第20話 助けを求める少女
「ゆっくりでいい。」
悠真は少女へ温かいスープを差し出した。
「少しずつ飲んで。」
少女は震える手で器を受け取る。
「……ありがとう。」
一口。
また一口。
温かいスープが身体に染み渡るにつれ、少女の震えも少しずつ落ち着いていった。
フェルルもそっと近付き、少女の膝へ前足を乗せる。
「きゅぅ。」
「……かわいい。」
少女は少しだけ笑顔を見せた。
その笑顔を見て、部屋の空気が少し和らぐ。
◇ ◇ ◇
「私はリーフ。」
「覚えてる?」
少女はゆっくり頷く。
「……うん。」
「私はミーナ。」
「よかった。」
リーフは安心したように微笑む。
「お父さんやお母さんは?」
その質問に、ミーナの表情が曇る。
「……。」
唇を噛みしめ、小さく息を吸う。
「昨日の夜。」
「村の近くで、大きな音がしたの。」
「大きな音?」
悠真が静かに聞き返す。
「木が倒れる音……。」
「それで、お父さんたちが様子を見に行った。」
「そしたら。」
ミーナの肩が震え始める。
「魔物が……。」
「たくさん……。」
◇ ◇ ◇
「たくさん?」
レインが確認するように尋ねる。
「何匹くらい?」
「わからない。」
「でも……。」
「いっぱい。」
その言葉だけで十分だった。
単独の魔物ではない。
群れだ。
リーフも真剣な表情になる。
「この辺りで群れを作る魔物なんて……。」
「珍しいの?」
悠真が尋ねる。
「はい。」
「普通は縄張りを持って単独で行動します。」
レインも頷いた。
「群れになる魔物もいますが、この森ではほとんど確認されていません。」
悠真は腕を組む。
(何かあったのか。)
ただの偶然とは思えなかった。
◇ ◇ ◇
「お父さんが。」
ミーナは続ける。
「私だけでも逃げろって。」
「だから……。」
「森を走って……。」
そこから先は、力尽きるまで必死に走ったのだろう。
泥だらけの服。
擦り傷だらけの足。
小さな身体で、どれほど怖かったことか。
「よく頑張ったね。」
悠真が優しく頭を撫でる。
ミーナは堪えていた涙を流した。
「怖かった……。」
「うん。」
「もう大丈夫。」
その一言だけだった。
だが、不思議と安心できる声だった。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
エルフの村からエルディアも駆け付けた。
事情を聞くと、静かに目を閉じる。
「隣の集落か……。」
「ご存じなんですか?」
「もちろんです。」
「長年交流のある村です。」
エルディアは深く息を吐く。
「放ってはおけません。」
「私たちも向かいます。」
村人たちも次々と集まり始める。
しかし。
悠真はゆっくり首を横に振った。
「待ってください。」
「?」
「相手の数も種類も分からない。」
「もし本当に群れなら。」
「今、みんなで向かう方が危険です。」
部屋が静まり返る。
エルディアも頷いた。
「確かに。」
「では、どうしますか。」
悠真は少し考える。
そして。
「まずは様子を見てきます。」
「私と。」
レインが一歩前へ出る。
「同行させてください。」
悠真は少し驚く。
「危なくない?」
「旅の途中とはいえ、剣は扱えます。」
もちろん、それだけではない。
レインは王都直属の調査員として、現状を確認する必要があった。
だが、それを口にすることはない。
◇ ◇ ◇
「私も行きます。」
リーフが言う。
「道なら私が一番知っています。」
悠真は少し考えた。
確かに案内役は必要だ。
「無理はしない。」
「危なくなったらすぐ逃げる。」
「それだけは約束して。」
リーフは真っ直ぐ悠真を見る。
「約束します。」
「絶対に。」
その返事を聞いて、悠真も頷いた。
◇ ◇ ◇
出発の準備を始める。
収納から水と食料を取り出す。
救急用の布。
薬草。
必要最低限だけをまとめる。
「フェルル。」
「きゅ。」
フェルルも真剣な表情だった。
いつもの穏やかな雰囲気とは違う。
小さな身体ながら、何かを感じ取っているようだった。
「留守番……。」
そう言いかけた時。
「きゅ!」
フェルルは首を横に振るように鳴く。
「一緒に行く?」
「きゅぅ!」
力強く頷いた。
悠真は少し笑う。
「分かった。」
「無理はするなよ。」
フェルルは胸を張った。
◇ ◇ ◇
家を出る直前。
ミーナが悠真の服の裾をそっと掴んだ。
「お兄ちゃん。」
「ん?」
「みんなを……。」
「助けて。」
その小さな声に。
悠真は静かに頷いた。
「任せて。」
「必ず、連れて帰る。」
その言葉に嘘はなかった。
助けられる命なら助けたい。
それが悠真の本心だった。
◇ ◇ ◇
夕日が森を赤く染める中。
悠真。
リーフ。
レイン。
フェルル。
四人は静かに森の奥へ歩き始める。
その背中を、エルディアたちは黙って見送っていた。
「どうか、ご無事で。」
老人の祈りにも似た呟きが、風に乗って消えていく。
森の奥では。
まだ誰も知らない”異変”が、静かに広がり始めていた。




