第17話 湖畔の晩餐
夕暮れの街道。
町での買い物を終えた悠真たちは、ゆっくりと湖畔の家へ向かって歩いていた。
「今日は本当に色々買いましたね。」
リーフが笑いながら言う。
「久しぶりに買い物すると楽しいな。」
悠真も自然と笑みがこぼれる。
収納のおかげで荷物は一切ない。
手ぶらで歩けることに、何度目かの感動を覚えていた。
「収納って、本当に反則だよな。」
「そんな魔法、普通はありませんから。」
「そうなんだよね……。」
最近は少しずつ分かってきた。
自分の『普通』は、この世界では普通ではないらしい。
◇ ◇ ◇
湖畔へ着いた頃には、空は橙色に染まっていた。
「ただいま。」
もちろん返事はない。
……と思った次の瞬間。
「きゅぅ!」
フェルルが真っ先に家へ駆け込み、すぐに戻ってきた。
「お留守番ありがとう。」
頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を振る。
「さて。」
悠真は収納から今日買った鍋を取り出した。
「早速使ってみるか。」
「楽しみです!」
リーフも目を輝かせる。
◇ ◇ ◇
買ってきた鉄鍋を火にかける。
生活魔法で火を起こし、薪をくべる。
「今日は何を作るんですか?」
「野菜たっぷりのシチューっぽいもの。」
「しちゅー?」
「煮込み料理だよ。」
畑で採れた野菜を切る。
今日はグランからもらった小刀を初めて使う。
「切りやすい。」
刃の入り方が心地いい。
「やっぱり料理には料理の道具だな。」
肉は収納していた黒狼の肉を少しだけ取り出す。
「黒狼のお肉って食べられるんですね。」
「鑑定したら問題なかった。」
「鑑定って便利ですね。」
「助かってる。」
鍋の中へ野菜と肉を入れ、香草と塩で味を整える。
ぐつぐつ。
優しい香りが家の周囲へ広がっていく。
◇ ◇ ◇
「……いい匂い。」
その時だった。
聞き覚えのある声がした。
「リーフ?」
振り返ると、そこにはエリナと、数人の村人が立っていた。
「こんばんは。」
「こんばんは。」
悠真は笑顔で迎える。
「どうしたんですか?」
エリナは少し照れくさそうに笑った。
「町から帰る頃かなと思って、お野菜を届けに来たんです。」
手には新鮮なキノコや山菜が入った籠があった。
「ありがとうございます。」
「……あ。」
エリナが鍋を見る。
「もしかして、お料理中でした?」
「はい。」
悠真は少し考える。
そして笑顔になった。
「よかったら、一緒に食べませんか?」
「えっ?」
「せっかくだし。」
「でも、ご迷惑じゃ……。」
「全然。」
「むしろ人数が多い方が美味しいですよ。」
◇ ◇ ◇
急遽、夕食会が始まった。
追加で山菜を入れ、パンも切り分ける。
テーブル代わりに大きな板を置き、皆で囲んで座る。
「いただきます。」
湯気の立つシチューを口へ運ぶ。
「……!」
エリナが目を丸くした。
「美味しい……。」
「身体が温まります。」
「このお肉、柔らかい!」
村人たちから次々と声が上がる。
悠真は少し照れながら答えた。
「黒狼のお肉なんです。」
「黒狼!?」
一同が固まる。
「ま、まさか……。」
「この前倒したやつです。」
「……。」
静寂。
そして。
「食べられるんですね。」
「知らなかった……。」
「こんなに美味しいなんて。」
エリナは思わず笑ってしまった。
「悠真さんが来てから、初めて知ることばかりです。」
◇ ◇ ◇
食事も終わり、空には満天の星が広がっていた。
村人たちは帰る支度を始める。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
「また来てもいいですか?」
「もちろん。」
「今度はデザートも作ります。」
「でざーと?」
「甘いもの。」
「楽しみです!」
笑い声が湖畔へ響く。
村人たちは何度も手を振りながら森へ帰っていった。
◇ ◇ ◇
静かになった湖畔。
「今日は賑やかだったな。」
悠真は夜空を見上げる。
「そうですね。」
リーフも隣へ座った。
「この家、村のみんなが好きになりそうです。」
「そうなら嬉しいな。」
「きっと。」
リーフは小さく笑う。
「悠真さんの家は、不思議と落ち着くんです。」
「そう?」
「はい。」
自然と笑顔になれる場所。
そんな場所になっていた。
◇ ◇ ◇
その頃。
町・リーベル。
鍛冶師グランは店じまいを終え、一人で椅子へ腰掛けていた。
「……。」
昼間、悠真から預かった天照の感触を思い返す。
(あの刀。)
(儂の知る、どの刀とも違う。)
机の引き出しから、一冊の古びた本を取り出す。
表紙にはこう書かれていた。
『古代武具録』
グランは静かにページをめくる。
そして、一枚の挿絵で手が止まった。
そこには一本の刀が描かれていた。
黒い鞘。
飾り気のない拵え。
その姿は、天照とよく似ている。
しかし、挿絵の下に書かれた名前は擦り切れ、最後の二文字しか読めなかった。
――照
グランは本を閉じ、小さく呟く。
「……まさかな。」
その表情には、鍛冶師としての興奮と、一抹の不安が入り混じっていた。
夜は静かに更けていく。
そして、天照に隠された秘密もまた、少しずつ姿を現し始めようとしていた。




