第16話 鍛冶師からの贈り物
「さて。」
グランの店を後にした悠真は、黒い刀袋に収めた天照を肩へ掛け直した。
「確かに目立たなくなったな。」
「さっきまでよりずっと自然です。」
リーフも安心したように頷く。
刀が見えていた時は、多くの人が珍しそうに振り返っていた。
しかし今は、大きな荷物を背負った旅人程度にしか見えない。
「グランさんには感謝しないと。」
悠真は刀袋を軽く叩いた。
◇ ◇ ◇
市場を歩いていると、様々な露店が目に入る。
「おっ。」
悠真の足が止まった。
木工品を並べた店だった。
木皿。
木製のスプーン。
まな板。
保存箱。
「家に欲しかった物ばっかりだ。」
「昨日まで全部手作りでしたもんね。」
リーフが笑う。
「買える物は買った方が早いな。」
店主の初老の男性が笑顔で声を掛ける。
「兄ちゃん、新居か?」
「そんな感じです。」
「なら丈夫なの選んでやるよ。」
結局。
木皿を四枚。
木製スプーン。
包丁代わりになる小型ナイフ。
保存箱。
水差し。
生活に必要そうな物をいくつか購入した。
「収納。」
人目につかない場所でしまう。
「本当に便利そうだなぁ。」
店主が羨ましそうに呟いた。
悠真は苦笑するしかなかった。
◇ ◇ ◇
「次は何を見ます?」
「鍋かな。」
料理好きとしては、道具も気になる。
鉄製の鍋を扱う店へ向かうと、様々な大きさの鍋が並んでいた。
「これ、いいな。」
持ち上げる。
程よい重さ。
厚みも十分ある。
「料理人かい?」
店主が尋ねる。
「趣味です。」
「趣味でこの鍋を選ぶとは見る目がある。」
店主は満足そうに笑った。
「長く使えるぞ。」
「じゃあこれください。」
◇ ◇ ◇
一通り買い物を終えた頃には、昼を少し過ぎていた。
「結構買いましたね。」
「でも銀貨一枚も使ってない。」
「意外と安いですね。」
「助かるな。」
湖畔で暮らすなら、生活費はほとんど掛からない。
野菜は畑。
魚は湖。
水もある。
必要なのは塩や道具くらいだった。
「思った以上に暮らしやすそうだ。」
「そうですね。」
リーフも嬉しそうだった。
◇ ◇ ◇
帰ろうとした、その時だった。
「坊主。」
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、グランが小さな布包みを持って立っていた。
「グランさん。」
「忘れ物じゃ。」
「え?」
「いや。」
老人は苦笑する。
「正確には、渡し忘れじゃ。」
布包みを開く。
中には一本の小刀が入っていた。
刃渡りは十五センチほど。
飾り気はない。
だが丁寧に作られていることは一目で分かった。
「これは?」
「料理用じゃ。」
「料理?」
「刀で魚を捌く馬鹿がおるか。」
グランが呆れたように言う。
悠真は思わず苦笑した。
「確かに。」
天照は何でも切れすぎる。
魚を捌くにも、薪を割るにも向いていない。
「生活には生活の道具が必要じゃ。」
悠真は両手で受け取る。
「ありがとうございます。」
「代金は?」
「いらん。」
「でも。」
「代わりに。」
グランは少し照れくさそうに笑った。
「今度、その料理を食わせてくれ。」
悠真も笑顔になる。
「もちろん。」
「じゃあ約束です。」
「うむ。」
二人は固く握手を交わした。
◇ ◇ ◇
町を出る前。
リーフがふと立ち止まった。
「どうしました?」
「……。」
彼女は広場の一角を見つめている。
そこでは、小さな男の子がしゃがみ込んで泣いていた。
「お母さん……。」
「迷子かな。」
悠真が近付く。
「こんにちは。」
男の子は涙を拭きながら顔を上げた。
「……。」
「どうした?」
「お母さんがいなくなっちゃった……。」
「そっか。」
悠真はしゃがみ込み、目線を合わせる。
「名前は?」
「ルカ。」
「何歳?」
「五さい。」
リーフが周囲を見回す。
市場は人でいっぱいだ。
「どうしましょう。」
「まずは落ち着こう。」
悠真は収納から木の水筒を取り出す。
「お水飲む?」
「……うん。」
ルカは少しずつ落ち着きを取り戻した。
◇ ◇ ◇
その頃。
市場の反対側では、一人の女性が必死に子どもの名前を呼んでいた。
「ルカ!」
「ルカー!」
涙声だった。
その声を聞いた悠真は立ち上がる。
「いた。」
「え?」
「こっちです!」
大きな声で呼ぶ。
女性は振り返ると、一目散に駆け寄ってきた。
「ルカ!」
「お母さん!」
親子は強く抱き合う。
「よかった……。」
女性は何度も頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「いえ。」
悠真は笑う。
「無事でよかったです。」
そのやり取りを。
少し離れた場所から、レインが静かに見ていた。
(また人助け、か。)
誰かに見せるためではない。
見返りも求めない。
困っている人がいたから助ける。
ただ、それだけ。
レインは小さく笑った。
「本当に……変わらない人だ。」
◇ ◇ ◇
町を出る頃には、空が茜色へ染まり始めていた。
「今日は楽しかった。」
悠真は収納へしまった荷物を思い浮かべる。
新しい鍋。
食器。
包丁。
塩。
香辛料。
「家がもっと賑やかになりそうだ。」
「村のみんなも遊びに来ますね。」
「それなら料理をたくさん作らないと。」
フェルルが嬉しそうに鳴く。
「きゅぅ♪」
笑い声が街道へ響く。
初めて訪れた町。
そこで得たのは、生活用品だけではなかった。
新しい出会い。
新しい約束。
そして、自分の暮らしを少し豊かにしてくれる、たくさんの温かな縁だった。




