第14話 初めての町
翌朝。
まだ太陽が昇りきる前。
湖畔には爽やかな朝の空気が流れていた。
「忘れ物はないかな。」
悠真は収納を確認する。
水筒代わりの木筒。
昼食用のパン。
銀貨を三枚。
念のための天照。
「よし。」
フェルルが肩へ飛び乗る。
「きゅぅ♪」
「今日は町だぞ。」
フェルルも嬉しそうに尻尾を振った。
「準備できました。」
リーフも弓を背負いながら家の前へやって来る。
「じゃあ行こう。」
二人と一匹は、朝日に照らされた森を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「町まではどれくらい?」
「歩いて二時間くらいです。」
「意外と近いね。」
「エルフの村からはもっと遠いですよ。」
なるほど、と悠真は頷く。
湖畔の家は、人里とエルフの村の中間くらいに位置している。
だからこそ、静かで暮らしやすいのだ。
歩きながら、リーフが説明を続ける。
「今日行く町は『リーベル』といいます。」
「リーベル。」
「大きな町ではありませんが、この辺りでは一番賑わっています。」
「楽しみだな。」
異世界へ来てから二週間ほど。
ようやく人間の町を見ることができる。
胸が少し高鳴った。
◇ ◇ ◇
森を抜けると、一本の街道へ出た。
石畳ではない。
土を固めただけの道だ。
その道を歩いていると、荷馬車とすれ違う。
御者が軽く手を振る。
「おはよう!」
「おはようございます。」
悠真も笑顔で頭を下げた。
「普通に挨拶するんだね。」
「この辺りは平和ですから。」
リーフが微笑む。
しばらく進むと、人の往来も増えてきた。
商人。
旅人。
冒険者らしき男女。
様々な人々が町へ向かって歩いている。
その中には悠真へ視線を向ける者もいた。
理由はすぐに分かった。
「……刀って珍しい?」
「かなり珍しいです。」
「やっぱり。」
この世界では剣が主流らしい。
刀を腰に差した人間はほとんどいないようだった。
◇ ◇ ◇
さらに歩くこと三十分。
ようやく町の姿が見えてきた。
高い木の柵。
見張り台。
開かれた大きな門。
門の前では兵士たちが行き交う人々を確認していた。
「おぉ……。」
悠真は思わず声を漏らす。
「これが異世界の町か。」
日本では絶対に見られない景色だった。
「並びましょう。」
リーフに続いて列へ並ぶ。
数分後。
「次。」
若い門番が声を掛ける。
「名前を。」
「リーフです。」
「エルフの村からです。」
門番は頷き、悠真を見る。
「そちらは?」
「神代悠真です。」
「……カミシロ?」
聞き慣れない名前に少し首を傾げる。
「旅人です。」
悠真がそう答えると、門番は特に深く追及しなかった。
「武器は?」
「刀です。」
「問題なし。」
門番は笑顔になる。
「町の中では揉め事を起こさないようお願いします。」
「もちろん。」
こうして二人は、無事に町へ入ることができた。
◇ ◇ ◇
「すごい……。」
町へ入った瞬間、悠真は周囲を見回した。
石造りの建物。
露店。
鍛冶屋。
パン屋。
香辛料の匂い。
賑やかな話し声。
まるで映画の中へ入り込んだようだった。
「こっちが市場です。」
リーフが案内する。
市場には数え切れないほどの店が並んでいた。
色鮮やかな果物。
干した肉。
布。
陶器。
木工品。
魔物の素材。
どれも興味深い。
「見てるだけで楽しい。」
「ふふっ。」
リーフは嬉しそうだった。
まるで初めて町へ来た子どもを案内する姉のようだった。
◇ ◇ ◇
「まずは塩を買おう。」
悠真は香辛料を扱う店へ向かう。
「いらっしゃい!」
恰幅のいい店主が笑顔で迎えた。
「何を探してる?」
「塩が欲しいんです。」
「粗塩ならあるぞ。」
木の器へ入った白い塩を見せてもらう。
「いくらですか?」
「銅貨五枚だ。」
「安い。」
悠真は銀貨を一枚差し出した。
店主は素早く釣りを返してくれる。
「毎度!」
「ありがとうございます。」
人生初の異世界での買い物だった。
思わず嬉しくなる。
◇ ◇ ◇
その後も市場を歩く。
干し肉。
香辛料。
丈夫そうな鍋。
木製の食器。
収納があるおかげで、荷物を気にせず買えるのがありがたかった。
「収納。」
人目につかない場所で品物を収納する。
「便利だな。」
リーフは苦笑する。
「本当に羨ましいです。」
◇ ◇ ◇
「おや?」
市場の片隅で、一軒の店が目に入った。
古びた木造の露店。
商品は数本のナイフと、一振りの古い剣だけ。
店主は白髪の老人だった。
「こんにちは。」
悠真が声を掛ける。
老人はゆっくり顔を上げる。
そして。
悠真の腰の天照を見るなり、動きが止まった。
「……坊主。」
低い声だった。
「その刀。」
「はい?」
「少しだけ……見せてもらえんか。」
リーフが思わず悠真を見る。
老人の目は、職人特有の真剣な光を宿していた。
悠真は少し考えた後、静かに頷く。
「抜かなければいいですか?」
「ああ。」
ゆっくりと天照を鞘ごと差し出す。
老人は両手で受け取り、丁寧に眺め始めた。
やがて。
震える声で、小さく呟く。
「……馬鹿な。」
「こんな刀が、まだ残っていたとは。」
悠真とリーフは顔を見合わせる。
老人はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐く。
そして、悠真へ刀を返しながら静かに言った。
「坊主。」
「その刀は、人前で滅多に見せるもんじゃない。」
「……え?」
「見る者が見れば。」
老人は町の喧騒へ視線を向ける。
「必ず狙われる。」
その一言だけを残し、老人は口を閉ざした。
市場の賑やかな空気とは裏腹に。
悠真は初めて、自分が持つ「天照」が世界にとって特別な存在なのかもしれないと、わずかに意識し始めるのだった。




