第15話 最上大業物
市場の喧騒が耳に届く。
しかし、悠真の周囲だけは不思議なほど静かだった。
目の前の老人は、返したばかりの天照をじっと見つめている。
「坊主。」
「はい。」
「少しだけ、時間をもらえんか。」
老人は店の奥に置かれた木椅子を指差した。
「座って話そう。」
悠真はリーフと顔を見合わせる。
「少しだけなら。」
「ありがとうございます。」
老人は小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
店の奥は、外から見た印象よりも広かった。
壁には大小様々な剣が掛けられている。
剣。
槍。
斧。
どれも丁寧に手入れされていた。
「改めて名乗ろう。」
老人は湯飲みに茶を注ぎながら口を開く。
「儂はグラン。」
「昔は鍛冶師をやっておった。」
「鍛冶師なんですね。」
「今は隠居じゃ。」
そう言って穏やかに笑う。
「坊主の名は?」
「神代悠真です。」
「そうか。」
グランはゆっくり頷いた。
「まず聞きたい。」
その視線が天照へ向く。
「その刀は、どこで手に入れた。」
悠真は少し考えた。
嘘をつく理由はない。
「森で目を覚ました時には、岩の上に置いてありました。」
「最初から?」
「はい。」
「そうか……。」
グランは目を閉じた。
その表情は、何かを考えているようにも、何かを思い出しているようにも見えた。
◇ ◇ ◇
「坊主。」
「最上大業物という言葉を知っておるか?」
「鑑定で見ました。」
「意味は?」
「よく分かりません。」
グランはゆっくりと頷いた。
「それでいい。」
そして一本の剣を棚から取り出す。
「これは儂が若い頃に打った剣じゃ。」
悠真は鑑定を使う。
──────────
名称:鋼鉄の長剣
分類:剣
品質:上級
──────────
「上級?」
「それでも町では十分に良い剣じゃ。」
グランは笑った。
「その上に特級。」
「さらに名工。」
「さらに伝説級。」
「そして。」
老人は静かに言葉を区切る。
「最上大業物。」
店の中が静まり返る。
「その格位に届いた武器は、この世界でも数えるほどしか存在せん。」
悠真は思わず天照を見る。
(そんなに……。)
「儂は七十年以上鍛冶師をやってきた。」
「じゃが。」
老人は苦笑する。
「実物を見たのは初めてじゃ。」
◇ ◇ ◇
「そんなに珍しいんですか。」
「珍しい、という言葉では足りん。」
グランは真っ直ぐ悠真を見る。
「王国が国宝として扱う武器でも、多くは伝説級止まりじゃ。」
「最上大業物は。」
「歴史書にしか出てこん。」
悠真は静かに息を飲む。
「だから。」
グランは天照を指差した。
「この刀を人前で見せるなと言った。」
「欲しがる者が現れる。」
「奪おうとする者も現れる。」
「国ですらな。」
◇ ◇ ◇
リーフが不安そうに悠真を見る。
「大丈夫でしょうか……。」
「今のところは問題ない。」
グランは落ち着いた口調で答えた。
「鞘から抜かなければ、気付く者はほとんどおらん。」
「刀そのものが珍しいだけで終わる。」
「ですが。」
「儂のような目利きだけは別じゃ。」
悠真は苦笑した。
「早速見抜かれてますけど。」
「はっはっは。」
老人は豪快に笑う。
「年寄りの数少ない特技じゃ。」
◇ ◇ ◇
「一つだけ約束してくれ。」
グランの表情が真剣になる。
「その刀は。」
「守るためだけに振るえ。」
「……。」
「力を誇るためではない。」
「誰かを支配するためでもない。」
「大切なものを守る時だけ使え。」
悠真はゆっくり頷いた。
「そのつもりです。」
「俺も。」
少し照れくさそうに笑う。
「できれば、畑仕事とか釣りばっかりして暮らしたいですし。」
「はっはっは!」
グランは腹を抱えて笑った。
「最上大業物を持つ男が言う台詞とは思えんな!」
「本気なんですけど。」
「分かっとる。」
老人は優しく笑った。
「だから安心した。」
その笑顔には、どこか安堵の色が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
店を出ようとした時だった。
「待て。」
グランが棚の奥から一本の布を持ってきた。
黒い布だった。
「これを持っていけ。」
「これは?」
「刀袋じゃ。」
丁寧に縫われた厚手の布。
天照をすっぽり覆える長さがある。
「町へ来る時だけでも使え。」
「刀が見えなくなるだけで、余計な視線は減る。」
悠真は両手で受け取る。
「ありがとうございます。」
「礼はいらん。」
グランは静かに笑う。
「その刀が、正しい主を選んだようで安心しただけじゃ。」
その言葉に、悠真は少しだけ引っかかった。
「正しい主……?」
しかし、グランはそれ以上何も語らなかった。
◇ ◇ ◇
店を出ると、市場は相変わらず賑わっていた。
「少し疲れましたね。」
リーフが苦笑する。
「でも来てよかった。」
悠真は黒い刀袋へ包まれた天照を見つめる。
「また一つ、この世界のことが分かった気がする。」
「買い物もまだ残っていますしね。」
「そうだった。」
二人は笑いながら市場を歩き始めた。
その様子を。
通りの反対側から、一人の男がじっと見つめていた。
灰色の外套。
鋭い眼差し。
男の視線は、黒い刀袋へ向けられている。
「グランの爺さんが……。」
男は小さく呟いた。
「刀袋を渡した、か。」
その口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「面白くなってきた。」
そう言い残し、人混みの中へ姿を消した。
悠真はまだ知らない。
この町での出会いが、自分の運命を少しずつ動かし始めていることを。




