第18話 はじめてのパン作り
翌朝。
湖から吹く風が、焼きたての木の香りを家へ運んでくる。
「よく寝た。」
悠真は玄関を開け、大きく伸びをした。
畑では野菜が元気に育ち、フェルルは花の周りを飛ぶ蝶を追いかけている。
「きゅぅ♪」
「朝から元気だな。」
頭を撫でると、フェルルは嬉しそうに頬を擦り寄せた。
◇ ◇ ◇
朝食を食べ終えた頃。
悠真は昨日町で買った食材を並べていた。
「小麦粉。」
「塩。」
「水。」
「これだけあれば……。」
リーフが覗き込む。
「何を作るんですか?」
「パン。」
「パン?」
「昨日町で食べたパン、美味しかっただろ?」
「はい。」
「でも少し固かった。」
リーフも苦笑する。
「保存が利くように焼いてますから。」
「なるほど。」
悠真は腕を組んだ。
「柔らかいパンを食べたくなって。」
「作れるんですか?」
「挑戦してみる。」
◇ ◇ ◇
木の器へ小麦粉を入れる。
塩をひとつまみ。
ぬるま湯を少しずつ加えながら混ぜていく。
「へぇ……。」
リーフは興味津々だった。
「こんなふうに作るんですね。」
「日本……。」
悠真は言いかけて止まる。
「俺の故郷では、よく作られてたんだ。」
「故郷。」
リーフは少しだけ寂しそうな顔をした。
「帰りたいですか?」
手を止める。
少し考えてから、悠真は正直に答えた。
「最初は帰りたいって思ってた。」
リーフは黙って聞いている。
「でも。」
家を見渡す。
畑。
湖。
村のみんな。
フェルル。
「今はここも、大切な場所になってきた。」
その言葉を聞いたリーフは、ほっとしたように笑った。
「よかった。」
◇ ◇ ◇
生地を捏ね始める。
「こうやって……。」
ぐっ。
ぐっ。
「意外と力がいるな。」
「私もやってみたいです!」
「じゃあ交代。」
リーフが生地を捏ねる。
「おぉ……。」
「難しい。」
「均等に力を入れる感じ。」
二人で笑いながら作業を続ける。
フェルルも真似をするように、小さな前足で生地をぺたぺた叩いていた。
「きゅぅ!」
「フェルルも手伝ってるのか?」
「きゅ!」
その姿に二人は思わず吹き出した。
◇ ◇ ◇
生地を休ませている間。
悠真は家の裏へ向かった。
「せっかくだし。」
昨日買ったレンガを収納から取り出す。
「何するんですか?」
「パン窯。」
「かま?」
「パン専用の窯。」
リーフは目を丸くした。
「そんなものまで作るんですか?」
「毎回鍋じゃ大変だからね。」
レンガを積み上げる。
粘土で固定する。
生活魔法で乾燥させる。
一時間ほどで、小さいながらも立派な石窯が完成した。
「完成。」
「早すぎます……。」
リーフは苦笑する。
(もう驚かないって決めたのに。)
やっぱり驚いてしまう。
◇ ◇ ◇
午後。
窯へ火を入れる。
十分に温まったところで、生地を丸く成形する。
「いよいよ。」
窯の中へ入れる。
待つこと二十分。
ふわり。
香ばしい香りが辺りへ広がる。
「いい匂い……。」
リーフが思わず呟く。
悠真は窯からパンを取り出した。
こんがりと狐色。
表面はパリッと。
中はふっくら。
「成功かな。」
半分に割る。
湯気とともに、小麦の香りが立ち上る。
「食べてみよう。」
◇ ◇ ◇
「いただきます。」
一口。
「……!」
悠真は思わず笑った。
「うん、美味しい。」
完全に日本のパンではない。
それでも十分美味しかった。
リーフも恐る恐る口へ運ぶ。
「……!」
「柔らかい!」
目を輝かせる。
「昨日のパンと全然違います!」
「焼きたてだからね。」
「こんなパン、初めて食べました!」
フェルルも小さく千切ってもらう。
「きゅぅ!」
嬉しそうに頬張っていた。
◇ ◇ ◇
「これは村のみんなにも食べてもらいたいですね。」
リーフが笑顔で言う。
「そうだね。」
悠真も頷く。
「今度たくさん焼こう。」
その時だった。
コンコン。
玄関を叩く音が響く。
「ん?」
扉を開けると。
そこには見覚えのある人物が立っていた。
「こんにちは。」
旅装束の青年。
レインだった。
「近くまで来たので、お邪魔してもよろしいですか?」
悠真は笑顔で迎える。
「もちろん。」
「ちょうどパンが焼けたところなんです。」
「パン?」
レインは少し驚いた表情を浮かべた。
「また珍しいものを作られたんですね。」
「よかったら食べていってください。」
レインは微笑みながら頭を下げる。
「では、お言葉に甘えます。」
◇ ◇ ◇
家へ入ったレインは、新しく作られた石窯を見て足を止めた。
(また増えている。)
前回来た時にはなかった。
家はさらに暮らしやすくなり。
畑も広がっている。
まるで何年もここで暮らしている人間のようだった。
(本当に。)
レインは心の中で苦笑する。
(この人は、この世界を楽しんでいる。)
その笑顔を見ていると。
任務で来ていることを、つい忘れそうになるのだった。




