第13話 はじめての買い物
レインが湖畔を訪れてから数日。
悠真の生活は、相変わらず穏やかだった。
朝は畑へ水をやり。
昼は家の手入れをし。
夕方には湖で釣りをする。
「……悪くないな。」
木陰に座り、湖を眺めながら呟く。
「きゅぅ。」
フェルルも隣で気持ち良さそうに寝転んでいた。
「本当に毎日幸せそうですね。」
リーフが笑いながら歩いてくる。
「幸せだからね。」
悠真は素直に答えた。
その言葉に、リーフも自然と笑顔になる。
◇ ◇ ◇
昼食を終えた頃。
リーフが思い出したように口を開いた。
「そういえば。」
「ん?」
「明日、近くの町で市が開かれるんです。」
「市?」
「月に一度だけ開かれる大きな市場です。」
「へぇ。」
悠真は興味を持った。
「野菜や薬草だけじゃなくて、服や道具、調味料なんかも売っています。」
「調味料!」
思わず身を乗り出す。
「塩とかある?」
「もちろんありますよ。」
「味噌とか醤油は……ないか。」
「みそ?」
「しょうゆ?」
「いや、何でもない。」
悠真は苦笑した。
やはり日本と同じ調味料は期待できないらしい。
それでも塩や香辛料があるだけでも十分嬉しい。
「行ってみたい。」
「じゃあ、一緒に行きましょう。」
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
悠真は収納画面を開いて考え込んでいた。
「……お金。」
異世界へ来てから、一度も意識していなかった。
「俺、お金持ってない。」
財布には日本円しか入っていない。
当然、この世界では使えない。
「どうしよう。」
リーフも少し困った顔になる。
「確かに……。」
その時。
フェルルがぴょんと立ち上がった。
「きゅ!」
森の奥へ向かって駆け出していく。
「フェルル?」
「待って!」
二人は慌てて追いかけた。
◇ ◇ ◇
数分後。
フェルルが止まったのは、小さな崖の前だった。
「きゅぅ。」
前足で地面を掘り始める。
「何かあるの?」
悠真も一緒に土を掘る。
すると。
カツン。
何か硬いものに当たった。
「これは……。」
土の中から現れたのは、古びた木箱だった。
「宝箱?」
悠真は慎重に蓋を開ける。
中には。
金色や銀色に輝く硬貨。
そして、小さな革袋。
「お金?」
リーフも驚いた表情になる。
「どうしてこんなところに……。」
「鑑定。」
悠真は木箱へ鑑定を使った。
──────────
古い保管箱
状態:経年劣化
説明:
かつて旅人が埋めた私物。
長い年月を経ても保管されている。
所有者情報:消失
──────────
「所有者情報、消失……。」
「つまり?」
「もう持ち主はいないってことかな。」
悠真は革袋も鑑定する。
──────────
革袋
内容:
金貨 5枚
銀貨 27枚
銅貨 64枚
──────────
「金貨!」
リーフが目を丸くする。
「結構入ってるの?」
「ええ。」
「普通の家庭なら、数か月は暮らせます。」
「そんなに?」
悠真は箱を見つめた。
少し考える。
そして。
「村長さんに相談しよう。」
「え?」
「本当に使っていいものか分からないし。」
リーフは少し安心したように笑った。
「悠真さんらしいですね。」
◇ ◇ ◇
夕方。
エルフの村。
事情を聞いたエルディアは、木箱を静かに見つめていた。
「……間違いありません。」
「使っても大丈夫ですか?」
「はい。」
老人はゆっくり頷く。
「所有者情報が消失した遺留品は、発見者の所有物になります。」
「そうなんですね。」
「ただし。」
エルディアは続ける。
「金貨はあまり使わない方がよろしいでしょう。」
「どうしてですか?」
「この辺りの町では、金貨を持つ者はほとんどおりません。」
「目立つ?」
「ええ。」
「なるほど。」
「まずは銀貨を数枚使う程度が良いでしょう。」
悠真は深く頷いた。
「ありがとうございます。」
◇ ◇ ◇
帰り道。
湖へ続く森を歩きながら、悠真は銀貨を一枚眺める。
「異世界のお金か。」
表には大きな樹。
裏には王冠の紋章が刻まれていた。
「これで買い物できるんだな。」
少しだけ胸が高鳴る。
日本とは違う市場。
知らない食べ物。
見たこともない道具。
「明日が楽しみだ。」
「きっと面白いですよ。」
リーフも笑う。
フェルルは二人の前をぴょんぴょん跳ねながら歩いていた。
「きゅぅ♪」
◇ ◇ ◇
一方、その夜。
王都。
レインからの報告書を読み終えた一人の老人が、静かに目を閉じる。
「善人……か。」
報告にはこう記されていた。
『必要以上の力を振るわず、人命を尊重する人物。』
老人は小さく頷く。
「ならば急ぐ必要はない。」
だが。
その部屋の外で。
一人の男が、扉越しに報告の内容を聞いていた。
「危険ではない……だと?」
男は静かに口元を歪める。
「面白くないな。」
誰にも気付かれぬまま、その男は廊下の奥へ消えていく。
新たな思惑が、静かに動き始めていた。




