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気づいたら異世界でした ~最上大業物の刀で始めるスローライフ~  作者: 冬夜


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第22話 神域の剣

ブォン――!


巨大な棍棒が空気を押し潰す。


四メートル近い巨体から繰り出された一撃。


まともに受ければ、人間などひとたまりもない。


だが。


「……見える。」


悠真には、その動きがはっきりと見えていた。


振り上げる腕。


肩の動き。


踏み込む右足。


棍棒が描く軌道。


すべてが、恐ろしいほど鮮明に理解できる。


(右へ半歩。)


身体が答えを知っていた。


悠真はわずかに右足を動かす。


直後。


ドゴォォォン!!


棍棒が地面へ叩きつけられた。


土と石が激しく舞い上がる。


「きゅっ!」


離れた岩の上にいるフェルルが驚いた声を上げた。


だが悠真は無傷だった。


棍棒は身体のすぐ横を通過している。


「危な……。」


思わず声が漏れる。


しかし。


妙な感覚だった。


怖い。


それなのに、攻撃そのものは怖くない。


避けられる。


そう確信できてしまう。


「これが……。」


悠真は手にした天照を見る。


「剣術【神域】……?」


◇ ◇ ◇


「グォォォォッ!」


オーガが再び棍棒を振るう。


横薙ぎ。


今度は速い。


悠真は後ろへ下がる。


ブォン!


鼻先を風圧が通り抜けた。


続けて二撃目。


上段からの振り下ろし。


悠真は身体を捻る。


ドォン!


また地面が砕ける。


「……。」


悠真は刀を構えながら、オーガを観察していた。


(遅い。)


いや。


実際には速い。


これほどの巨体が振るう攻撃としては、信じられない速度だ。


それでも。


悠真には遅く感じられる。


攻撃が始まるより前に、どこへ来るのか分かってしまう。


まるで相手が次に何をするのか、教えてくれているようだった。


「すごいな……。」


自分自身の能力に、初めて薄ら寒さすら覚える。


黒狼を斬った時は一瞬だった。


だから分からなかった。


しかし今。


自分が与えられた力が、どれほど異常なのか。


ようやく、その一端を理解し始めていた。


◇ ◇ ◇


少し離れた集落では。


ドォン!


再び轟音が響く。


「悠真さん……。」


リーフが不安そうに振り返る。


「行ってください。」


負傷者の手当てをしていたエルフの男が言った。


「ですが……。」


「こちらは大丈夫です。」


リーフは迷う。


その時。


「私が行きます。」


レインが立ち上がった。


「レインさん?」


「様子だけ確認してきます。」


「でも。」


「危険なら戻ります。」


そう言い残し、レインは走り出した。


表向きは、悠真を心配したから。


だが、もう一つ理由があった。


(確認しなければ。)


王都から命じられた任務。


神代悠真の戦闘能力。


これまで直接確認する機会はなかった。


黒狼を一太刀で倒したという話も。


巨大な木を一瞬で切ったという報告も。


すべて他人から聞いたものだった。


今なら。


自分の目で確認できる。


◇ ◇ ◇


「グォォッ!」


オーガが大きく踏み込む。


悠真は刀を正眼に構えた。


(どうする。)


倒すだけなら。


恐らく簡単だ。


そう感じている自分がいる。


だが。


鑑定に表示された文字が気になっていた。


状態:異常興奮


「何でこんな状態になってるんだ?」


答えは返ってこない。


オーガは再び棍棒を振り上げる。


「……仕方ない。」


悠真は静かに息を吐いた。


「まずは動けなくする。」


狙うのは命ではない。


右手。


正確には――棍棒。


「ふっ!」


悠真が地面を蹴る。


一瞬。


姿が消えたように見えた。


「グォ!?」


オーガの目が悠真を追う。


だが遅い。


天照が閃く。


シュン――


甲高い音が響いた。


そして。


ズドン!


巨大な棍棒の先端が地面へ落ちた。


「……え?」


悠真が思わず声を漏らす。


斬ったのは木製の棍棒。


そのはずだった。


だが。


切断面を見る。


棍棒の内部には、黒い金属のような芯が通っていた。


それごと。


天照は何の抵抗もなく切断していた。


「本当に何でも切れるんだな……。」


呆然と天照を見る。


「グォォォォォ!」


武器を破壊されたオーガが怒り狂う。


折れた棍棒を投げ捨て、巨大な拳を振り上げた。


「まだ来るのか。」


悠真は刀を構え直す。


◇ ◇ ◇


その光景を。


木陰からレインが見ていた。


「……嘘だろ。」


思わず声が漏れる。


オーガ。


危険度A。


熟練した冒険者でも、一人で戦う相手ではない。


討伐するなら複数人。


それも十分な準備が必要になる。


だというのに。


悠真は。


一度も攻撃を受けていない。


それどころか。


(遊んでいる……?)


違う。


レインはすぐに考えを改める。


悠真は遊んでなどいない。


殺さずに止める方法を探しているのだ。


だから時間がかかっている。


「なんなんだ……。」


レインの額から冷たい汗が流れる。


報告書には何度も目を通した。


それでも。


実際に見るのとでは、まるで違った。


◇ ◇ ◇


オーガの拳が迫る。


悠真は刀を鞘へ納めた。


「……よし。」


「グォォッ!」


巨大な拳。


悠真は真正面から踏み込む。


「悠真!」


思わずレインが叫んだ。


だが。


次の瞬間。


悠真の身体がわずかに沈む。


拳を紙一重で避け。


オーガの懐へ潜り込む。


そして。


「ごめんな。」


右の掌を、オーガの腹へ添える。


身体強化。


ほんの少しだけ。


力を込める。


「ふっ!」


ドンッ!!


鈍い衝撃音。


「グォ……!?」


四メートル近いオーガの身体が浮いた。


「え。」


悠真自身が驚く。


次の瞬間。


ズゥゥン!!


オーガは数メートル後方へ吹き飛び、地面を転がった。


「……。」


森が静まり返る。


悠真は自分の右手を見る。


「ちょっと待って。」


「今の……俺?」


オーガは倒れたまま動かない。


「やりすぎた!?」


慌てて駆け寄る。


「おい、大丈夫か!?」


鑑定。


──────────


名称:オーガ


種族:亜人型魔物


危険度:A


状態:気絶・異常興奮


生命状態:安定


──────────


「よかった……。」


悠真は心底安心した。


「生きてる。」


「……。」


その後ろで。


レインは完全に言葉を失っていた。


(危険度Aのオーガを。)


(素手で……?)


しかも。


本人は倒したことではなく、殺してしまわなかったかを心配している。


「悠真。」


「ん?」


振り返り、初めてレインに気付く。


「あれ?」


「どうしてここに?」


「……心配だったので。」


「そうだったんだ。」


悠真は笑った。


「大丈夫。」


「何とかなったよ。」


「……。」


何とかなった。


その言葉を聞いたレインは、頭が痛くなってきた。


「あなたは……。」


言いかけて止める。


今ここで正体を明かすわけにはいかない。


「いや。」


「何でもありません。」


◇ ◇ ◇


その時。


「きゅ?」


フェルルがオーガへ近付いた。


「フェルル?」


鼻をひくひくさせる。


そして。


「きゅっ!」


何かを見つけたように鳴いた。


オーガの首元。


毛皮の下に、何かが見える。


「これは……。」


悠真が手を伸ばす。


首には細い紐が巻き付いていた。


そこから、小さな黒い石がぶら下がっている。


「装飾品?」


レインの表情が変わった。


「待ってください。」


「それには触らない方がいい。」


「え?」


レインが近付く。


黒い石を慎重に観察する。


表面には、赤黒い線で奇妙な紋様が刻まれていた。


「こんな物……。」


レインにも見覚えはない。


「鑑定してみる。」


悠真が意識を集中する。


──────────


名称:不明


分類:魔道具


状態:破損


効果:解析不能


付着魔力:微量


──────────


「解析不能?」


悠真が眉をひそめる。


天照ですら詳細を見ることができた鑑定が。


この小さな石については、ほとんど何も教えてくれない。


「これが原因なのかな。」


「可能性はあります。」


レインの声は低い。


フォレストウルフの異常な群れ。


オーガの異常興奮。


そして謎の魔道具。


偶然が重なったとは考えにくい。


「持ち帰りましょう。」


レインが言う。


「調べる方法に心当たりがあります。」


「本当?」


「……ええ。」


一瞬だけ間があった。


「王都には、魔道具を研究している者がいますから。」


悠真は特に疑うことなく頷いた。


「じゃあお願いしてもいい?」


「任せてください。」


レインは黒い石を布で包み、慎重にしまった。


◇ ◇ ◇


やがて。


オーガが小さく動いた。


「グ……。」


「起きそうだ。」


悠真は警戒しながら距離を取る。


だが。


先ほどまでとは様子が違う。


荒々しい呼吸が落ち着き始めている。


黄色い瞳からも、あの異様な敵意が消えていた。


「グゥ……。」


オーガはゆっくり身体を起こす。


悠真を見る。


しばらく見つめ合う。


「もう暴れない?」


「……。」


当然、言葉は返ってこない。


だが。


オーガは悠真へ襲い掛からなかった。


代わりに。


ゆっくりと周囲を見回す。


壊れた棍棒。


荒れた地面。


遠くに見える集落。


そして。


自分の首元へ触れる。


そこにあったはずの黒い石は、もうない。


「グ……?」


その仕草を見た悠真とレインは顔を見合わせる。


「やっぱり。」


悠真が呟く。


「あの石が何かしてたのかもしれない。」


レインも静かに頷いた。


オーガは再び悠真を見る。


そして。


ほんの僅かに頭を下げた。


「……え?」


そのまま背を向ける。


ゆっくりと森の奥へ歩き出す。


「行っちゃった。」


「追いますか?」


レインが尋ねる。


悠真は首を横に振った。


「もう村を襲わないならいい。」


オーガの背中が木々の向こうへ消えていく。


悠真は天照へ視線を落とした。


今日は。


刀で命を奪わなかった。


それでも。


守ることはできた。


「……よかった。」


自然と、そんな言葉が漏れた。


◇ ◇ ◇


集落へ戻ると。


「悠真さん!」


リーフが真っ先に駆け寄ってきた。


「大丈夫でしたか!?」


「うん。」


「もう大丈夫だと思う。」


その後ろから、一人の男性が歩いてくる。


腕には包帯が巻かれていた。


先ほどのミーナの父親だ。


「あなたが……助けてくださったのですか。」


「俺だけじゃないですよ。」


悠真はレインを見る。


「みんながいたからです。」


男性は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「娘まで助けていただいて……。」


「ミーナは無事です。」


リーフが笑顔で答える。


「今頃、村長のところで休んでいると思います。」


男性の目から涙が溢れた。


「よかった……。」


悠真はその姿を見て、静かに微笑んだ。


助けられた。


少なくとも今日は。


それで十分だった。


◇ ◇ ◇


その夜。


集落の安全を確認した後。


レインは一人、少し離れた森へ入っていた。


懐から通信札を取り出す。


いつものように報告を書く。


だが。


今日は筆が止まった。


何と書けばいい。


危険度Aのオーガの攻撃を完全に見切った。


武器を一太刀で切断。


最後には素手で気絶させた。


しかも。


一度も殺意を見せなかった。


レインは深く息を吐く。


そして書いた。


対象・神代悠真の戦闘能力を直接確認。


現時点で上限測定不能。


危険度A相当の魔物を単独で制圧。負傷なし。


対象は終始、殺傷を回避。


また、魔物に装着された正体不明の魔道具を回収。


周辺魔物の異常行動との関連性が疑われる。


至急、解析を要請する。


最後に。


レインは少し迷い。


もう一文を加えた。


対象本人を脅威と判断する根拠は、現時点では存在しない。


通信札が光となって消える。


「……これで。」


レインは手元に残った黒い石を見る。


「王都も、本格的に動く。」


森の遥か向こう。


誰にも知られていない場所で。


同じ赤黒い紋様を刻まれた石が――


静かに。


また一つ、淡い光を放った。

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