうした感情を強制的に増幅させ、理性を奪う。」


クロードの目が細くなる。


「オーガが異常興奮状態だった原因か。」


「可能性は極めて高いです。」


◇ ◇ ◇


セレスは別の資料を机へ置いた。


「さらに問題があります。」


そこには周辺地域で発生した魔物被害が記録されていた。


フォレストウルフの群れ。


普段の縄張りを離れた魔物。


異常なほど人里へ接近する個体。


「ここ一ヶ月。」


セレスが地図へ印を付ける。


「同様の異常行動が七件確認されています。」


「偶然ではないな。」


「はい。」


クロードは腕を組む。


「誰かが意図的に魔物へ装着している可能性がある。」


「目的は?」


「現時点では不明です。」


沈黙が落ちる。


ただの魔物被害ではなくなった。


誰かが意図的に引き起こしているのなら。


これは事件だ。


◇ ◇ ◇


「それで。」


クロードは別の報告書を手に取る。


表紙には一人の名前。


神代悠真


「こちらはどう見る。」


黒鴉隊員の一人が答える。


「レインからの報告を見る限り、敵対性はありません。」


「戦闘能力は?」


「測定不能。」


「……測定不能?」


「危険度Aのオーガを無傷で制圧。」


「しかも殺害していません。」


クロードは報告書を読み進める。


やがて。


眉をひそめた。


「素手で?」


「はい。」


「……。」


部屋に何とも言えない沈黙が流れた。


セレスまで報告書を覗き込む。


「この人、本当に人間ですか?」


「少なくとも見た目はな。」


クロードはため息を吐いた。


◇ ◇ ◇


その時。


会議室の扉が開く。


「失礼する。」


入ってきたのは、四十代ほどの男だった。


上質な服。


胸には王国の紋章。


クロードが僅かに表情を曇らせる。


「バルガス卿。」


バルガス・ローデン。


王国軍務局の高官。


以前、悠真を危険ではないとする報告を偶然耳にし、その存在へ密かに関心を抱いていた男だった。


「例の異邦人について会議をしているそうだな。」


「機密事項です。」


「私にも閲覧権限はある。」


バルガスは報告書へ手を伸ばす。


「危険度Aを単独で制圧……。」


口元が僅かに上がった。


「素晴らしい。」


クロードの視線が鋭くなる。


「何を考えている。」


「簡単な話だ。」


バルガスは報告書を机へ戻した。


「それほどの戦力なら、王国のために働いてもらえばいい。」


「本人にその意思はない。」


「なら説得すればいい。」


「拒否したら?」


バルガスは答えなかった。


その沈黙だけで十分だった。


「手を出すな。」


クロードの声が低くなる。


「レインは明確に報告している。」


「神代悠真は敵ではない。」


「今は、だろう?」


二人の視線がぶつかる。


◇ ◇ ◇


数秒後。


バルガスは肩をすくめた。


「まあいい。」


「今すぐ何かするつもりはない。」


そう言って扉へ向かう。


「ただし。」


足を止める。


「力とは、使われてこそ価値がある。」


「湖のほとりで畑を耕させておくには、惜しすぎる人材だ。」


扉が閉まる。


クロードは深く息を吐いた。


「……面倒なことにならなければいいが。」


◇ ◇ ◇


その日の午後。


湖畔。


「よし。」


悠真は釣竿を握っていた。


宣言通り。


今日は何もしない日だ。


湖へ糸を垂らし。


木陰でのんびり待つ。


隣ではリーフがパンを食べている。


フェルルは草の上で昼寝中。


「平和だ。」


悠真は心から呟いた。


「昨日が大変でしたからね。」


「今日は絶対働かない。」


「畑の水やりは?」


「……それはする。」


「夕飯は?」


「作る。」


「パンもなくなりそうですよ。」


「……焼く。」


リーフが笑う。


「結構働きますね。」


「生活だからノーカウント。」


「そういうものですか?」


「そういうもの。」


二人の笑い声が湖畔へ響いた。


◇ ◇ ◇


夕方。


森から一人の男が現れる。


「悠真!」


レインだった。


「あれ?」


悠真が釣竿を置く。


「王都に戻ったんじゃ?」


「その予定でしたが、先に命令が届きました。」


「命令?」


レインは一通の封書を取り出す。


王国の紋章が押されている。


「神代悠真殿。」


レインの口調が、黒鴉隊員としてのものへ変わった。


「アルディア王国黒鴉隊より、正式な協力要請があります。」


「俺に?」


「はい。」


悠真は少し嫌そうな顔をした。


「……王都に行けとか?」


「いいえ。」


「よかった。」


即答だった。


レインが苦笑する。


「今回お願いしたいのは、黒い魔道具に関する調査です。」


悠真の表情が変わる。


「昨日の?」


「はい。」


レインは真剣な表情で続ける。


「同様の異変が、他の場所でも起きていることが確認されました。」


「……。」


「王国としては、誰かが意図的に魔物を暴走させている可能性があると見ています。」


悠真は釣り糸の先を見る。


穏やかな湖面。


平和な景色。


そのすぐ近くで。


昨日、ミーナたちの集落が襲われた。


「放っておいたら。」


悠真が尋ねる。


「また村が襲われる可能性は?」


「あります。」


レインは迷わず答えた。


「あなたの住むこの地域も含めて。」


悠真は目を閉じた。


自分は英雄になりたいわけではない。


国に仕えるつもりもない。


冒険者として名を上げたいとも思わない。


ただ。


湖畔で静かに暮らしたい。


リーフたちと笑って。


フェルルと遊んで。


畑を耕して。


美味しいものを食べる。


そんな毎日が欲しいだけだ。


だからこそ。


「……分かった。」


悠真は目を開く。


「協力する。」


レインが少し驚く。


「よろしいのですか?」


「王国のためじゃないよ。」


悠真は笑った。


「ここで静かに暮らしたいから。」


そして。


エルフの村がある方角を見る。


「俺の大切な場所を守るためなら、力を貸す。」


レインはしばらく悠真を見つめた後。


静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。」


◇ ◇ ◇


「それで。」


悠真は封書を見る。


「何をすればいい?」


「まずは異変が確認された地点を調べます。」


レインは地図を広げた。


印が付いている場所は三ヶ所。


そのうち一つは。


「ここ……。」


悠真が指差す。


見覚えがある。


ロックベアの親子が暮らしていた山間部。


「まさか。」


胸騒ぎがした。


「明日の朝、ここから調べよう。」


レインも頷く。


「その予定です。」


悠真は森の奥を見つめる。


数日前。


子どもを守っていたロックベア。


もし。


あの親子にも黒い魔道具が使われていたら。


「……。」


悠真の表情から笑みが消える。


その足元で。


眠っていたフェルルが、ゆっくり目を開いた。


「きゅ……。」


穏やかな湖畔の暮らしを守るため。


悠真は初めて、自分から異変を追うことを決めた。


そしてそれは。


彼がこの世界へ来た本当の理由へと続く、長い道の最初の一歩になるのだった。

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